Deep Purple

2023/03/13

この日の夜は日本武道館で、Deep Purpleのライブ。前回彼らのライブを観たのはCOVID-19前の2018年に幕張メッセ国際展示場で、そのときの公演タイトルは「The Long Goodbye」でしたが、これを最後とせずに再び来日してくれた上に晴れてBudokanでのライブというのは嬉しい驚きでした。

今回来日したメンバーは、前回と同じIan Gillan(77)、Roger Glover(77)、Ian Paice(74)、Don Airey(74)の超高齢カルテットに、家庭の事情により昨年脱退したSteve Morseの後任として新たに加わったアイルランド出身のSimon McBride(43)の5人。Simon McBrideはヘヴィメタルからソウルやR&Bまでさまざまなスタイルの音楽を経験し、ソロキャリアも持つギタリストですが、Don Aireyのバンドでの仕事を重ねていたことがきっかけとなってまずは臨時の代替要員としてDeep Purpleのステージに立ち、その後Steve Morseが正式にバンドを脱退したことに伴いDeep Purpleの正規メンバーとなっています。このように他のメンバーに対して30歳以上も若い新ギタリストがレジェンドと言ってよいバンドのステージでどのような演奏を見せてくれるのかという点も、今回のライブの見どころの一つでした。

時折小雨が降る天候の中、日本武道館前に開場時刻(18時)を少し回った頃に着いてみると観客の年齢層は意外にばらけていて、自分のようなオールドファンだけでなく若い世代の男女もグッズ売り場の行列に含まれていました。私も列の最後尾についたのですが、自分がほしいのはパンフレットだけ。そうした客は少なくないはずなので客がセレクトに時間を使うアパレル系のグッズ売り場と瞬時に買い物が終わるプログラム専用売り場とを分けてくれればスムーズなのに、今回のグッズ売り場ではそうした分業はされていないためにモノをゲットするまでに40分以上を費やしてしまい、館内に入れたのは開演予定時刻(19時)の10分前と少し冷や汗ものでした。

実は、日本武道館のアリーナ席というのはあまり好きではありません。ステージを見上げる形になるので機材がよく見えないし、何よりスタンディングになりやすく消耗するからですが、今回はチケットを買ったタイミングが早かったせいか意に反して(?)アリーナ席、それもほぼ右端の位置になってしまいました。

招聘元は例によってウドー音楽事務所で、そのプロモーション力のおかげでアリーナ席及び1階席は満員、2階席も半分くらいは埋まっている様子です。やがて定刻になって照明が落ち、歓声の中にホルストの『惑星』が鳴り響いて「火星」の終盤からオルガンの歪んだ音。いよいよ演奏の始まりです。そして予想された通り、のっけからアリーナ席の聴衆は全員立ち上がってショウを観ることになりました。

オープニングナンバーは例によって「Highway Star」。さすがにIan Gillanは声が苦しそうだなと思いましたが、彼は原曲のキーそのままで歌っているので無理もありません。歳をとってから若い頃の曲を演奏する場合にキーを下げることは多くのヴォーカリストが行っていますが、この潔さには脱帽です。そして前回も演奏された「Pictures of Home」に続く「No Need to Shout」あたりから発声がなじんできた印象を受けました。それもそのはず、この「No Need to Shout」と次の「Nothing at All」は2020年にリリースされた『Whoosh!』に収録されていたいわば新曲です。Ian Gilianは前回のツアーのときのインタビューの中でDeep Purpleのライブの構成要素を

  1. 聴衆が期待するヒット曲
  2. 知る人ぞ知る古い曲(自分たちの楽しみのために)
  3. 新曲(ただし多過ぎないように)
  4. インプロヴィゼーション

の四つだと語っていましたが、この後もこの発言の通りの選曲となって単なる懐メロ大会にはしていませんでした。

強烈なドライブ感が心地よい「No Need to Shout」が終わったところで、Ian Gillanは新加入のSimon McBrideを聴衆に紹介しました。さらにシャッフルのリズムの上にキャッチーなリフを乗せた「Nothing at All」(歌詞は抽象的ですが原発と森林の映像が頻出していたので主題は環境問題のよう。Ian Gillanは "Song about mother nature" と言っていました)を終えたところで、Ian Gillanが「Jon Lordの思い出のために」と次に演奏される「Uncommon Man」をアナウンスすると、それまでの白いソリッドボディのギターからfホールの入った茶色のギターに持ち替えたSimon McBrideがひとしきりのソロ。クリーントーンでのトリルとボリューム奏法を組み合わせた繊細なフレーズの組み合わせに聴き入っていると一瞬で音圧の強いロングトーンに切り替わり、フレットボード上を自在に駆け回る速弾きが披露された後にDon Aireyのストリングス音が加わって典型的な泣きのギターからまたまた高速フレーズの繰り返しといった構成でしたが、そのスキルフルな左手と歌心との両立に加え、とにかくピッキングが正確で一音一音の粒立ちが綺麗であることに感銘を受けました。

このSimon McBrideのギターソロをイントロとして輝かしいブラス音のリフが堂々たる風格をもたらす「Uncommon Man」が演奏されてから、続いてひとしきりのオルガンソロが演奏されましたが、Don Aireyのオルガンはロックオルガンのお手本とも言えるほどのダイナミックなフレージングと場面に応じた的確な音色作りに加え、まるでタッチがあるかのようにニュアンス豊かで聞き惚れてしまいます。その演奏の途中で一音を長〜くホールドさせている間に執事風のスタッフがうやうやしく丸盆に乗せて運んできたワイングラスを受け取り聴衆に掲げてみせたDon Aireyは、これを一飲みして聴衆の喝采と笑いを引き出してから「Lazy」のイントロへと移りました。この曲ではIan Gilianのブルースハープが大活躍ですが、それよりも彼のボーカルにジャズボーカリストのような余裕とふくらみが感じられ、さらにその次に歌われたブルージーな曲調の「When a Blind Man Cries」(1972年にリリースされたシングル「Never Before」のB面曲)では情感豊かな絶唱に引き込まれて、おそらく多くの聴衆にとってこれはなじみの薄い曲であるにもかかわらず、歌い終えられた後にはIan Gilianに対するリスペクトの拍手が広がりました。

気分を変えるようにアップテンポな「Anya」(ハンガリー平原《プスタ》にまつわる曲らしい)に続くDon Aireyのキーボードソロは、正面側のハモンドではなく右手側のKurzweilとMoogを主体に組み立てられ、チャーチオルガン、ムーグのリード音、ピアノを駆使しながら弾きまくりの中にラグタイムから「トルコ行進曲」「SAKURA」「上を向いて歩こう」を織り交ぜたもの。そしてハモンドに移ってヘヴィなオルガンサウンドがそのままイントロとなりIan Paiceの重厚なドラミングがとりわけ際立つ「Perfect Strangers」の演奏が始まりました。

前回のライブでも感じたことですが、Deep Purpleの音楽を他と異なるものとして際立たせているのは、ずっしりと重くタイトなビートと軽やかなタムのフィルの組合せの中にスウィングする感覚を忘れないIan Paiceのドラミングであるように思います。仮にDeep Purpleが一人ずつメンバーの若返りによる延命を図ったとしても、YesにおいてSteve Howeがそうであるように、このバンドにおいてはIan Paiceが代替がきかない最後のポジションになるのではないでしょうか。

「Perfect Strangers」の9拍子とエスニックなスケールに乗った摩訶不思議なオルガンソロや、続く「Space Truckin'」の安定したロックリフがもたらす予定調和(しかし最後にカオス的にぐんぐんスピードを上げていく大胆なアレンジも)を堪能した後に、Roger Gloverと共にステージの前の方に出てきたSimon McBrideが思わせぶりな表情と仕草で聴衆に拍手を要求。聴衆の方もわかっていて笑い声と共に拍手を送るとあの誰でも知っているリフが演奏され「Smoke on the Water」になりました。Ritchie Blackmoreのオリジナルを発展させた形のギターソロの後には題名のリフの大合唱パートも置かれ、祝祭的な雰囲気のうちに本編終了。ちなみにこの曲の歌詞も「ひどい目にあったがどうにかレコーディングを終えられて良かったぜ」といった内容です。

アンコール1曲目の「Hush」ではオルガンとギターのソロ、それに即興での掛合いのパートがあって彼らのミュージシャンとしての語彙の豊かさとアスリート的なまでの反射神経とが誇示され、間を置かずにIan Paiceのスクエアなリズムに乗ってRoger Gloverが短いながらもノリのよいベースソロを演奏して聴衆の合いの手を引き出してから「Black Night」へ雪崩れ込み、Simon McBrideがアームを巧みに用いたトリッキーなソロから聴衆との掛合いで大合唱を引き出して大団円となりました。

演奏終了後、客席に手を振って他のメンバーがバックステージへと下がっていった後もRoger Gloverは一人残ってピックを何枚も何枚も客席に投げ入れていましたが、遂に手持ちのピックが尽きると、聴衆に対し感謝の拍手を送ってから彼も下がっていきました。

毎度のことですが「期待を裏切らない」ということの価値を体感するライブでした。キーを落とすだけならまだしも口パクでショウを組み立てるオールドバンドすら増えている昨今、リアルな即興演奏を重視しステージ上のケミストリーを自らも楽しむ彼らのミュージシャンシップはもはや貴重ですらあります。しかも国から国へ、都市から都市へと渡り歩くツアーの中で、常に質の高いパフォーマンスを発揮するバンドのプロフェッショナリズムには脱帽。日々きちんと食べ、きちんと眠り、きちんと練習をして、心身共にベストの状態を何ヶ月にも渡って維持し続けられる彼らのストイックさは自分としても見習いたいものだと思いました。

そんなバンドに新たに加入したSimon McBrideは技巧もセンスも素晴らしく、バンドのメンバーたちとその音楽とにしっかりフィットしているように思えました。願わくば、これを最初で最後の機会とせずに再び「Deep Purpleの」Simon McBrideを観る機会を得たいものです。もっとも、それが実現するかどうかは彼以外の4人にかかっていそうですが……。

ミュージシャン

Ian Gillan vocals
Roger Glover bass
Ian Paice drums
Don Airey keyboards
Simon McBride guitar

セットリスト

  1. Highway Star(『Machine Head』1972年)
  2. Pictures of Home(『Machine Head』)
  3. No Need to Shout(『Whoosh!』2020年)
  4. Nothing at All(『Whoosh!』)
  5. Guitar Solo
  6. Uncommon Man(『Now What?!』2013年)
  7. Lazy(『Machine Head』)
  8. When a Blind Man Cries(シングル曲 1972年)
  9. Anya(『The Battle Rages On』1993年)
  10. Keyboard Solo
  11. Perfect Strangers(『Perfect Strangers』1984年)
  12. Space Truckin'(『Machine Head』)
  13. Smoke on the Water(『Machine Head』)
    --
  14. Hush(『Shades of Deep Purple』1968年)
  15. Bass Solo
  16. Black Night(シングル曲 1970年)