フェルメール The Greatest Exhibition

2024/02/03

ヒューマントラストシネマ有楽町で、映画『フェルメール The Greatest Exhibition』。この映画は、昨年2月から6月にかけてオランダのアムステルダム国立美術館で開催された『フェルメール展』に基づくドキュメンタリーです。

この展覧会には現存するフェルメール作品37点(数え方には諸説あり、この映画でも内3点はフェルメール作かどうか確定していないという紹介のされ方をしていました)のうち28点が集められまさいたが、これは史上最大の規模であり、この先もこれだけのフェルメール作品が一堂に会することは当分ないだろうと言われています。チケットは開幕数日後に会期終了まで完売し、65万人もの来場者を迎えたそうですが、そのフェルメール展をこのように日本に居ながらにして見ることができるというのは貴重なことです。

映画の構成は、まず展覧会のアウトラインを記述した上でカメラが館内に入り、各作品を映し出しつつそれぞれの絵を説明するナレーションが入ると共に、美術館のスタッフが絵の主題や技法、それらの背景にあるフェルメールの生涯と当時のオランダの社会情勢といった多彩な視点を提示するというもの。この展覧会に出品された作品はアムステルダム国立美術館の専用サイトで仮想的に眺めることができますが、そのサイトの展示順に従ってリストアップすると次の通り(映画の登場順とは必ずしも一致しません)です。なお、作品名や制作年は展覧会によって揺らぎがありますが、ここでは作品名は基本的に2019年に自分なりに整理したリストに即して記しており、制作年は(出品作品については)上述の専用サイトに記されている年次を採用しています。

  1. 《デルフトの眺望》(1660-61年頃)★
  2. 《小路》(1658-59年頃)
  3. 《ディアナとニンフたち》(1655-56年頃)
  4. 《聖プラクセディス》(1655年)★
  5. 《マリアとマルタの家のキリスト》(1654-55年頃)
  6. 《取り持ち女》(1656年)
  7. 《窓辺で手紙を読む女》(1657-58年頃)
  8. 《牛乳を注ぐ女》(1658-59年頃)
  9. 《士官と笑う娘》(1657-58年頃)★
  10. 《手紙を書く婦人と召使》(1670-72年頃)
  11. 《リュートを調弦する女》(1662-64年頃)
  12. 《ヴァージナルの前に座る若い女》(1670-72年頃)
  13. 《レースを編む女》(1666-68年頃)★
  14. 《赤い帽子の女》(1664-67年頃)
  15. 《フルートを持つ女》(1664-67年頃)★
  16. 《真珠の耳飾りの少女》(1664-67年頃)
  17. 《ヴァージナルの前に立つ女》(1670-72年頃)★
  18. 《ヴァージナルの前に座る女》(1670-72年頃)★
  19. 《恋文》(1669-70年頃)
  20. 《青衣の女》(1662-64年頃)
  21. 《手紙を書く女》(1664-67年頃)
  22. 《婦人と召使》(1664-67年頃)★
  23. 《紳士とワインを飲む女》(1659-61年頃)
  24. 《中断された音楽の稽古》(1659-61年頃)★
  25. 《地理学者》(1669年)
  26. 《真珠の首飾りの女》(1662-64年頃)
  27. 《天秤を持つ女》(1662-64年頃)★
  28. 《信仰の寓意》(1670-74年頃)★

逆に、ここに載っていない(つまりアムステルダムでは展示されなかった)フェルメール作品をリストアップすると次の通りです。

  1. 《眠る女》(1657年頃)★
  2. 《ワイングラスを持つ娘》(1659-60年頃)
  3. 《音楽の稽古》(1662-65年頃)★
  4. 《水差しを持つ女》(1664-65年頃)
  5. 《合奏》(1665-66年頃)★
  6. 《絵画芸術》(1666-67年頃)
  7. 《少女》(1666-67年頃)★
  8. 《天文学者》(1668年)
  9. 《ギターを弾く女》(1670年頃)★

上記の二つのリストに付された★マークは自分がまだ見たことがない作品であることを示しており、したがって今回の映画を通じて未見だった16作品のうち11作品を(直接ではないとはいえ)仔細に眺めることができたわけです。

もちろん、そうした鑑賞コレクター的な見方は少々邪道で、アムステルダム国立美術館のスタッフが語る最新の研究成果や解説に耳を傾けなければなりません。あいにくこの映画はプログラムの販売を伴っていないために、映画の中で語られたこと(からの気付き)をうろ覚えの記憶から再現しなければならないのですが、そのいくつかを順不同で列記するとこんな感じです。

  • 最初期の作品の中でも、そこにいる人物たち(たとえば《小路》の奥で家事をする女性)はそれぞれの物語をもって描かれている。
  • 共和制であり新教国であった17世紀オランダの絵画では、次のようなモチーフが特徴的であり、初期の都市景観画や物語画から風俗画に移行して「室内を発見」したフェルメールの絵にもそれらが描かれる。
    • 道徳とユーモアの組合せ
    • 上流階級の婦人と召使の組合せ
  • フェルメールが描く室内の人物の多くは鑑賞者を意識しておらず、そのことがかえって覗き見る立場の鑑賞者との間に緊張を生んでいる。また、そこに描き込まれた小道具(たとえば床に置かれた楽器)が物語の存在の可能性を孕み、これを見る鑑賞者の目からは絵の具が消えて自分が室内にいる感覚を覚えることになる。
  • 新教国に住みながらフェルメールは結婚を期に妻の信じるカトリックに改宗しており、イエズス会が重視した「光」の探求(窓外の光源や画面内に点描される光など)がフェルメールの技法の中心にある。フェルメールは色の巨匠ではなく光の巨匠だった。
    • とはいえ修復の過程では、衣服を描く際に下地を残しながら色を重ねていくフェルメールのマジカルな技法が発見されている。
    • 《天秤を持つ女》《信仰の寓意》などはカトリック信徒としてのフェルメールの信仰表明である。

ここに紹介された話のいくつかは過去に見てきた展覧会の中で解説されてきたことでしょうし、一方ではまったく新たな知見も含まれていたかもしれません。ともあれ、そうした知的な楽しみは横に置いたとしても、純粋にフェルメールの美の世界に浸る至福の時間(93分間)を過ごせたことだけで十分ですし、美術館スタッフが《真珠の耳飾りの少女》について語ったその美しさは分析しようがないという言葉もまたそのことを代弁してくれています。

それにしても、映画の中でも説明されているように、1672年にイギリス、ついでフランスと交戦状態に入ったことでオランダ経済は破綻し、フェルメールは貧窮のうちに40代で亡くなったのですが、もしフェルメールがあと20年長生きしていたとしたら、この展覧会ではいったいどのような作品リストができていたのかと想像しないわけにはいきません。