塾長の鑑賞記録

塾長の鑑賞記録

私=juqchoの芸術鑑賞の記録集。舞台も絵も和風好き、でもなぜか音楽はプログレ。

Pat Metheny

2024/01/31

ブルーノート東京(南青山)で、Pat Methenyのソロライブ。今回の来日は昨年リリースされた最新作『Dream Box』をフィーチュアした「Dream Box Solo Tour」と銘打たれ、1月14日の札幌を皮切りに各地を回って東京にやってきた後、1月23日から28日までは「Pat Metheny & Ron Cater with Joe Dyson」というトリオでのステージを重ね、そして30日から2月4日まで6日間12ステージが「Dream Box Solo Tour」としてのソロ演奏になります。

実を言うと自分にとってはPat Methenyはあまり近しい存在ではなく、Jacoつながりの『Bright Size Life』やJoni Mitchellはさすがに聴いているものの、彼のキャリアを網羅的に追っているわけではありませんでした。とはいうものの彼も今年の夏には70歳。一貫して生けるレジェンドであり続けてきたPatのこのタイミングでの来日を見逃すわけにはいくまいと考えて、表参道に足を運んだというわけです。そしてそのために投じたお金と時間は、この夜80分ほどにわたって繰り広げられた貫禄の演奏によって十分に報われることになりました。

開場時刻直後のステージには中央の椅子の後ろに控えめにIbanez PM120(薄めのボディにダブルカッタウェイと2PUが特徴)が置かれているだけでしたが、それらの背後にステージ幅全面を使って何やらカバーで覆われたものが鎮座しているのが異様です。ははん、どうやらこれが「アレ」だなと見当はつきましたが、その正体が明かされるのはステージ終盤のはず。ともあれ自席(初めてカウンター席を予約してみました)に戻ってギネスを飲みながら開演時刻を待つうちに、ステージ上にはさらにアコースティックギター2本がセットされました。

開演直前に会場に流されたPat自身のアナウンス(スタッフによる日本語訳音声がかぶさります)では、今夜のステージは一応最新作『Dream Box』の名を冠しつつも実際には彼の長いキャリアの中でリリースされた53枚のアルバムに含まれるソロ演奏を幅広く取り上げるバラエティに富んだものになるだろうとした上で、序盤ではベーシストCharlie Hadenの助言によってそれまでエレクトリックギタープレイヤーだったPatがアコースティックギターに取り組むきっかけを与えられたという『Beyond the Missouri Sky』(1997年)に、さらにミズーリ州出身であるPatが親しんだカントリーミュージック由来のバリトンギターのチューニングに焦点を当てた『One Quiet Night』(2003年)および『What's It All About』(2011年)にも言及し、その上で、今夜はたくさんの驚きがあるだろうと述べていました。

ついでトレードマークのライオンヘアを揺らしながら登場したPat Methenyは黒いTシャツに黒いズボンというシンプルな出立ちで、ただちに椅子に座って演奏を始めました。ここからは全部で12曲が演奏されたのですが、冒頭に記したように彼のレパートリーについての予備知識が不足していることと、おそらくは即興演奏も含まれているであろうことから、いつものレポートのようなセットリストの解説は諦めて曲ごとの雰囲気と全体の進行を思いつくままに記すにとどめます。

まず最初に演奏されたのは、アコースティックギターで複数の曲想をつづれ織りにしたような曲。その中にははっきりと「Phase Dance」のリフや「Minuano」のメロディーを聞き取ることができましたが、これらは原曲(いずれもPat Metheny Group)のアレンジとは異なるしっとりとした演奏でした。続いてPat自身の口から『Beyond the Missouri Sky』からの楽曲群であることが紹介されて、まず「Waltz for Ruth」から「Our Spanish Love Song」へ、そしてさらにいくつかのモチーフがメドレーで優しく弾かれていきました。これらは原曲ではベースとギターとのデュオであるところをPatがギターオンリーで演奏しているのですが、にも関わらずベースの動きが見事に再現されています。

ここでそれまでのナイロン弦ギターからスティール弦のギターにスイッチされて『Song for the Boys』がブライトな音色で力強くかき鳴らされて空気ががらっと変わります。演奏は途中からアルペジオになりコードチェンジを繰り返しつつ曲が進むのですが、どうやらディレイを駆使して一人二重奏を実現している様子でした。やがて再びコードカッティングに戻って比較的短く演奏が終わったと思ったら、ステージ上は赤い光に包まれ、その中でPatが音を歪ませたアコースティックギターをピックスクラッチも交えながら暴力的にかきむしるノイジーな「Zero Tolerance for Silence」。原曲はエレクトリックギターによる即興演奏で、この日の演奏もインプロビゼーションだったと思いますが、途中でやや歪んだ低音の繰り返しをループにしてその上に不協和音を重ねて客席を威圧し、あっけにとられているうちに半ば唐突に演奏を終了しました。

すると次に42弦のピカソギターが登場し、ひんやりと冷たい青い光の中で前の曲とは打って変わった美しい音色がホールを満たしました。噂に聞くピカソギターの姿をじかに見るのはこれが初めてですが、確かにすごいインパクト。ベース音は長い方のネックでの左手のハンマリングで出しており、メロディーとコードの方は上のネックやボディにセットされたハープ(というより日本的には「琴」)を用いて、エスニックというかオリエンタルというか、どことなく懐かしい風景が眼前に広がるようです。

このあたりでステージの進行はほぼ真ん中くらいですが、どうやらおぼろげにPatの意図が見えてきました。すなわち、まず最初にトラディショナルなギター1本でオーソドックスに演奏を聞かせた後に、エフェクターを使ったり特殊ギターを用いたりして音を重ね、最終的にはギタリストが一人でどこまで演奏の可能性を拡張できるかを身をもって示そうとするプログラム構成になっているのに違いありません。だとすればその行き着く先はやはり「アレ」ですが、その前にPatが手にとったのはアコースティック・バリトンギターでした。通常のギターよりも低音を担うことができるこのギターで演奏された曲は『What's It All About』から「Alfie」(Burt Bacharach)、「Rainy Days and Mondays」(Carpenters)、「Garota de Ipanema」(Antônio Carlos Jobim)。ことに後二者が演奏されると客席には和んだ空気が漂いましたが、とはいっても前者はもとより後者も陽気なボサノバ風ではなくしんみりとしたアレンジです。そしてここではバリトンギターの低音の伸びが音の厚みをさらに増して、目を閉じて聴いたらベーシストが別にいると錯覚しそうになるほどでしたが、これこそがPatがバリトンギターに着目した理由なのだと思います。

バリトンギターのメドレーを『One Quiet Night』の「Last Train Home」で終え、スタッフから別のナイロン弦のバリトンギターを受け取ったPatは「New guitar, new sound, new composition.」と述べて、再びオーソドックスな奏法でのギター曲を演奏しました。暖色系の照明の中でとても優しく明朗なメロディーと美しいコード、はっきりしたベースを一本のギターから同時に紡ぎ出すPatの演奏をこうして見聞きすると、ギターが「小さなオーケストラ」だと言われる所以がよくわかります。さらに同じギターでブルーの光に包まれてアイルランド民謡「Londonderry Air」を(他の曲の引用も交えながら)ソフトに弾いた後は、テクノロジー全開のステージに変貌していきます。

『Dream Box』にも収録されたラテン曲「Morning of the Carnival」(いわゆる「黒いオルフェ」)ではバリトンギターの低音弦を親指でリズミカルに弾いて作ったベースループの上にようやく出番を得たエレクトリックギターがメロディーを重ね、次の曲でも同様にして作られるゆったりしたウォーキングベースのループ(音はダブルベースそのもの)の上でエレクトリックギターがブルージーな雰囲気を醸し出します。さらにスピーディーにうねるベースパターンのループの上でこの日初めて椅子から立ち上がったPatによるスリリングなエレクトリックギターの演奏が終わると、客席からは大きな拍手と歓声が上がりました。

もしかするとここでいったんPatが下がっている間にステージ背後の幕が外されてからPatがアンコールを演奏するというのが本来の段取りなのかもしれませんが、笑顔で客席を見渡していたPatがそのまま「もう1曲」という風に指を立てると、途端にたくさんの打楽器の音が響き渡ってきました。これが「アレ」、つまり電子制御されたオーケストリオン(自動演奏楽器群)です。

以前映像で見たオーケストリオンの姿と比較すると、この日のステージでのそれはブルーノート東京のサイズに見合う簡略版のよう。それでもフットスイッチ操作やギターの演奏によって打楽器群が自動的に動く様子は魔法のようでもありサーカスのようでもあり。確かにこれは凄い!ギタリストが一人でできることの究極の姿だと言えそうです。そして、その摩訶不思議な道具立ての前でPatは上手のスタンドにセットされた6弦ベース(Squier Classic Vibe Bass VI)と下手のスタンド上のギター(おそらくIbanez PM200)とにそれぞれ命を吹き込み、ステージ上の全楽器による合奏を実現したところで満を持して取り出したのは、これもまた彼のトレードマークだと言えそうなRoland G-303ギターシンセサイザーでした。その独特の艶やかな音色による弾きまくりの演奏による高揚の果てにこれまた魔法のようにぴたっと全楽器が音を止めたとき、客席は一斉に総立ちになってPatを讃え、その拍手や歓声は彼の姿がドレッシングルームに消えてからもしばらく続きました。

ミュージシャン

Pat Metheny guitar

セットリスト

  1. Phase Dance, Minuano, etc.
  2. Beyond the Missouri Sky Medley
  3. Song for the Boys
  4. Zero Tolerance for Silence
  5. Pikasso Guitar Solo
  6. Alfie / Rainy Days and Mondays / Garota de Ipanema / Last Train Home
  7. (Unknown Song)
  8. Londonderry Air
  9. Morning of the Carnival
  10. (Unknown Song)
  11. (Unknown Song)
  12. Orchestrion Improvisation