プラハ放送交響楽団 ヴァディム・ホロデンコ〔スメタナ / ラフマニノフ / ドヴォルザーク〕

2018/06/24

サントリーホールで、プラハ放送交響楽団のコンサート。指揮:オンドレイ・レナルト、ピアノ:ヴァディム・ホロデンコ。

普段クラシックを聴かない自分がなぜこのコンサート会場に足を運んだかと言うと、正月の「東京フィルハーモニー交響楽団 ニューイヤーコンサート2018」で福袋プログラムの曲目リストの中にたまたま「モルダウ」があり、なんとなくこれを聴きたいと思って検索したところ、この日のコンサートが見つかったという次第です。

早めの夕食を終えて溜池山王に向かい、ホールの前で待つことしばし。入り口の上でぶどう畑の番人の老人と少年の人形がオルゴールを回す中、入場しました。

プラハ放送交響楽団はチェコ・フィルハーモニー管弦楽団、プラハ交響楽団と共にチェコの三大オーケストラの一つ、スロヴァキア出身のオンドレイ・レナルトはお国の作曲家であるスメタナやドヴォルザークに定評のある指揮者で55回も来日している日本通、そしてキエフ生まれのヴァディム・ホロデンコは2013年のヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで優勝し、今や31歳にして既に名声を確立しているピアニスト。この組合せで「モルダウ」、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番、ドヴォルザーク「新世界より」というプログラムですから、これはクラシック音楽にあまり親しんでいない私にも楽しめないはずがない……と思って臨んだのですが、実際に期待をはるかに超える素晴らしいコンサートとなりました。

スメタナ:交響詩『わが祖国』より「モルダウ」

全6曲からなる交響詩『わが祖国』の第2曲「モルダウ(ヴルタヴァ)」は、南ボヘミアから流下してプラハを流れるモルダウ河の雄大さや古城ヴィシェフラト(『わが祖国』第1曲「ヴィシェフラト」の主題を使用)を含む周辺の情景が、さまざまな曲想によって描かれていきます。スメタナはこの曲を作曲する頃に聴力を失っているのですが、とりわけ大河の流れを示す上下行する印象的な主題の美しさからは、とてもそうは思えません。

レナルトの指揮は冒頭のこの主題から強弱のコントラストを強調して川の流れに躍動感を与え、その後も川の流れに沿って展開する情景を聴衆に見せてくれて、「交響詩」の名にふさわしい視覚的な演奏でした。

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番 ハ短調 Op.18

実はこの曲にはこれまでなじみがなく、このコンサートの前日にYouTubeで予習したのですが、そこで演奏していたのは辻井伸行氏で、同氏がホロデンコの4年前のヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール(このコンクールは4年に一度の開催)の優勝者だったというちょっと不思議な因縁がありました。

それはさておき、この日のホロデンコの演奏では、弱音から強音まで、そしてどれほど音符を重ねていても速いパッセージであっても、音の輪郭をクリアに聴かせるピアノがすてきです。ところどころ音をタメようとするホロデンコとどんどん進んで行こうとするオーケストラのどちらが曲を牽引するのか、という場面があったように思いましたが、最後のピアノのカデンツァから全合奏になる場面で指揮者が力をこめてタクトを振る際に指揮台を音を鳴らして踏みしめ、その後も身を震わせて祈りを捧げるようなポーズで弦楽器奏者の力を引き出し、そのオーケストラの音圧を突き抜けるようにホロデンコが力強く最後のユニゾンを決めた瞬間、ホール内に大きな拍手とブラボーの声が湧き起こりました。

なお、ホロデンコが使用したピアノはFAZIOLI。近年急速に評価を高めているメーカーだと聞きますが、私がそのピアノの音をおそらく初めて聴いた演奏は、クラシックではありませんでした。→〔こちら

ホロデンコの独奏によるアンコールは、ラフマニノフ:プレリュード Op.23-5とOp.23-3。後者の後半で聴かれた、それまでになく霞がかかったような柔らかい高音部が印象的です。

ドヴォルザーク:交響曲第9番 ホ短調 Op.95「新世界より」

弦と木管が奏でる日本人の心の琴線に触れるメロディーの数々、咆哮する金管のダイナミズム。レナルトの全身全霊での指揮にオーケストラが応えている様子を目の当たりにして感動しました。とりわけ最終楽章第一主題のフルパワーでの演奏は圧巻です。その後、それまでの主題の回想がさまざまに繰り返され、クライマックスの高揚後に、新大陸に夕日が沈んでゆくさまを連想させる最後の一音が消えていったあとも、指揮者が緊張を解くまで聴衆は身じろぎせずにその無音を聴き続けました。

なお、この曲では第4楽章の中に全曲中唯一シンバルが打たれる場所がありますが、スタンドで設置されたシンバルを打楽器奏者が控えめにシャン!と鳴らして、後はずっと腕組みして他の楽器の演奏を聴いている姿を見ることができました。

アンコールは、ドヴォルザーク:スラブ舞曲 Op.72-2及びOp.72-7。後者は、指揮者が拍手に迎えられて出てきたと思ったら指揮台に向かいながらコンサートマスターに話し掛け、次の瞬間、まだ演奏者たちが着席しきっていないのに指揮棒を振り始めるという大胆な演奏開始で驚きましたが、元気いっぱいに弾ききったレナルトは、万雷の拍手と歓声のうちにステージを去っていきました。

ホロデンコのピアノの素晴らしさもさることながら、レナルトのエネルギッシュな指揮ぶりはとても75歳とは思えませんでした。プログラムに掲載されたレナルトからのメッセージによれば氏はトンカツが大好きとのことなのでそのおかげかもしれませんが、それにしても6月21日の盛岡から始まって青森、山形、東京とこの日まで4日連続、さらに6月27日から7月8日までの間に各地で9公演を組む過密スケジュールは驚きです。行く先々でおいしいトンカツに出会い、力強い指揮ぶりを披露し続けられることを期待します。