成上り / 海人

2021/12/17

国立能楽堂(千駄ヶ谷)の定例公演で、狂言「成上り」と能「海人」。

先月に引き続き「演出の様々な形」との副題のもと、異なる流儀・小書による「成上り」と「海人」(観世流は「海士」)を見比べるという趣向です。

小雨模様の夜の国立能楽堂。まだ雪になるほどの寒さではありません。

成上り

先月の大蔵流に対し今月は和泉流で、参籠するところは鞍馬寺。寅の月・日・刻に毘沙門天(多聞天)が出現した奇瑞に因んで一年の最初の寅の日(初寅)に参拝する習慣があり、これを下敷きにして太郎冠者は道行の際に「息災なのは多聞天のおかげ」と述べています。大蔵流での「あ〜ら、ありがたや」はなく、その代わりに「じゃがじゃが」と鐘を撞く仕草があってから、座して無声で拝む所作。寝入るときも主は脇柱近く、太郎冠者は常座と距離があり、そこへやってきたすっぱは太郎冠者の太刀を盗ろうとして一度は寝ぼけた太郎冠者に驚き退散、しばしの思慮の末に青竹を後見から受け取ってまんまとすり替えに成功すると一ノ松でひとしきり喜んでみせてから後見座でクツロギます。

目を覚ましての帰路で太刀が青竹に変わっていることに気付いた太郎冠者は仰天!素早く立ち直って主に面白い話をしましょうと成上りの話をするのですが、山芋→鰻、蛙→カブト虫、燕→飛び魚と一気呵成でなんでそうなるのかの解説はなし。嫁→姑は珍しくないと主に叱られ、最後に田辺の別当のくち縄太刀を持ち出して主の太刀も……と言うと主は重代の太刀だから元のままが良いと答えますが、太郎冠者が青竹を見せたところここで主は太郎冠者をこっぴどく叱るのではなく、それは取り替えられたのだ、まだ夜が明けたばかりだし他の参詣者を狙うだろうからすっぱは徘徊するはずと落ち着いた様子で、太郎冠者と共に大小前あたりに並んで座って待ち構えます。

ここからのすっぱ逮捕の顛末は大蔵流にはない部分で、すっぱが昨夜の獲物である太刀の立派さを一ノ松で再び喜んでいると太郎冠者がこれに気付き、どちらがつかまえるかと押し付け合いをした末に太郎冠者に捕えさっしゃれと押し切られた主が舞台に入ってきたすっぱを後ろから羽交締めにして「とったぞ!」。「放して下され」とじたばたするすっぱとこれをつかまえたままの主が二人でわさわさと蟹歩きしている間に太郎冠者は太刀を取り返し、主に命じられてすっぱを縛ろうとするのですが、後見から受け取った紐を手に角に座り込んで何をするかと思えば「縄を綯いまするぞ」。主とすっぱは共に呆れて一緒に太郎冠者の後ろに近づき、すっぱが太郎冠者を蹴飛ばすのが三人の関係性のナンセンスな転換でおかしく笑えます。脇柱に移動しても同様に蹴飛ばされた太郎冠者はすっぱをちゃんとつかまえていろと主に文句たらたら、再度角に場所を変えてようやく縄をない終えて喜んだところで、残る二人はまた静止して太郎冠者の様子を窺います。

床に罠に見立てた輪を置いてここに足を入れろという太郎冠者を叱った主は後ろから掛け声諸共縄を掛けろと命じるのですが、もちろんすっぱはうまくこれをかわして逃げていき、縄を掛けられた主はまたしても太郎冠者に捕えさっしゃれと押し付けられて「やるまいぞ」と橋掛リを追って行くことになります。

これまで和泉流の後半のドタバタがあまり好きではないと思ってきたのですが、こうして観ると粗忽者のくせに図々しく、それでいて憎めない(ので主もつい言われるがままになってしまう)太郎冠者のキャラクターが生きていて、これはこれで面白いものだなとそれまでの観方を変えることができたのでした。

海人

先月は観世流でしたが、今月は金剛流。小書も《懐中之舞》から金剛流のみに伝わる《変成男子》に変わりますが、これは『法華経』「提婆達多品」にある、龍王の八歳の娘が法華経の功徳によって忽然と男子に生まれ変わり成仏した(龍女成仏)という話を踏まえて後シテを龍王とするもので、プログラムの解説によれば荘厳かつ神秘的な『法華経』の一場面の一瞬を切り出した演出といえるのだそうです。ただ、国立能楽堂の『千駄ヶ谷だより』に掲載されていたこの日のシテ・廣田幸稔師の言によれば《変成男子》……ということはもともとは女性ですから。そこが考えどころですということでした。

さて、例によってまずは前シテと後シテの姿について。

  • 前シテ/海人の出立は、深緑地に金の縫箔腰巻の上に薄緑の水衣を肩上げにして、面は曲見(大和作)。一般的な勤労婦人の姿。
  • 後シテ/龍王の出立は、ぶらぶら揺れる尾が背中まで垂れる巨大な龍を戴き白頭、白銀の狩衣、緑地に金の青海波がほぼ全面を覆う半切。面は悪尉(春若作)。鹿背杖を手にして極めて威厳に満ちた姿です。

〔次第〕の囃子に乗って登場したワキ/房前の従者は森常好師、そして子方/房前大臣は「船弁慶」「橋弁慶」でおなじみの廣田明幸くん。金の立烏帽子、緑地の素袍に白の大口は大人用の装束だそうで、これが最後の子方になる彼は変声期を迎えてちょっと難しいタイミングだったようです。その子方が脇座で掛かる床几(鬘桶)を先月は地謡後列左端が扱っていましたが、この日は鬘桶専用の後見が下掛系の一節憂き旅なれど……の間に入ってきていて、細かいところですが違うものだなと妙な感心をしてしまいました。

〔一声〕の囃子と共に舞台に進んだ前シテの海人の刈る……以下の〈一セイ〉は、力が入っていないのに声が通ってきてじわっとしみる謡。ワキとの問答も随所に違いがあり、これに伴い一連の所作が観世流のそれとは若干異なるもののおおよそは同様の展開ですが、シテが常座に立ち尽くしたまま正面を向き、かつて淡海公が龍宮に奪われた面向不背の珠を求めてこの浦にやってきて海人少女と契った昔を説明するうちにその声に力が徐々にこもり、こちらも自然に引き込まれていきました。

子方との名乗り合いのうちに鎌は後見によって下げられ、そしてワキから珠を取り返す場面を再現してほしいと頼まれたときに先月のシテはその時海士人申すやうと時制の変化をはっきりと口に出していましたが、この日はこの言葉はなく代わりに正中で床几に掛かることで語り手の立場に変わってみせます。いよいよ〈玉之段〉に入って高揚しても暫くそのまま仕方で利剣を手に海に飛び入る様子を示すあたりは鬘桶を支える後見がいるためにあたかも人形振りのように見えていましたが、かくて龍宮に到りてで遂にシテは立ち上がり、ここから写実的な型が続きます。珠が厳重に守られている様子を見たシテはいったん橋掛リに退き、幕を見やってあの波のあなたにいる子や夫を思いシオリを示してから、二ノ松で手を合わせ覚悟の足拍子を踏むと扇を剣に見立て身を屈めた姿勢で一気に舞台に走り入り龍宮の中に飛び入り、宝珠を得たものの追い詰められて乳の下を掻き切り珠を押し込めると扇を捨て苦痛の中で命の火が消えるように身体を回転させて安座。この息をも継がせないスピーディーでリアルな描写には、心底圧倒されました。

舞台上に静けさが戻り、子方に対してしみじみと自らを母の幽霊と名乗ったシテは、文に見立てた扇を正先に置き、子方を見下ろしてから下がる途中常座で振り返ってシオリ。その姿のまま向きを変えて橋掛リに入ったシテは一ノ松で波の下に入りにけりと膝を突きましたが、これも本当に波の底に沈んだように見えて、見ていて胸が熱くなってきます。

間語リの間も正先に置かれたままだった扇(文)は、アイ/浦人(山下浩一郎師)による管弦講の触れの後に子方によって取り上げられ、そこで読み上げられた後に子方によって脇座へ下げられます。そして至極ゆったりした〔出端〕と共に上記の出立で登場した後シテは一ノ松からあら有難の御弔ひやな以下変成男子の姿になったことを謡いましたが、厳しいその姿にもかかわらず口調には武張ったところがなくむしろ優しげに聞こえて、そこがもとは女性というところかと思いました。

正中で床几に掛り経巻をゆっくり開いて子方を見やりながら龍女が釈迦の徳を讃える偈文を地謡との掛合いで読み上げたシテはあら有難の御経やなと感謝しつつ経巻を巻いて懐中にしまうと、杖を突いて立ちゆったりとしたテンポから〔早舞〕を舞い始めます。大きく舞台を回って後見に鹿背杖を預けたシテは〔早舞〕とは言いながらもたっぷりと龍王の威厳を示しつつ舞い続け、その動きは速くないものの一つ一つの所作・型に大きさを感じさせました。何度も繰り返し子方を見やりながら、舞台から三ノ松まで空間を大きく使って雄大な舞を見せたシテは、経巻を手にして橋掛リから舞台に戻ってくるとこれを子方に渡して正中で拍子を踏み、最後の舞を舞い納めて常座に立ち彼方を見やりながら留拍子なく終曲を迎えました。

この「演出の様々な形」という企画に基づく公演を観るのはこれが初めてではありませんが、それでも改めて、流儀・小書によって演出がずいぶん変わるものだということがよくわかりました。そういう意味ではとても面白い企画だったのですが、演出の違いにはさらに能楽師一人一人の解釈と工夫が加わっているはず。そうした点まで感じ取れるような鑑賞者になるのが能楽愛好家としての理想ではないかと思うものの、そこに至るためには自分でも実際に能を習って演じる側の心持ちの一端にでも触れておかなければ無理だろうな、とも感じます。うーん……。

なお、廣田明幸くんはこれで子方卒業となり、次にその姿を観るのは一人前の能楽師として大人の役を得てということになることでしょう。何年後に実現するかはわかりませんが、そのときには「廣田明幸」と表記するつもり。楽しみに待ちたいと思います。

配役

狂言和泉流 成上り シテ/太郎冠者 能村晶人
アド/主 炭哲男
小アド/すっぱ 炭光太郎
金剛流 海人
変成男子
前シテ/海人 廣田幸稔
後シテ/龍王
子方/房前大臣 廣田明幸
ワキ/房前の従者 森常好
ワキツレ/従者 舘田善博
ワキツレ/従者 梅村昌功
アイ/浦人 山下浩一郎
松田弘之
小鼓 鵜澤洋太郎
大鼓 亀井広忠
太鼓 前川光長
主後見 豊嶋幸洋
地頭 松野恭憲

あらすじ

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海人

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