櫻井哲夫 Jaco Pastorius Tribute Session
2021/09/21
Jaco Pastoriusの命日であるこの日、ブルーノート東京(南青山)で櫻井哲夫 Jaco Pastorius Tribute Sessionの2日目の2ndショウ。櫻井哲夫(敬称略・以下同じ)のライフワークとも言われるこのトリビュート・セッションは今回が13回目ですが、私にとっては昨年に続いて2回目のライブ鑑賞となります。
いつもはアリーナシートか上手側のサイドエリアに席をとることが多く、前回のこのセッションでも右サイドエリアだったのですが、今回は気分を変えてみようと左サイドエリアの席を予約しました。なるほどこうしてみるとやはり眺めが違います。
例によってステージ上の機材確認。下手から上手へと見て回りましたが、まず下手フロントにはサックス(本多俊之)の立ち位置があり、2本のサックスが待機中でした。
サックスの背後にはキーボード(新澤健一郎)。前面の2台はNord StageとNord Leadですが、背後にカラフルに光っている見慣れない物体は噂のARP 2600のレプリカであるBehringer 2600に違いなく、奏者の右手側にある短鍵盤のキーボードとMIDI接続されているのでしょう。こいつを使うということは「Black Market」が演奏されるに違いない…と思いながらセンターに進みます。
前回もフル活躍したピンクのJazzBassと左右のチャイナシンバルが異様に高いドラムセット(RYUGA)。足元のエフェクター群は相変わらずのてんこ盛り。
上手のきれいなサンバーストのGibsonギター(井上銘)とあれやこれやのパーカッション(ヤヒロトモヒロ)を確認したところで席に戻り、ピザとジンジャーエールでお腹を満たしながら開演を待ちました。
- Invitation
- キーボード奏者の4カウントから妖しいサックスのイントロフレーズが立ち上がり、そして一気に高速でのテーマ部へ。ワイルドな音色のベースがドライヴしてギターとサックスのソロやインタープレイを引き出していましたが、サックスソロの最中に本多俊之をぐいぐい煽っていたベースのフレーズは「Teen Town」の後半で聴かれる高音リフでした。そのまま高音域に空間系のエフェクトを効かせたベースソロを聴かせてテーマ回帰〜エンディング。ちなみにギターはこの曲だけストラトが使われていました。
- (Used to Be a) Cha-Cha
- バスドラとリムショットがリズムを刻んでいる間にMCを入れて、ラテンなパーカッションからチャチャチャのリズムへ。スティールドラムを連想させるサックスの高音から粘り気のある音色でのベースソロ。その後リズムが倍速になってアグレッシブなピアノソロから伸びやかなサックス、弾きまくり系のギターとアドリブパートが回されます。表立ってはいないけれどもパーカッションの役割が非常に大きい演奏でした。
- Three Views of a Secret
- 「Cha-Cha」の最後の一音がデクレッシェンドしきったところから、コーラスを効かせたベースの緩徐パートを経てゆったりしたワルツ。オルガンを背景にサックスが主題を歌い上げたところでベースの音色と旋律がワイルドになり、その背後でドラムが短く暴れてから一転してフレットレスらしい柔らかい音色でのベースソロ。その後もオルガンとサックスとギターとベースが絶妙のブレンドを聴かせてくれました。
こうしてそれぞれにリズムが異なる3曲の演奏が終わったところで櫻井哲夫がマイクを握り、今回のセッションの「スペシャルゲスト」として俳優兼ベーシストの中村梅雀(以下「梅雀さん」)を招き入れました。
- Soul Intro / The Chicken
- 「Soul Intro」が鳴っている間に黒いジャズベースを抱えて登場した梅雀さんは、軽やかにステージに上がると櫻井哲夫の上手側に立ってベースにシールドをつなぎ準備OK。タイミングぴったりで始まった「The Chicken」冒頭のベースリフのブリブリとした存在感のある音にはびっくりしました。何を隠そう梅雀さん所有のこのベースはJacoが所有していたものとして今に伝わる2本のJazzBassのうちフレッテッドの方で、その音圧(音量ではなく)は本当に「これはモノが違う!」という感じです。演奏はメインのリフを梅雀さんに委ねて櫻井哲夫は高音域でのオブリガートを弾き、一段落したところから梅雀さんのソロ、櫻井哲夫のソロ、さらには掛合いや重奏といった具合にベースの競演が見どころになりました。
ここでベーシスト2人のために椅子が上げられ他のメンバーがいったんステージを降りて、対談コーナーとなりました。
まずは梅雀さんのベースの紹介から入りましたが、これは上述の通りJacoが使っていたベースで、ボディのリアピックアップの上についている傷はJacoの爪が当たり続けた跡。そして「Bass of Doom」の名で知られるあのフレットレスベースとは、ネックとコントロール部を交換し合った兄弟ベースということになります(詳しい経緯は〔こちら〕)。リハーサルで聴いたこのベースの音には櫻井哲夫もびっくりしたそうで、特にリアピックアップのやんちゃな音を梅雀さんがアンプ(Jacoも使用していたacoustic 360)で強調しているという話を紹介していました。
なお、今日はJacoの命日であると同時に梅雀さんの祖父・三代目中村翫右衛門の命日でもあり梅雀さんが演じたことがある宮沢賢治の命日でもあり、そして梅雀さん自身の15周年の結婚記念日でもあることがわかって櫻井哲夫は「聞いてないよ(笑)」、客席からも拍手が湧き上がりました。
- Black Market
- この曲を特徴付けるあの印象的なメインリフはやはり梅雀さん。そして予想通りこの曲を特徴づけるもう一つの要素であるヒャラヒャラとしたシンセ音はMIDIキーボードにつながれたARP2600レプリカから出されていましたが、残念ながら(?)Zawinulのようにキーボードをリバース(下の映像でのZawinulの運指に注目。また、彼の左側にはARP2600の筐体も見えています)に設定してはいませんでした。
- それはともかくこの曲でも2人のベースの絡み合いが見られ、変拍子パートからサックスのテーマにシンセサイザーのオブリガートを重ねた後の梅雀さんのベースソロでは櫻井哲夫は手の平でネックを叩いて遊び、客席も手拍子で参加。さらに重奏となると櫻井哲夫が寄り添うようにして巧みに煽ったり導いたりするのに梅雀さんが食らい付いている感じが微笑ましく、それでも梅雀さんは機敏に反応して見事なベーシストぶりを発揮したところで、引き続く演奏を背中に聴きながら一足先にステージを降りていきました。
- なお「Black Market」はこの日演奏された曲の中で例外的に原曲でのベース奏者がJacoではなく彼の前任のAlphonso Johnsonですが、私が初めてJacoのベースを聴いたのがライブアルバム『8:30』の冒頭に収録されていたこの曲だったので、Jacoへのトリビュートとしてこの曲が取り上げられることに違和感はありません。
- Kuru
- 間髪入れずの4カウントからイントロの上行フレーズ、そして赤い光が明滅する中、ベースの超高速リフに乗ってギター、サックス、エレピ、さらにはパーカッションやドラムにまでアドリブパートが割り当てられます。練達のミュージシャンたちが本気を出しての演奏の凄まじい迫力に圧倒されていると櫻井哲夫はシンセベース音を使った長尺のスラップソロを繰り出してきてステージを異様な雰囲気に包み込み、一気に最後の全楽器高速ユニゾンになだれ込みました。
- Teen Town
- ミュージシャンとライブハウスへの引き続きの応援を求める櫻井哲夫からのMCに続いて、イントロはハイハットが刻む上にベースの低音域でぐいぐいとドライヴするシンコペーションリフ。そのリフが「Slang」の変奏に変化する魔法を見せた後にサックスのテーマが入ってあの特徴的なベースとシンセサイザーのユニゾンフレーズへ。このユニゾンに途中からギターも加わって原曲に沿った展開になったと思ったらサックスが吹き出したのは聴き覚えがあるエスニックな音階のフレーズで、これはもしや「マルサの女」(本多俊之)では?さらに長大かつエモーショナルなギターソロの中でベースが徐々に存在感を高めていき、いったんテーマに回帰してからベースとギターが「ユニゾンフレーズ」の変奏を繰り返しつつ打楽器隊のデュオのスペースを作って、アイコンタクト一発でメインテーマからエンディングへ。
最後にメンバー紹介をして全員でステージ上に横一列に並び、深々とお辞儀。そのまま静止しているミュージシャンたちを前に事情がわかっている客席も早々にアンコールを求める手拍子を始めると、長々とお辞儀していた櫻井哲夫は頃合いを見計らって顔を上げてにやり。「こんなご時世ですので、大急ぎで戻ってまいりました」と笑いをとってから梅雀さんを再びステージに招き入れ、そしてアンコール曲の演奏にかかりました。
- Birdland
- ベースのハーモニクスリフは2人一緒、その後のモノシンセフレーズはやはりARPのウォームな音。梅雀さんのブラックベースが再びその突き抜ける音色を聴かせてくれましたが、ここでも梅雀さんに花を持たせるかのような櫻井哲夫の気配りが感じられました。最後はサックスによるメインテーマの繰り返しで楽しく締めくくられて終了です。
演奏を終えたメンバーが拍手に送られて下がっていった後に、ステージ上には梅雀さんのブラックベースが残されていました。これは写真を撮らない手はない……と思ったのは私だけではなく、このベースの前には噂のベースをひと目見ようと人だかりができていました。梅雀さんの立ち位置の足元もとてもシンプルで、あの存在感のある音がやはりこのベースの素の音に近いものであることがわかります。この日の全曲を通じてテクニカルな面で圧巻だったのはミュージシャン同士の間に火花が散るような「Kuru」でしたが、このベースが力量を発揮した「The Chicken」「Black Market」「Birdland」には浮き立つような楽しさがありました。
このように楽しいライブではあったのですが、一つ教訓として残ったのは、ステージ上に大きな生音が出る楽器が含まれているときは座席の位置に気をつけなければならないという点です。この日の座席が左サイドエリアだったためかどうか(特に最初の3曲において)サックスの金属音が耳にきつく、音楽に集中できない状態になってしまいました。サックスから遠い右サイドエリアだったらそうはならなかった可能性がありますが、そうは言ってもステージ上の配置があらかじめわかっているとは限らないのが悩ましいところ。結局、こういう楽器編成のときはお金をちょっと多めに出してアリーナシートに進出するしかなさそうです。
ミュージシャン
櫻井哲夫 | : | bass |
本多俊之 | : | saxophone |
新澤健一郎 | : | keyboards |
井上銘 | : | guitar |
RYUGA | : | drums |
ヤヒロトモヒロ | : | percussion |
中村梅雀 | : | bass |
セットリスト
- Invitation(『Invitation』)
- (Used to Be a) Cha-Cha(『Jaco Pastorius』)
- Three Views of a Secret(『Night Passage』『Word of Mouth』)
- Soul Intro / The Chicken(『Invitation』)
- Black Market(『Black Market』)
- Kuru(『Jaco Pastorius』)
- Teen Town(『Heavy Weather』)
-- - Birdland(『Heavy Weather』)
こちらはこのステージから約2カ月後にYouTube上に公開されたダイジェスト映像。梅雀さんのブラックベースの素晴らしい音を聴くことができます。