Steve Hackett
2022/07/08
川崎のクラブ・チッタで、Steve HackettによるGenesis『Selling England by the Pound』『Seconds Out』の再現ライブ。Steve Hackettの来日公演は何度か観ており、最後に観たのは2016年の日比谷公会堂でのフェスでしたが、単独名義でのライブは『Genesis Revisited II』リリースに伴う2013年のツアー以来。元々今回の来日は2020年5月に予定されていたものがCOVID-19の影響で2021年6月に延期になり、これもパンデミックが収まらなかったために中止になっていたものです。この間、Steve Hackettは自身のアルバムを2枚制作し、自伝を書き、ライブDVDを出しと精力的に活動していたそうですが、そこには彼に関係するスタッフやミュージシャンを経済的に支えるという目的も含まれていたようです。
冒頭に記したように、今回は『Selling England by the Pound』と『Seconds Out』の再現ライブですが、ライブ盤である後者には前者の曲も含まれているので、全体の進行は次のようになります。
- 前半:『Seconds Out』A〜C面のうち『Selling England by the Pound』収録曲を除いたもの。
- 後半:『Selling England by the Pound』全曲。
- アンコール:『Seconds Out』D面のうち「The Cinema Show」を除いたもの。
舞台上の配置は従来と変わらず、中央にSteve Hackettが立ち、その上手側がリズムセクション、下手側がその他ですが、上手側の参加ミュージシャンは自分にとっては初見のメンバーで、ベースがThe Flower Kingsでの活動で知られるJonas Reingold、ドラムが2019年からSteve Hackettのバンドに加わったCraig Blundellです。Steve Hackettの後ろにはMarshallのアンプが2台、Jonas Reingoldの後ろにはAmpegのアンプ。そして私の座席はなんと最前列でベーシストの真正面で、Jonas Reingoldの立ち位置まで距離にして5mしか離れておらず、ライブが始まるとベースアンプの生音が聞こえていたようでしたし、演奏の途中で彼がピックをアンプの上に置く音までも聞こえました。
以下、おおよその舞台進行に沿って心に止まったポイントを備忘録的に記しておくことにします。
- 機材
- Steve HackettはゴールドトップのLes Paulタイプ(Fernandes製)2本を頻繁に取り替えながら使用。Jonas ReingoldのメインベースはファイヤーグローカラーのRickenbacker 4003で、曲により12弦ギターとベースのダブルネックや通常のギターも弾いていた。
- Genesisの曲で大きな役割を果たすベースペダルは、ベーシストJonas ReingoldとサックスプレイヤーRob Townsendの足元に各1台で、目の前に置かれているJonas ReingoldのペダルはRolandのPK-5A。曲によってどちらかが弾いていたほか、Roger KingとRob Townsendがキーボードで出す重低音で代用している部分もあった。たとえば「Afterglow」「Supper's Ready」「Los Endos」のペダルはJonas、「Squonk」「Firth of Fifth」「The Cinema Show」「Dance on a Volcano」はRob。
- 前半の演奏
- 開演前は薄暗い赤い光に照らされていたステージが、定刻から5分遅れでブルーに変わり白色光が踊って、怪しげなBGMの中をメンバー登場。1曲目の「Squonk」からドラムのタイトさとボーカルの好調さがはっきりわかる。この曲が終了したところでSteve Hackettは「コンバンワ」「マタアエマシタネ」。メンバーの衣装は全員黒基調で、リズムセクションの2人はカジュアルなTシャツ姿。
- 「The Carpet Crawlers」での美しいロングサステインギターソロは圧巻。即興を交えて比較的フリーに弾いていた模様。
- 「Robbery, Assault and Battery」の演奏速度が速い。このスピードであのややこしいシンセソロをこなしたRoger Kingに拍手が上がったが、これはまだ序の口だった。
- ここまでコーラスはJonas ReingoldかRob Townsendが担当していたが、「The Lamb Lies Down on Broadway」の冒頭のコーラスではSteve Hackettが参加。この曲が終わった後にそのまま「The Musical Box」のコーダに移るのかと思ったら、ベーシストがギターに持ち替えるためのちょっと不自然な間が入ってしまった。
- 「Supper's Ready」はやはり前半のハイライト。
- ここでこの曲が来るとわかっていても、曲が始まると客席から歓声が上がる。
- 幻想的な照明の効果、美しいギターのアルペジオ、刺激的なギターソロ。バトルシーンは本当に戦いがそこで行われているようで身震いしたが、Rob Townsendに合わせて「A flower!!」と叫べなかったのが残念。
- リズムの嵐のような9/8拍子のオルガンソロに続く黙示録パートでのNad Sylvanのボーカルは神がかっており、その終盤に大音量で繰り返されるシンバルのハードヒットが素晴らしい効果を上げていた。
- コーダに向かうスネアロールからしばらく、Jonas ReingoldはエアドラムでドラマーのCraig Blundellを煽っていて笑える。そしてエンディングに向けての長いギターソロは照明の効果もあってSteve Hackettの姿が輝くばかり。徐々に音量が下がっていって、最後にギターが鳥の囀りのような効果音を聴かせて終曲。スタンディング・オベーション。
- 休憩は25分間。男子トイレには長蛇の列。
- 後半の演奏
- Nad Sylvanは「Dancing with the Moonlit Knight」でエンジ色のジャケットを着用し、胸元に黒いフリフリ(ジャボ)を着けてどことなく英国紳士風を装っていた(さすがにブリタンニア戦士風のかぶり物は出てこなかった)。
- 「I Know What I Like」の冒頭は縦笛とベース、ドラムがフリーに絡む即興演奏。Rob Townsendのオクタパッドも活躍。コーラスパートではSteve Hackettが積極的に歌う。途中には長いテナーサックスソロが入り、後段では自在なギターソロにハイハットが面白いパターンでかぶさるなど、この日の演奏の中で最も自由に原曲から離れていた。
- レコードではイントロのピアノパートがカットされていた「Firth of Fifth」は、この日の演奏はフルバージョン。Steve Hackettはコーラスに参加しようとしてマイクを回したもののなかなか思い通りの位置に止まらず、ちょっとイライラ。ボーカルパートからインストパートへ移るところでの効果音で珍しくボトルネックを使用し、さらにこの曲の最大の聴かせどころであるスーパーサステインのギターソロをたっぷり聴かせてくれた。
- 「More Fool Me」の演奏前、忙しくエフェクターを足で操作しては音を出してみて「これじゃないな」といった具合に首を振る仕草を繰り返していたSteve Hackett。やっと目指す音が見つかってサムアップすると客席からほっとした笑い声。
- まったく予期していなかったが「The Battle of Epping Forest」はこの日最大の収穫だったかもしれない。繰り返される転調・奇々怪々なコード進行と場面展開に合わせてマーチ風であったりラテン風であったり変拍子であったりポリリズムであったりするリズムが原曲を凌駕する高速で演奏され、その中でPeter Gabrielが憑依したように熱唱するNad Sylvanのボーカルは音程もリズムも外すことがなくラストまで歌い切られる。演奏が終わった瞬間、客席からはミュージシャンたちを讃える大歓声が上がった。
- 「After the Ordeal」も高速バージョンで、さすがに原曲の牧歌的な味わいは失われているものの、これはこれで面白い。原曲はフェードアウトしていたが、ステージ上では原曲にはない短いギターソロを入れて終曲させていた。
- Genesisファンの誰もが愛する「The Cinema Show」は期待に応えて大切に演奏された。フルートパートが音域の高い縦笛で吹かれたのだけはいただけなかった(せめてエコーをかけるなど工夫してほしかった)が、ベースがかなり細かく動いて曲にうねりを与え、Tony BanksがARP Pro Soloistの機能をフルに発揮させたカラフルな長大なシンセソロも完璧に再現されて全体としての満足度は十分高かった。このシンセソロが終わり「Aisle of Plenty」に移行するときにステージ上に戻ってきたNad Sylvanは「Dancing with the Moonlit Knight」で着用していたジャケットとジャボで、このアルバムの円環がここで閉じることを示した。
- 全曲が終了したところで、この日初めてメンバー紹介。Steve Hackettが下手側から一人一人紹介した後に、Nad SylvanがSteve Hackettの名を呼ぶとひときわ大きな拍手。
- アンコール
- 「Aisle of Plenty」が終わったところからメンバー紹介、アンコールを求める手拍子、そしてアンコール1曲目の「Dance on a Volcano」以降、客席はスタンディング。
- 「Dance on a Volcano」が終わったところからドラムソロが始まり、Craig Blundellの熱のこもった演奏にソロの途中でも拍手。
- 「Los Endos」には原曲にはないギターのリフやギターとサックスの高速デュオ、カオス的なインプロヴィゼーションパートがあり、いったんブレイクしてから「Dance on a Volcano」〜「Squonk」パートへ。
名盤の再現をうたっていただけに、いわば「最上のトリビュートバンド」による予定調和のライブになるかと思いきや、さにあらず。一般のトリビュートバンドでは観客は原曲通りに演奏されることを期待し、その結果ギターソロの途中で音符が一音動かされただけでも不満を覚える聞き手すらいるものですが、そこはオリジナルメンバーであるSteve Hackettの特権で、曲の中にカオスに似たインプロヴィゼーションのパートがあったりリズム隊にオブリガートやフィルインの自由が許されていたりと、演奏家としての創造性を損なわない工夫がなされていました。もちろんSteve Hackett自身のギターソロも、聴かせどころとなるフレーズはきっちり再現し、そうでもないところは即興能力を活かすという感じ。
多くの曲が原曲よりも明らかにスピードが速いのも驚きで、これは長尺中心に16曲もの楽曲を19時から演奏し始めて22時には終えなければならない都合から全体にテンポを速めたものと思われ、さすがに速すぎて味わいが淡白になってしまった曲もなくはなかったのですが、そこは大人の事情と割り切るしかなく、むしろロック本来の疾走感が味わえたことを喜ぶべきだろうと思います。
Steve Hackettは既に72歳で、時折ステージ上で演奏の手を止めて椅子に腰掛け、他のミュージシャンの演奏を見守る姿はロックスターというより好々爺という雰囲気ですが、その風貌はここ10年ほどまったく変わっておらず、演奏能力も現役のレベルを維持し続けているのが驚異的。同様のことは63歳のNad Sylvanについても言え、COVID-19による公演延期が彼の声質を劣化させないかと懸念していたのに、これが杞憂であったこともうれしい驚きでした。
かくして、これなら「再現」ではなくではなく「再創造」と呼んでもいいくらいの出来で、久々にプロフェッショナルのライブを見たという感じです。この素晴らしい演奏に対し、客席からの曲間の拍手はリスペクトのこもったもので、開演前に主催者側から「マスクは外すな、大声を出すな」とアナウンスされていた分、拍手の長さでたたえていた感があったのですが、終わりの方ではそんなことを言っておられず自然に歓声が湧き上がる場面が少なからず見られました。
それにしても、ステージ上から客席を見るとほとんどが黒髪の下に白いマスクを着用した集団が声も出さずに拍手だけしている様子は(たとえ事情を知っていたとしても)不気味だったはず。ミュージシャンにそんな思いをさせないよう、客席の我々が心置きなく笑顔を見せられる日が一日も早く来ることを願ってやみません。
ミュージシャン
Steve Hackett | : | guitar, vocals |
Roger King | : | keyboards |
Craig Blundell | : | drums |
Rob Townsend | : | saxophone, flute, keyboards, percussion, bass pedals, vocals |
Jonas Reingold | : | bass, guitar, bass pedals, vocals |
Nad Sylvan | : | vocals |
セットリスト
ベーシストの使用楽器:*=Rickenbacker / **=ダブルネック / ***=ギター
- Squonk **
- The Carpet Crawlers *
- Robbery, Assault and Battery *
- Afterglow *
- The Lamb Lies Down on Broadway * / The Musical Box ***
- Supper's Ready ***→*→***
-- - Dancing with the Moonlit Knight **
- I Know What I Like (In Your Wardrobe) *
- Firth of Fifth *
- More Fool Me ***
- The Battle of Epping Forest **
- After the Ordeal *
- The Cinema Show **
- Aisle of Plenty **
-- - Dance on a Volcano **
- Drum Solo / Los Endos *