Moon Safari

2025/12/12

クラブチッタ(川崎)にて、Moon Safariのライブ。スウェーデンのバンド(ただし歌詞は英語)である彼らは、変拍子を多用した長尺な楽曲が多いことから一応プログレッシヴロックにカテゴライズされますが、その売り物はむしろ親しみやすいメロディーと美しいコーラスにあり、そのためについた枕詞が「青春プログレ」。ジョークのようにも聞こえますが、確かにこれは言い得て妙という感じです。

そんな彼らはこれまで、フェスなどの他バンドとの共演の形では2013年(初来日)と2017年、単独では2014年と2024年の合計4回来日しており、今回の来日はデビューアルバム『A Doorway to Summer』(2005)のリリース20周年を記念したアニバーサリーツアーです。そして前回私が観たのは2014年なので、11年ぶり2回目ということになります。

クラブチッタにはこれまで何度も足を運んでいますが、今回チケットをとった2階のバルコニー席は初めて。チッタ名物の星型照明を水平よりほんのわずか上の角度に見る高さですが、ステージは案外遠くなく、しかも全体を満遍なく見渡すことができてなかなか良い席でした。会場入りしたのは開演時刻の40分ほど前でしたが、BGMはず〜っとGenesisの『Selling England by the Pound』で、これは来年2月に来日するGenesisトリビュートバンドThe Musical Boxのプロモーションを意図したものだったのでしょう。

そして開演時刻である19時になる頃、ユニセックスな装いの白いコスチュームに身を包んだ長髪の男性がステージ中央に置かれた椅子の上にギターを載せてからいったん袖に下り、再び出てきて客席に向かって一礼したのが予期していなかったオープニングアクトでした。演者は8弦ギター奏者のMASAToooN!こと一条雅人氏で、Warr GuitarやChapman Stickのようなタッピングにスラップやフィンガーピッキングを交えた多彩な奏法によるクリーントーンに深いエコーをかけて空間を満たしていくスタイル。オリジナル曲、Moon Safariの「Constant Bloom」カバー、さらにオリジナル2曲という構成による20分ほどの美しい演奏で聴衆の喝采を集めました。

しばらくの間を置いて19時半、再び客席が暗くなりSEが流される中にMoon Safariのメンバーが登場。配置は前列上手がエレクトリック・ギターのPontus Åkesson、下手がキーボードのSimon Åkesson、後列上手寄りがドラムのMikael Israelsson、その下手寄りがベースのJohan Westerlundで、Simonと共にリードボーカルを担当しアコースティックギターも弾くPetter Sandströmは最初はベーシストのすぐそばにいましたがすぐに本来の立ち位置である前列中央に出てきました。そしてよく見れば全員が赤または黒の衣装(帽子やマフラーも)を着ているばかりか、キーボード(Nord Wave2 / Nord Electro6)もエレクトリックギター(Parker Fly)もベース(Fender 5弦)も赤[1]

◎曲名の後の [mm:ss] は、その曲のスタジオバージョンの長さを示します。

198X [03:55]

SEの中にリズムが浮かび上がってきて、ハイハットのカウントから輝かしいブラス音のキーボード・リフ(cf. Eddie Van Halen「Jump」『1984』)、そして4声のコーラス、テクニカルでありながら詰め込みすぎないギターソロ。Welcome back to heaven hillと繰り返す『Himlabacken[2] Vol.2』(2023)のオープニングナンバーで、のっけからMoon Safariの世界に引き込まれます。

A Kid Called Panic [13:56]

続いて私が最も親しんだアルバム『Lover's End』(2010)から、出だしの3拍子が極め付けに気持ちいい「A Kid Called Panic」。だからと言って油断してはならないのは、この曲が15分ほどの大作であり、イントロの3拍子の中にすでに7/8が混ざっている上にひとしきりコーラスが歌われて4拍子になり手拍子を求められたと思ったら《8/8+7/8+8/8+8/8》や《8/8+11/8+8/8+8/8》が繰り出されて混乱必至だからでもあり、歌詞に着目すると爽やかな曲調からは想像もつかないくらい絶望的な感情を歌っているからです。それにしてもシンセとドラムの音がいいなあ(逆にギターとベースが引っ込み気味だな)と思って聴いていたら、終盤でピアノのリフの上にドラムが強烈なソロをかぶせて聴衆の度肝を抜きました。

Between the Devil and Me [10:38]

前半は葛藤、後半はそこからの解放を歌っている(と思われる)曲。サビの部分ではドラムのMikaelもコーラスに加わりました。7拍子のリズムが切迫感を高めることに一役買っており、しゃがれ気味のSimonのボーカルも曲調にマッチしていましたが、曲に合わせて声を作っているわけではなくSimonの調子が悪いのだとこのあたりで気づきました。そしてここからの3曲は『Himlabacken Vol.2』からの選曲が続きます。

Blood Moon [05:44]

「blood moon」=皆既月食時の赤い月というのが一般的な解釈ですが、Petterはここで「song about your fantastic flag」と紹介して聴衆はポカーン。Petter、もしも日の丸のことを言っているのならあれは太陽なんですよ。それにしても、この曲の歌詞は解釈が難しい。「郷愁」を主題に据えたという前作『Himlabacken Vol.1』(2013)から10年後の世界と自分たちの変化を踏まえた続編『Vol.2』の1曲だからということもありますが、もしかすると「blood moon」という言葉が欧州の人たちに想起させるものがあるのかないのか。曲の方は軽快な5/8拍子のリズムで始まり、フロント3人のコーラス(「blood! mooooon」がキャッチー)を経てこの曲だけベースのJohanがなかなか達者なリードボーカルを聞かせました。しかしPontusはこの5/8の上でよくギターソロを弾けるものだな、と感心しきり。

A Lifetime to Learn How to Love [08:28]

Petterが聴衆に着席を促して、今度はギターのPontusが高音域でしみじみと歌うバラード。題名よりもYou've got a lifetime to learn how to loveという歌詞の方が伝わりやすく、親から子へ語り掛けていると読めるかもしれません。「love」の相手も、特定の誰かである必要はなく自分でも世界でもよさそう。こうした内容だけにリズムのギミックは伴わず、スマホライトのウェイブが1階席を埋めた後に、これ以上ないほどにドラマティックなアレンジの上で情感のこもったギターソロが長く続きます。

Too Young to Say Goodbye [06:29]

『Himlabacken Vol.1』の(たぶん)キラーチューン。長い曲ではありませんが、Petterのボーカルの魅力が全開である上に、リズム(3/4・4/4・5/4・7/4)とスピードの変化を巧みなアレンジでスムーズにつなげカラフルな印象を与えます。特に5拍子で演奏される伸びやかなギターのモチーフがこの上なく美しいのですが、ただし内容はWe're much too young to say goodbyeだけれどもIt's time to say goodbyeだというものです。

The World's Best Dreamers [05:46]

『Lover's End』に戻って、穏やかな時の流れを可視化(可聴化)するピアノの調べをイントロとしてWhat holy was to yesterday has sunken downと切なげに歌うSimon。サビのコーラスは《5/4+4/4》x2+《7/4+8/4》のパターンですが、その後にマーチのリズムに乗って演奏されるモノフォニック風シンセサイザーの音色とポルタメントと微かなベンディングは懐旧の気持ちを感じさせます。もっとも最後に原曲ではフェードアウトしていたところをこのライブでは「Hey!!」と拳を突き上げ明るく締めくくってこちらをずっこけさせたのですが、まあライブだからこれくらい元気がある方がいいか。

Teen Angel Meets the Apocalypse [21:04]

Petterが「Kawasaki! Are you ready for apocalypse? Don't be scared.」と聴衆を脅してから、不穏な曲調のピアノで始まる長いイントロを持つ20分強の大曲。『Himlabacken Vol.2』収録のこの曲はタイトルから想像される通りの壮大な内容ですが、鍵となるフレーズはThis is the song that we leave for our childrenRing your bells for better days to come our wayあたりだろうと思います。歌われる情景の変化に伴いキーもリズムも移ろい、前列3人でボーカルを順繰りに受け渡したりドスの効いたコーラスでアジテート(3連系のリズムが強烈)したり、シンセとギターのユニゾンやオルガンとギターの応酬があり、そして端が崩れ落ちる擬音のコーラスの後にこの日一番と思われるPontusの刺激的なギターソロを置いて、大団円では鐘を打ち鳴らす様子を象徴するリズムのアクセントに合わせてPetterが高く掲げたギターを打ち下ろす仕草を見せました。

Mega Moon [08:21]

本編の最後は「special song」と紹介されて『Himlabacken Vol.1』から親しみやすい(ユーモラスですらある)この曲になりました。いわばちょっとひねったラブソングですが、曲構成の面ではこれはMoon Safari版の「Bohemian Rhapsody」という趣きで、音のコラージュの上に変幻自在のボーカルワークを載せた感じ。もしかすると本当にQueenへのオマージュだったのかもしれませんが、ライブでのこの再現度は特筆ものです。ちなみにこの曲が始まると喜んでしまった最前列の(たぶん)女性が立ち上がり、これをきっかけにしてそれまで立ちたくてうずうずしていたであろう1階席の聴衆が総立ちになりました。

「Mega Moon」が終わったところで「Thank you!!」という声を残してメンバーは上手の袖に下がり、客席からは歓声と共に上がった拍手がアンコールを期待する手拍子に変わりました。やがてPetterとJohanがこの手拍子に応えるかたちで現れましたが、なかなか全員がステージに揃わないなと思っていたらPetterの口から「Simonの体調が悪い(illness)」ということが告げられました。これにホール内の空気が落ち込むと、すかさずJohanがビール缶を掲げて「Cheers!」。さらに聴衆に謝辞を伝えて「アリガトウゴザイマス」とやって喝采を浴びたところへSimonが現れて、Petterは「Simon the soldier!」と賞賛混じりの紹介を行いました。

上述のように、この日のSimonはキーボード演奏こそ巧みにこなしていたものの声には張りがなく、オペラグラスで見るその顔色にも生気が感じられなかったのを、最初は「さすがに歳とったな」と思っていたのですが、途中からは体調不良を心配するようになっていました。このため、これは後で知ったことですが、予定していたセットリストでは「Mega Moon」の後に彼らのセカンドアルバムである『Blomljud[3]』(2008)から「The Ghost of Flowers Past」が演奏されることになっていたもののSimonの状態に鑑みて省略されていたようです。

Simonが出てきてもしばらくは演奏が始まらず、この間にギターやベースのチューニングが行われていましたが、ここで手持ち無沙汰なドラマーのMikaelが茶目っ気を発揮。自分のところにもコーラス用のマイクがあるのをいいことに盛んに(変顔ならぬ)変声ヘンゴエを繰り出し、挙げ句の果てに澄まし顔で「Don't give the drummer a microphone.」とやって大ウケでした。さらにPetterが12弦ギターのチューニングの大変さを冗談まじりに嘆いてから「OK」の声が掛かり、アンコール曲に入りました。

Lover's End Pt. II / Lover's End Pt. III: Skellefteå Serenade [01:57 / 24:21]

『Lover's End』のラストで「別れた君のことを忘れることができたなら」という気持ちをこめつつI love youと終わる「Lover's End Pt. II」を5声コーラスで歌ってから、『Lover's End』の続編としてリリースされたEP『Lover's End Pt. III』(2012)のタイトル曲が続けて演奏されました。2曲通して25分を超える長尺のアンコール曲ということになり、演奏する方も大変ですが聴く方も大変。おまけにシンセサイザーの印象的なリフが乗ってくる7/8拍子のリズムに対してPetterが1,3,5のタイミングでの手拍子を聴衆に求めるという鬼のようなお題を課されて、聴衆は心休まる暇がありません。歌の方は解釈が難しい情景描写が延々と続く中に「Pt. II」のモチーフであるWhy does the world spin / Why does the sun shineYou know that I love you / You know that it's trueを織り込み、さらに7拍子を基調としつつシンセサイザーのトリッキーな高速ソロや刺激的なギターソロが入り、彼らソロ奏者以上にドラマーが気持ちよさそうに手数足数の多いドラミングをかぶせていましたが、この曲の途中でまたしてもPetterとPontusの演奏しながらのキスシーンあり。「またしても」というのは2014年のライブでも同様の場面があったからですが、この曲でギタリスト二人がキスするのはお約束なのか?ともあれ、最後までだれることなく見事な演奏を繰り広げた彼らは、コーダのピアノの上にPetterの聴衆に対する感謝のMCを乗せてから、「Pt. II」のような悔恨ではなく訣別の意思表明のコーラスで曲を締めくくりました。

Constant Bloom [01:27]

お約束と言えばこれもお約束。ピアノで音をとってから『Blomljud』収録の「Constant Bloom」のアカペラです。これにじっと聴き入っていた聴衆は、完全に歌が終わった瞬間に最大音量の拍手と歓声でバンドを讃えました。

Simonの体調不良のために1曲減らしてそれでも2時間を超えるステージでしたが、あらためてセットリストを振り返ってみると、20周年アニバーサリーだというのに肝心の『A Doorway to Summer』からの曲が選曲されなかったのは不思議ですし、欲を言えば『Lover's End』から「Heartland」も演奏してほしかったのですが、これは前日の代官山SpaceOddでのショウが「『Lover's End』完全再現」だったので仕方ありません。

とにもかくにもさすがは「青春プログレ」、終始陽性で実に楽しいライブでした。おかげで、昨日のToolのライブでダークサイドに落ちかけていた心を日の当たる世界へ引き戻してもらえました。

ミュージシャン

Opening Act

MASAToooN! 8-string guitar

Moon Safari

Simon Åkesson vocals, keyboards
Petter Sandström vocals, acoustic guitar
Pontus Åkesson electric guitar, vocals
Johan Westerlund bass, vocals
Mikael Israelsson drums, vocals

セットリスト

  1. 198X
  2. A Kid Called Panic
  3. Between the Devil and Me
  4. Blood Moon
  5. A Lifetime to Learn How to Love
  6. Too Young to Say Goodbye
  7. The World's Best Dreamers
  8. Teen Angel Meets the Apocalypse
  9. Mega Moon
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  10. Lover's End Pt. II
  11. Lover's End Pt. III: Skellefteå Serenade
  12. Constant Bloom

脚注

  1. ^ブルーのベースもステージ上にリザーブとして用意されていましたが、出番はありませんでした。
  2. ^スウェーデン語で「Heaven Hill」の意。
  3. ^スウェーデン語で「Flower Sound」の意。