Tool
2025/12/11
Kアリーナ横浜にて、Toolのライブ。1990年結成、1992年メジャーデビューのこのバンドは、そのソリッドでヘヴィーなサウンドとポリリズム・変拍子を多用する楽曲の難解さ、そして独自のダークな歌詞世界とで、活動初期から唯一無二の音楽性を示すバンドとして知名度を高めていましたが、私がToolの音楽に初めて接したのは遅まきながらコロナ禍の中、極端に寡作な彼らの5thアルバム『Fear Inoculum』(2019)の評判を耳にしたときです。以来、このバンドのライブを一生のうちに一度は観ておきたいと思っていましたが、ついに、単独来日としては2007年以来18年ぶりとなるこの機会を捉えることができました。


初めて訪れるKアリーナ横浜は、横浜駅から徒歩15分。開演30分前にホールに入ってステージの様子を観察すると、これまでYouTubeで見てきたとおりの機材配置で、上手にはベーシストのJustin Chancellorの立ち位置(その足元には驚くべき物量のエフェクトボードがあるはず)、反対の下手はギタリストのAdam Jonesの立ち位置(足元のモニター群に隠れてエフェクトボードとフットペダル)で、その袖寄りの位置にトーキング・モジュレーターをセットしたマイクと2台のキーボードが置かれています。後列中央にはBeat公演以来3カ月ぶりの来日となるDanny Careyのドラムセットがありますが、もちろんBeatのときとは構成が異なってより大規模なもの。そしてボーカルのMaynard James Keenanの立ち位置はドラムセットの隣(下手寄り)です。
開演20分前頃から最終サウンドチェックが行われ、ドラムでは「Fear Inoculum」の冒頭に叩かれるマンダラ・パッドのSEが鳴り、ついでベース、ギターと軽く音出しがされましたが、このときのベースの音の物凄さにまずもって驚きました。Justinが使用するWalベースらしいバキバキの、それでいて芯の通った低音は、それだけでToolならではの音だと認識できてしまうほど特徴的です。これらの儀式が終わって15分ほどたち、ほぼ定刻通りに照明が落ちて歓声が上がると重低音が響き始めました。
◎曲名の後の [mm:ss] は、その曲のスタジオバージョンの長さを示します。
Fear Inoculum [10:20]
『Fear Inoculum』のオープニングナンバー。ステージ背後にスキンレス(皮膚がなく筋肉が剥き出し)の人間の顔が浮かび、Dannyのパッド演奏のさなかに映像が赤い溶岩のように変化すると遥か天上から響いてくるようなMaynardのボーカルが入って、徐々にボーカルの説得力やギター、ドラムの音圧が高まる中で、身体を前後に揺らし続けるJustinのベース音がクリアに突き抜け、彼らの背後のスクリーンに浮かぶのはバンドのシンボルである七芒星。
のっけから怒涛のような演奏が終わり、大歓声の中でMaynardが「Yokohama」と3回コールして「Stay with us, stay connected.」と呼び掛けてから、次の曲に入りました。
The Grudge [08:37]
3rdアルバム『Lateralus』(2001)のオープニングナンバー。映像の方は8人のミイラ(?)の頭部を並べ、そこに冒頭からハードなリフが繰り返された後、ディレイの効いたベースのフレーズが曲調を作り上げるもの。Maynardは語りかけるような口調から渾身の絶叫までさまざまなボーカルテクニックを駆使して「遺恨(grudge)を手放せ(let go)」というメッセージをホールの隅々に届けていました。このあたりで、このKアリーナ横浜の音響の良さがはっきり意識されてきます。
Disposition [04:46]
聴衆が最初の2曲で早くも圧倒されているところへ、同じく『Lateralus』からハーモニクスとクリーントーンを駆使した静かで短い曲。「Watch the weather change」というフレーズが繰り返される中、レーザー光が客席の上を通過してまっすぐ正面に伸びていきます。この曲の最後にギターがベンドアップ〜ダウンを繰り返した後、いきなりディストーションベースが突き刺さって次の曲に移ります。
H. [06:07]
2ndアルバム『Ænima』(1996)から、これだけあからさまなファズは聞いたことがないというほど歪んだベースを冒頭に置いて、ミドルテンポの落ち着いた曲調に変わるとスクリーンには赤い輪がいくつも浮かびましたが、その姿は自分の尾を飲み込もうとする蛇(歌詞の中でも「The snake behind me hisses」と歌われています)。そして曲の中間ではドラムがパッドを使ったメロディックなパターンを打ち出す場面が出てきますが、ここでのDannyは引き締まったキックだけで曲をぐいぐいドライブしていました。
Lost Keys / Rosetta Stoned [03:46 / 11:11]
4thアルバム『10,000 Days』(2006)から、(精神病)患者が医師に幻覚の内容をまくしたてるという内容の曲。ギターのゆっくりとしたアルペジオとパッドの密やかな連打が導入部に相当する曲「Lost Keys」の雰囲気を醸し出した上で、強力なディストーションと力強いリズムによる「Rosetta Stoned」が始まると客席はタテ揺れ。さらにAdamがフットペダルで弾くレゾナンスを効かせた低音も重ねるとリズムは複雑さを増し、やがてすばらしくファットなギターが導く6/8+5/8のミドルテンポからさまざまに曲調とリズムを変えて終盤のカタストロフィになだれ込みます。
この後に「23歳未満の者は手を挙げて」というMCが入ったのは、彼らが次の曲をツアーで演奏したのが久方ぶりだったからのようですが、MaynardのぼそぼそとしたMCではニュアンスを正しく聞き取れませんでした[1]。
Crawl Away [05:30]
1stアルバム『Undertow』(1993)から。古い曲だからか映像はなく、ギターのフィードバックを前置してからギターのリフを中心にストレートにドライブしてくる演奏。それだけにドラムに与えられているスペースが大きく、高速フィルインやパワフルなバスドラ連打が強烈でした。
Pneuma [11:53]
ステージ中央に出たAdamのリフとDannyのエレクトロニックドラムがひとしきり絡み、一呼吸おいてAdamがJustinの肩に手を掛けると《7/4+7/4+5/8》のベースリフが始まって、以後さまざまなパートが織りなす複雑な演奏が展開します。中間で曲調が落ち着きDannyがパッドによるタブラ音をややこしく組み合わせる場面では、Adamがシンセサイザーによるゆったりしたメロディーを左手鍵盤・右手コントロールノブで弾き、ついでギターのアルペジオが弾かれるうちにバンド全体がクレッシェンドしていって、ついに強靭なカッティングを経て変拍子のメインテーマが力強く演奏されました。
この曲はDanny Careyのオフィシャルな演奏シーンがYouTubeにアップされたことで『Fear Inoculum』の中でもとりわけ知られた曲ですが、やはりライブで見るとそのダイナミクスが圧倒的です。
Jambi [07:29]
『10,000 Days』2曲目、驚くほどの切れ味と重さを兼ね備えた高速カッティングとこれに重なるスピーディーなタムの9/8拍子パターン(三連符によるアクセントが変拍子感を増幅)が曲頭から聴く者を威圧する曲。背後ではフラクタルが踊り、トレブリーなベースも踊り、レーザー光線も踊る。Maynardの絶唱の後に演奏されたギターソロではトーキングモジュレーターが駆使され、歌詞の主人公の渇望(If I could, then I would)を表わすようにも聞こえました。
Stinkfist [05:11]
『Ænima』のオープニングナンバー。金属質のパッド音とギターのフィードバックが入ってきて歓声が上がると、これ以上ないほどに重いギターとベースのリフの上で、底なしの刺激(ただしdouble meaningがあるはず……)を求めるMaynardの叫びが繰り返されます。
この曲の演奏が終わったところで音の切れ目なくJustinがベースを床に下ろしてエフェクトを操作している間に他の3人はステージを降り、やがてうねる持続音を吐き出し続けるベースを放置してJustin自身も闇の中に消えると、スクリーンにオレンジ色で「12:00」からのカウントダウンが表示されて短い休憩時間となりました。
Chocolate Chip Trip [04:48]
カウントがゼロになって再び歓声が上がり、小さいシークエンス音が鳴る中でまず始まったのはドラムソロ。タム回しからパッドでのトリッキーな打撃音に移り、ついで立ち上がったDannyがモジュラーシンセを操作して音量が上がったシークエンス音に音色の変化をつけてから、再びパワフルなドラムを重ねていきました。これは一応『Fear Inoculum』収録曲ということになりますが、Danny自身がインタビューで答えていたところによれば毎回即興要素を加えているとのこと。なお、この曲ではスクリーンにDannyの姿が大写しにされましたが、そのウェアは不気味なスキンレスマンのものでした。
Hand of Doom (Black Sabbath cover)
前の曲でのモジュラーシンセや効果音としての人声がデクレッシェンドすると共に低音域のリフが始まり、やがて彼らの楽曲にはあるまじき(?)シャッフルのリズムに移行しました。これはBlack Sabbathのカバー(『Paranoid』(1970)収録)で、今年逝去したOzzy Osbournにとって最後のイベントとなった「Back to the Beginning」(2025)でも演奏された曲です。この曲の演奏終了後には、Maynardが「Rest in peace, Ozzy.」と追悼の言葉を語りました。
Invincible [12:44]
初めにAdamがテンポの緩やかなアルペジオを短く弾いてから、アルペジオのパターンが変わって『Fear Inoculum』からの堂々たるこの楽曲は、個人的には歌詞も演奏も同作の中で一番好きな曲。厳かなボーカル(でもちょっとフラット気味)、倍音を強調したベースリフ、美しいギターのフレーズ、そうしたものがやがてリズムの奔流に溶け込んでいくさまは感動的です。中間部でのシンセサイザーっぽい音はワーミーペダルを駆使したJustinのベース、さらにDannyが叩く彼の背後の扇型エレクトロニック・マリンバ。そこから上手側へ立ち位置を移したAdamの硬質なギターを中心とする重いリズムがホールの空間を埋め尽くした後、長めのブレイクからギターのフィードバックが空気を切り裂いて全楽器(ボーカルも)が一気に突っ走り始める瞬間は鳥肌ものでした。
この曲が終わった後のMaynardのMCは、日本の聴衆への謝辞と次の曲に限って撮影OKというアナウンス、さらにあらためて「Yokohama!」を繰り返し「See you again soon.」と締めくくりました。
Vicarious [07:06]
ラストソングは『10,000 Days』のオープニングナンバー。フットペダルによる不穏な持続音の積み重ねを冒頭に置いてからのイントロのアルペジオの後、5/4拍子のダークなリフと恐ろしく反社会的な(Eye on the TV, 'cause tragedy thrills me)、しかしそれこそがこの社会のありようだ(You all need it too, don't lie)と告発するような内容のヴォーカル。途中では6/8や8/8を織り交ぜ、最後まで曲の複雑さと演奏のパワーとを維持したまま、終演を迎えました。

すべての曲を演奏し終えた後、それまでずっとスポットライトを拒否しシルエットしか見せていなかったモヒカン姿のMaynardがようやく前に出てきてJustinとハグし、Adamとグータッチ。聴衆に向かって手を合わせお辞儀をすると一足先にステージを降り、その後に残るメンバーがピックやスティックを客席に投げ入れました。さらに3人で肩を組んで聴衆に挨拶をしましたが、このとき上手から2人の子供たち(たぶんメンバーのお子さん)もステージに上がって彼らと共に立っていたのが微笑ましい光景でした。
そんな具合に最後の最後でほのぼのしましたが、演奏中は圧倒的な音圧のギターとベース、これまた圧倒的な音数の重戦車のようなドラム、暗闇の中からアジテートしてくるボーカル、さらにそのダークな音世界を可視化する視覚効果に威嚇されっぱなし。一貫して期待を裏切らない、それどころか予想を遥かに超えるライブでした。長年さまざまなロックのライブを見てきていますが「このバンドは化け物だ」と震撼したのはこれが初めてです。このままではしばらくうなされそう(褒め言葉)なくらい強烈なTool体験でした。


ミュージシャン
| Maynard James Keenan | : | vocals |
| Adam Jones | : | guitar, keyboards |
| Justin Chancellor | : | bass |
| Danny Carey | : | drums |
セットリスト
- Fear Inoculum
- The Grudge
- Disposition
- H.
- Lost Keys / Rosetta Stoned
- Crawl Away
- Pneuma
- Jambi
- Stinkfist
--- - Chocolate Chip Trip
- Hand of Doom (Black Sabbath cover)
- Invincible
- Vicarious
脚注
- ^「setlist.fm」の記録によれば「Crawl Away」がライブで演奏されるのは1998年以来で、日本では初めてです。