スプリング・アンド・フォール / イン・ザ・ナイト / かぐや姫 第2幕(東京バレエ団)

2023/04/28

東京文化会館(上野)で、東京バレエ団による「スプリング・アンド・フォール」(ジョン・ノイマイヤー)、「イン・ザ・ナイト」(ジェローム・ロビンス)、「かぐや姫第2幕」(金森穣)。このうち前二者はそれぞれ別の機会に観ていますが、「かぐや姫」は2021年の「かぐや姫第1幕」に続くもので初演ですからもちろん未見です。

この日の公演は「上野の森バレエホリデイ 2023」(主催・日本舞台芸術振興会 / 共催・日本バレエ団連盟)というイベントの一環として開催されており、東京文化会館の中は通常のバレエ公演とはどこか違った縁日的な雰囲気が漂っています。一方、大ホール内に入ればこちらはいつものバレエの空間ですが、幸い1・2階席はそこそこの埋まり具合ながら、この日が金曜日だからということもあってか3階席以上は空席が目立ちました。ただし、今回の公演では「かぐや姫第2幕」だけの幕見券も販売されていたので、もしかすると後から観客が増えたのかもしれません。

スプリング・アンド・フォール

ドヴォルザークの「弦楽セレナーデ ホ長調 作品22」にジョン・ノイマイヤーが振り付けた作品で、白い簡素な衣装を身にまとった7人の女性ダンサーと10人の男性ダンサーがさまざまなフォーメーションで全5楽章のそれぞれの曲をダンスに翻訳していきます。簡素な舞台も照明の効果も2014年の「東京バレエ団創立50周年祝祭ガラ」で観たときと変わらないのですが、ダンサーたちのスタイルの良さや洗練された動きは前回とはかなり印象を変えました。ただし全曲の終了に合わせて男女が前方へ走り込んでくる場面でさっと幕が降りて彼らと客席との間を遮る演出の意図は理解できませんでしたが、それよりも自分が「弦楽セレナーデ」を予習できていなかったことを反省しました。この曲を十分に聞き込んだ上で臨んでいれば、きっとより深いところでノイマイヤーの意図を感じることができただろうと思います。

イン・ザ・ナイト

ジェローム・ロビンズがショパンのノクターンに振り付けた作品で、舞台下手に置かれたピアノの演奏に合わせ、星空やシャンデリアを模した光点群を背景に3組の男女がそれぞれの間柄を反映した多彩なダンスを繰り広げます。2017年の上演時と同じく、3組目の上野水香・柄本弾ペアの緊迫した関係性を滲ませたデュエットがドラマチックでしたが、前の2組も幸せな気持ちにさせてくれるダンスですてきでした。最後は全員が揃って「ノクターン第2番」を踊った後に舞台を後にしましたが、残念だったのはダンサーたちが舞台から消えた後、まだピアノの余韻が残っているにもかかわらず拍手が湧き上がったことでした。

かぐや姫第2幕

「かぐや姫第1幕」からおよそ1年半のインターバルをあけての第2幕。第1幕はかぐや姫の誕生から都へ上るまでで、主人公の奔放な性格設定とときにリアル過ぎる視覚効果にとまどいを覚えたのですが、今回は主に宮廷での人間模様が描写されることになります。特に重要な登場人物はオリジナルキャラクターである影姫で、その名前はかぐや姫(「かぐや」は光輝くの意)とはポジとネガの関係にあることを端的に表しています。会場で配られた配役表の裏に第1幕のあらすじとと共に登場人物の説明が書かれていたので、その中から宮廷の人々を引用してみると次の通りです。

  • 帝:幼くして即位した孤独な権力者
  • 影姫:幼くして身売りされた孤独な正室
  • 大臣たち:帝を疎ましく思う大臣たち
  • 側室たち:帝に愛されていない側室たち

なんとも温かみのない宮廷だなと思わないわけにいきませんが、第1幕から登場していてその存在が不思議だったこの人たちについても説明があって目が点になりました。

  • 黒衣:かぐや姫にしか見えない闇の力

かぐや姫にしか見えないというのはかぐや姫自身のダークサイドの存在を思わせますが、それはそれとして、開演前に斜め読みしたプログラムの中の次の記述(演出・振付の金森穣の言葉)にも注目しました。

クリエーションを始めた当初、私はこの作品を子どもが見ても楽しめる紙芝居のような作品にしようと思っていました。だから第1幕は、具象と抽象の中間をいくようなデザインで、どちらかといえば具象寄りに作ったのです。しかし実際に上演してみて感じたのは、ドビュッシーの音楽がそこにあれば、過剰な説明は要らないということ。むしろ具象が過ぎることによって、舞踊や音楽が既に有している力をかえって弱めているのかもしれないと気付いたのです。(中略)ですから第2幕はそれらの具象性を削ぎ落とし、ぐっとシンプルに抽象化することにしました。

第1幕を観たときの感想としてこういう舞台にはある程度「見立て」の要素が欲しいと思ったところだったので、この方向性を歓迎しつつ開演を待ちました。以下では第1幕のときと同様に、上演中のラフなメモと記憶とをもとに舞台展開を記述してみます(正確さは保証されません)。

第1幕と同じく美しいフルートとハープの調べが流れ、紗幕の上に今回は赤い花びらが散る映像が投影されて、その前に立つのは影姫(沖香菜子)、奥に並ぶのは4人の大臣たち。その出立は影姫が(後に出てくる側室たちも)エンジ色、大臣たちが銀と黒とを基調としつつ、緩やかな袖を持つ上衣の下に身体の線を出すぴったりした衣装(ただし男性はズボンのポケットに当たる位置を張り出させることで袴を連想させる)を身に着けていて、ダンスを踊るために上衣を脱いだ姿がとっぴな連想ですが映画『DUNE』のスティルスーツを思い出させました。

舞台の奥が見えるようになると、白一色の舞台の奥にこれも白く高い柱で支持された舞台幅いっぱいの壇があり、中央に舞台上へ降りてこられるよう階段が設けられていて、これは帝の住む空間(内裏)を表している模様。一見して現代演劇のテイストが感じられます。ピアノ曲「グラナダの夕べ」によるパ・ド・サンクの緊迫感とも威圧感ともつかない雰囲気に気圧されていると黒衣たちが入ってきて耳打ち。そして透き通る緑の振袖に白銀のユニタードのかぐや姫(秋山瑛)が丸い籠状の輿に乗って登場しました。

一転して賑やかな「夜想曲より〈祭り〉」と共に舞台が明るくなり、かぐや姫を好奇の目で囲む黒づくめの男たちに翻弄されたかぐや姫が後方へ宙高く飛ばされる場面もあって驚きましたが、そこへ金と黒とで存在感を放つ帝(大塚卓)が背後の壇上に現れ、舞台上に降りてきた帝を中心にエネルギッシュな男性群舞が大音量の音楽と共に展開しました。しかし帝がかぐや姫に近づこうとすると大臣たちがこれを阻み、ついに帝が背後の壇上へ去ると舞台に登場したのは濃い赤で統一された女たち。浮き立つようなリズムと旋律を持つ管弦楽版の「小組曲より〈行列〉」に乗って舞台上手奥側で女たちが長い袖をひらめかせながら踊るこの場面はなかなかにステキで、自分の中では男性群舞よりむしろこちらの方が印象的でしたが、そんな中、下手手前のかぐや姫は教育係の秋見に押し込まれて女たちに混じろうとするもののうまくいかず、その様子を微笑ましく見ていたらいつの間にか背後の高みから影姫が冷たく見下ろしているという怖い構図になります。

舞台転換のために紗幕が降りて、その前でマイム中心に演じられるかぐや姫の教育の場面はピアノの練習曲。逃げようとしては黒衣に押し返されるかぐや姫の前に現れたのは、この物語の中で金欲に抗えない小人物として描かれている翁ですが、第1幕でこの役を演じていた飯田宗孝は残念ながら物語の完結を待たず鬼籍に入ってしまい、第2幕でその代わりを勤めているのは木村和夫です。コミカルな、しかしかぐや姫にとっては救いのないこの場面を経て紗幕が上がるとそこは束ねた稲を模したセットが並ぶ村で、第1幕の最後にかぐや姫との別れを強いられた道児(柄本弾)の嘆きと共に「祭りの日の朝」による村人たちのゆらゆらとしつつも一体感のある不思議な群舞が披露されましたが、弥生時代をすら思わせる村人たちの素朴な衣装は宮廷人たちの洗練された衣装とギャップがありすぎて、もう少し工夫を加えてほしかったところです。

暗転の後、紗幕の前では下手に赤い影姫、上手に緑のかぐや姫。「付随音楽『ビリティスの歌』より第12曲〈朝の雨〉」の音楽に加えてピエール・ルイスの散文詩(フランス語)の朗読が流されました。

紗幕の向こうに帝・翁・秋見・道児(+もう一人いたが役柄が不明)が命のない人形のように立ち並んで影姫とかぐや姫のそれぞれの孤独を傍観する中、二人の姫は一度は互いの境遇を共有し合うように共に踊りますが、紗幕が上がると自らも孤独を抱える帝がフルートの独奏曲「シランクス」と共に踊りながらかぐや姫に近づき、立ちはだかる影姫をかわしてついにかぐや姫の手を取って、3人の確執と葛藤が渾然となったパ・ド・トロワ。しかし最後に一人残されたかぐや姫は、暗い鎮静に沈むピアノの小品「燃える炭火に照らされた夕べ」の中で次々に出てくる黒衣たちに退路を絶たれながらの苦しげなソロ。その姿が丸いスポットライトの中で小さくなっていったとき道児が現れて黒衣たちは散り、最終曲「グラドゥス・アド・パルナッスム博士」の軽やかなリズムに乗ったパ・ド・ドゥが踊られましたが、そこへブレヒト幕のように舞台上に滑り込んできた銀屏風群が二人を追い詰め、やがて道児の姿が銀屏風のひとつに飲み込まれて、これと入れ替わるように忽然と現れた宮廷の人々に半円形に取り囲まれたかぐや姫が打ちひしがれる姿を見せたところで幕が下りました。

こう書くとたいへん失礼ですが、この第2幕を観終えた後の率直な感想は、第1幕とは別次元の洗練度に驚いたというものでした。各場面にぴたりとはまる音楽とダンス(第1幕の村ではバレエシューズだったかぐや姫が宮廷の束縛の中にある第2幕ではポワントを履いている点にも留意)、作品世界を視覚的に支える衣装・装置・照明。上述の通り村の場面だけは「?」でしたが、そこに目を瞑れば、純和風な御伽話から国籍を問わない普遍的な物語へと脱皮した感すらあります。

登場人物の中では、沖香菜子さんが演じた影姫の謎めいた存在感が魅力的で、帝に愛されない皇妃という立場は『源氏物語』の葵上を思わせ、これが第3幕においてどういう役割を果たすことになるのかと興味津々。一方、未だ主人公のかぐや姫に主体性が見えてこないのは不安というか心配というか。この作品の主題やこれを体現する物語(ストーリー)はここまできても十分に立ち上がってはおらず、第3幕までの通し上演を観なければ評価できませんが、今年の10月に第1幕から第3幕までの通し上演が実現するということですから、これを楽しみに待ちたいと思います。

なお、今回の上演が世界初演(わざわざ「世界」をつけて喧伝する点には違和感を覚えますが)であるためにプログラムにはこの作品の制作途上の写真しか掲載されておらず、したがって舞台の様子をプログラムから振り返ることはできないのですが、せめて衣装や装置のデザイン画を載せてくれていればと思いました。この点も、全幕上演(の際のプログラム)に期待したいところです。

配役

スプリング・アンド・フォール 第1楽章
モデラート
秋元康臣
池本祥真 / 樋口祐輝
第2楽章
テンポ・ディ・ヴァルス
秋山瑛
三雲友里加 / 工桃子 / 二瓶加奈子 / 中川美雪 / 高浦由美子 / 長岡佑奈
池本祥真 / 岡崎隼也 / 樋口祐輝 / 岡﨑司
第3楽章
スケルツォ:ヴィヴァーチェ
秋元康臣
池本祥真 / 岡崎隼也 / 樋口祐輝 / 海田一成 / 岡﨑司 / 後藤健太朗 / 加古貴也 / 山下湧吾 / 宮村啓斗
第4楽章
ラルゲット
秋山瑛-秋元康臣
第5楽章
フィナーレ、アレグロ・ヴィヴァーチェ
全員
イン・ザ・ナイト 中島映理子-宮川新大 / 金子仁美-安村圭太 / 上野水香-柄本弾
ピアノ:松木慶子
かぐや姫第2幕 かぐや姫 秋山瑛
道児 柄本弾
木村和夫
秋見 伝田陽美
影姫 沖香菜子
大塚卓
大臣たち 宮川新大 / 池本祥真 / 樋口祐輝 / 安村圭太
側室たち 政本絵美 / 二瓶加奈子 / 三雲友里加 / 中川美雪

あらすじ

かぐや姫第2幕

第1場 影姫 季節は秋。帝の正室、影姫は宮廷で孤独な日々を過ごしている。 付随音楽「ビリティスの歌」より第4曲〈歌〉
第2場 見せかけの愛-偽りのパ・ド・サンク(夜) 妖艶な美しさをたたえる影姫と彼女をとりまく大臣たちのもとに、かぐや姫到着の一報が入る。不快感を露わにする影姫。かぐや姫は一人、月を見上げて涙を流している。 「版画」より第2曲〈グラナダの夕べ〉
第3場 宮廷の男たち-噂の美貌(朝) かぐや姫のあまりの美しさに眩暈を起こす大臣たち。かぐや姫のもとには色欲に飢えた男たちが集まり、仲違いを始める。そこに帝が現れるが、大臣たちは帝をかぐや姫から遠ざける。帝は正室の影姫を愛せずにいたのだった。 「夜想曲」より第2曲〈祭り〉
第4場 宮廷の女たち-野放図な姫(昼) かぐや姫は宮廷の女たちの雅な姿に目を輝かせ、教育係の秋見の制止を振り切って女たちの輪に加わろうとする。うまく振る舞うことのできないかぐや姫を、秋見は追い回す。その自由な姿を羨望の眼差しで見つめているのは、影姫だった。 小組曲より〈行列〉
第5場 秋見の教育-かぐや姫の抵抗(夕〜夜) 秋見の厳しい教育から逃れようとするかぐや姫を翁が諭す。逃げ場を失い、怒りを爆発させるかぐや姫に、翁は手を上げる。 12の練習曲より第1曲〈5本の指のために〉
第6場 貧しい山村-村八分の道児(朝〜昼〜夜) 山村では皆が稲刈りに精を出している。かぐや姫を失った道児は自暴自棄になっていた。村人たちは道児を元気づけようとするが、彼は一向に働こうとしない。 「管弦楽のための映像」より第2曲〈イベリア〉祭りの日の朝
第7場 詩(死)-眠れぬ姫たち(朝) 眠れずにいるかぐや姫は、書庫で見つけた詩集をよんでいる。昔から影姫が愛読していた詩集だ。そんなかぐや姫の様子を、影姫がそっとうかがっている。かぐや姫と影姫は、まるで光と影のように同調しはじめる。 付随音楽「ビリティスの歌」より第12曲〈朝の雨〉
第8場 夜の帳の中で-孤独のパ・ド・トロワ(夕〜夜) 親も、友人もいない孤独の身である帝は、大臣たちの服従も側室たちの誘惑もかりそめにすぎないことを知っている。帝が差し出した手の先にいたのは、かぐや姫。帝の心はかぐや姫の孤独と共鳴し、惹きつけられていく。そこに影姫が現れるが、かぐや姫が帝に対して心を開くにしたがって、影姫の嫉妬は激しさを増していく。自分の存在が影姫や側室たちをも苦しめると気付いたかぐや姫は、呆然と立ち尽くす。 無伴奏フルートのための「シランクス(パンの笛)」
第9場 迫る闇〜抗えない力(夜) かぐや姫は村に残る道児に思いを馳せる。闇に飲み込まれたかぐや姫は、月明かりの下に道児の姿を見つける。 「燃える炭火に照らされた夕べ」
第10場 道児との再会〜逃亡劇(真夜中) かぐや姫をその胸に掻き抱く道児。2人は辺りを見回し、宮廷からの逃亡を図るが、黒衣によって引き離されていく。宮廷の人々に囲まれ逃げ場を失ったかぐや姫は、その場に泣き崩れる。 「子供の領分」より第1曲〈グラドゥス・アド・パルナッスム博士〉