岩戸の景清 / 義経千本桜

2022/01/15

歌舞伎座で「壽 初春大歌舞伎」の夜の部は「岩戸の景清」と「義経千本桜」。後者はケレンで見せる「川連法眼館の場」、いわゆる「四の切」を澤瀉屋型で。

ここ数年ずっと能楽中心で観てきており、近年歌舞伎座に足を運んだのは野田秀樹三谷幸喜、それから新橋演舞場でナウシカですから古典歌舞伎を観るのは2013年の海老蔵丈の「助六」以来九年ぶりです。

岩戸の景清

天保の改革で江戸を追われた七世市川團十郎(1791-1859)が赦免されて江戸の舞台に再び立つことになり、そのお目見えとして『平家物語』の錣引きの逸話で名高い悪七兵衛景清を天照大神に見立てた役者絵に着想を得て河竹黙阿弥により書かれ嘉永三年(1850年)に「難有御江戸景清」の外題で初演された作品。團十郎が帰ってきて江戸に光が戻ったという趣向なのでしょう。今回の外題は「難有浅草開景清」で、新春浅草歌舞伎が開催されない代わりにここで花形が集うという心がこめられているようです。ところが!あろうことか主役・景清を演じる尾上松也丈が休演で、代役は市川猿弥丈。これもCOVID-19の影響で、本人が感染したわけではないものの濃厚接触者に該当したために1月14日から休演の措置がとられたそうです。なんともはや……。

まずは日本から光が失われた状況を示す暗い照明の中、浅葱幕の前に四人の侍が立ち、大河ドラマ「鎌倉殿の13人」に我らの名前は見えないが……と不平を漏らしつつ状況説明。ついで幕が切って落とされるとそこは江の島の岩屋の前で、舞台上にせり上がってきた七人は重忠が長裃(「勘定奉行」を連想)、時政が烏帽子肩衣半袴、衣笠・朝日の二人は鳳凰の天冠に色違いの長絹と緋の袴、長刀を持つ義盛は狩衣に白大口、弓を持つ常胤は若侍風、そして義時は暫風の荒事の扮装。いわば歌舞伎オールスターが横一列に並んで見得となるので観客は喜ばないわけがありませんが、残念ながら大向こうからの掛け声は禁止です。

神いさめの神楽をまずは鈴を手にした女性二人が舞い、ついで長刀、弓も加われば女性二人の持ち物も幣や扇に変わるといった具合に舞の美しさが披露されると、ここで鳴動。義時が力感溢れる所作と共に岩屋の入口を塞ぐ盤石を取り除くと、赤と青との二色で隈取りしアウトローの存在感を示す悪七兵衛景清が平家の重宝・小烏丸を手に姿を現します。先ほどの七人とさまざまに絡み合うだんまりの中に度々の見得を挟み、小烏丸が抜かれると光が戻って今度は八人の軍兵たちとのスピーディーな立回り。獣じみた唸り声をあげて四囲を威圧する景清の超常的な力に果敢に挑む軍兵たちが舞台上や花道で鮮やかなとんぼや飛翔を繰り返すたびに拍手喝采。そうこうするうちに背景が富士山を遠景にした海辺に変わって、軍兵たちが花道から退散すると再び重忠たちが勢揃いし、頼朝からの赦免を景清に告げます。これに対して「恨み晴らさでおくべきか!」と一度は拒絶した景清も、この赦免が頼朝の前に現れた観音菩薩の命によるものであることを聞いて態度を改め、与えられた所領がある日向を目指すことに。八人でセリフを渡して正月らしく御見物(観客)の行く末明るいことを祈念すると拍手のうちに定式幕が引かれましたが、花道七三にはひとり景清。ここでさまざまに荒ぶる型を示した後に、六方を踏んで勢いよく揚幕へと消えていきました。

約40分間のコンパクトな演目でしたが、花形役者が勢揃いしての新年御披露目の感があって華麗。軍兵たちのアクロバットも面白く、理屈抜きで楽しい演目でした。丸々とした猿弥丈の景清も急遽の代役にも関わらず荒事のヒーローとして文句ない威勢を示して見事。こういう役もこなせるのかと感嘆し、これはこれで貴重な機会だったのですが、やはり長身で見栄えのする松也丈で観てみたかったなというのが正直な感想です。

客席でお弁当を使うことはできなくなっているので、30分間の幕間に三階の食事処「花篭」で大急ぎの夕食です。いただいたのは目にも綾な「壽かべす膳」。もう少し味わって食べられればよかったのですが……。

義経千本桜川連法眼館の場

「四の切」はこれまでにも何度か観ていますが、このサイトで記録として残しているものでは2000年2004年が澤瀉屋型、2002年2003年2007年2009年が音羽屋型。ついでに文楽でも2008年2009年に観ています。今回は当代猿之助丈による澤瀉屋型である点が楽しみのポイントでした。

とはいえ、これだけ何度も観ているのであらすじや演出のポイントを逐一追うことはしません。

まず注目したいのは本物の佐藤忠信と狐忠信の演じ分け。リアル忠信が駿河・亀井に引き立てられる場面で、瞑目して無念を呑み込んでから主君・義経に一礼する姿に重厚感があり、これは源九郎狐が下手に飛び込んで数秒後に上手の窓に肩衣姿を見せる場面でも同様です。かたや狐手・狐詞を駆使する狐忠信が鼓にうっとりとなる様子や狐にも親子の情愛はあると説くクドキ、立ち去ろうとしつつ未練に苛まれて身悶えし床の上をぐるぐると回る激情の表現は、そこまで突き抜けられるものなのかと観る者を驚嘆させた先代猿之助丈を思い出させるものがありました。

一方、ケレンの方は澤瀉屋ならではのダイナミックなもので、狐忠信が一瞬で階段に現れる三段、静に「おまえは狐」と正体を見透かされて床下に落ちて瞬時に狐の姿に変わって這い出してくる早替り、身につまされた義経が鼓を与えようとすると義経の頭上から一回転して降りてくる欄間抜けと、次々に目を見開かされる仕掛けが展開しました。しかしケレンがすべての芝居ではないことの証拠には、この欄間抜けで登場した源九郎狐に義経が鼓を与えた場面の拍手がひときわ大きく、観客が源九郎狐の境遇に見事に感情移入できていたことがこれでわかります。そして最後に法師たちを妖術で操ってみせた源九郎狐は、花道の上にふわりと浮いて狐六方。万雷の拍手の中、勢いよく吹き散らされる桜吹雪の中に姿を消して幕となりました。

新年らしい理屈っぽくない演目を選んだせいもありますが、この華やいだ雰囲気に満ちた空気感は歌舞伎ならではのもの。こうしてみると、たまには(とりわけ正月には)歌舞伎座というのも悪くないものだなと思いました。ただ気になったのは、どちらの演目でも「なぜここで拍手するんだ?」と思うほど頻繁に拍手を先導する人がおり少々げんなりしたこと。もしかすると、この過剰な拍手は掛け声が掛けられないことの鬱憤晴らしだったのかもしれませんが、それにしてもいただけません。

配役

岩戸の景清 悪七兵衛景清 市川猿弥(尾上松也代演)
北條四郎時政 坂東巳之助
江間小四郎義時 中村種之助
和田左衛門義盛 坂東隼人
千葉介常胤 中村莟玉
重忠妹 衣笠 中村米吉
義盛妹 朝日 坂東新悟
秩父庄司重忠 中村歌昇
義経千本桜
川連法眼館の場
佐藤四郎兵衛忠信 市川猿之助
佐藤忠信実は源九郎狐
静御前 中村雀右衛門
駿河次郎 市川猿弥
亀井六郎 市川弘太郎
局 千寿 市川寿猿
川連法眼妻 飛鳥 市川笑也
源九郎判官義経 市川門之助
川連法眼 中村東蔵

あらすじ

岩戸の景清

源氏への復讐に執念を燃やす平家の勇将・悪七兵衛景清。この豪傑が江の島の岩窟に籠り、頼朝調伏を念じたために、天下は暗闇となってしまう。そこで源氏方の諸大名らが集まり、岩窟の前で闇を払う神事を始める。やがて景清が姿を現すと暗闇の中での探り合いとなるが、平家の重宝・小烏丸が抜かれると光が取り戻され大勢の軍兵が景清を取り囲む。大立ち回りの中で軍兵を見事に振り払う景清だったが、頼朝の前に示現した観音菩薩の命により赦免されたことを聞かされると、景清は妄執を断ち切り日向国に与えられた所領へと向かう。

義経千本桜

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