スロヴァキア・フィルハーモニー管弦楽団〔スメタナ / ドヴォルザーク〕

2023/07/06

サントリーホールで、スロヴァキア・フィルハーモニー管弦楽団のコンサート。指揮:ダニエル・ライスキン、チェロ:笹沼樹。スロヴァキア・フィルハーモニー管弦楽団は1949年にプラチスラバに創立されたスロヴァキア最初の国立オーケストラで、1980年以来たびたび来日しているそうです。

「モルダウ」と「新世界より」と言えば2018年のプラハ放送交響楽団のプログラムと共通しますが、あちらはチェコ、こちらはスロヴァキア。私の世代は子供の頃に社会主義体制の国チェコスロヴァキアとして覚えてしまっているのでつい混同しがちですが、両者は歴史的にも民族的にも別の国です。そしてプラハ放送交響楽団のコンサートで「モルダウ」「新世界より」の間に演奏されたのはラフマニノフ「ピアノ協奏曲第2番」でしたが、こちらはドヴォルザークの代表曲の一つである「チェロ協奏曲」です。

スメタナ:交響詩『わが祖国』より「モルダウ」
上記の通り、3曲中2曲が共通しているプログラムであるにもかかわらずこのコンサートに足を運んだのは、一にも二にも「モルダウ」を聴きたかったからです。管楽器が描くささやくような川の源流が合流して川となり大地を流れ下る雄大な弦の旋律に引き継がれると、眼前にヴルタヴァ川(ドイツ語名「モルダウ」)の情景がリアルに立ち上がるよう。恰幅のいいマエストロは身振り手振りも表情も豊かに熱を込めて演奏を牽引し、その姿自体がヴルタヴァ川であるかのようにも見えてきます。最後に弦のたゆたいを静かにデクレッシェンドさせていき、一転してラスト2拍の強奏を繰り出そうとする刹那にぐっと息を飲み込む姿がマエストロの入り込みようを示して印象的でした。
ドヴォルザーク:チェロ協奏曲 ロ短調 Op.104
ドヴォルザークの協奏曲(ドヴォコン)と言えばこの曲で、チェロ奏者にとっても最も重要なレパートリーなのだそう。そして舞台に登場した独奏者の笹沼樹氏は、まだ20代(1994年生)ながら近年活躍著しい気鋭のチェロ奏者です。
第1楽章の冒頭、深刻な雰囲気の第1主題がクラリネットの独奏からオーケストラに受け渡されてドラマティックに発展してもしばらく沈黙を守っていたチェロは、やがて力強く艶やかな第1主題で演奏に参加し、ついで第2主題を伸びやかに聴かせます。さらに各主題が繰り返し再現された後の気迫のこもったアルペジオからダブルストップでの下行→上行、情熱的なオーケストラとの掛合いなど聴衆に息を継がせない感じ。旋律を引き切ったときにボウを高々と掲げる姿に奏者の自信が満ち溢れているようです。
第2楽章は3拍子の緩徐楽章。木管とチェロとの柔らかい響きが優しい旋律を歌い上げ、途中オーケストラの強奏が一時的に曲の雰囲気を変えるものの、チェロの音色は一貫して艶やかにして伸びやか。そして第3楽章は民族舞曲風のリズミカルな2拍子ですが旋律は暗みを湛え(これが黒人霊歌風と言われる所以なのかな?)、第2楽章から間をおかずに演奏されました。チェロの独奏も情熱を帯び、マエストロとのアイコンタクトやコンサートマスターの美しいヴァイオリン独奏と息を合わせる機会も増えてきます。終盤では高音域での消え入りそうな単音から徐々に音量を上げていくダイナミズムの変化に固唾を飲みましたが、チェロ独奏最後のビブラートを受け止めて速度を上げたオーケストラが曲を閉じる最終小節の強奏では独奏チェロがオーケストラの一員と化して演奏に加わったように見え、全員の演奏が終了した次の瞬間「ブラボー!」の声が上がりました。
ドヴォルザーク:オペラ『ルサルカ』より「月に寄せる歌」
大喝采のうちに舞台を降りていた笹沼樹氏が戻ってきてのアンコールは、一瞬チャイコフスキーを連想させるハープから入ったドヴォルザークのオペラ『ルサルカ』の「月に寄せる歌」をオーケストラと共に。アンデルセンの人魚姫に似た運命を辿る水の精ルサルカが月を見上げて歌う甘美な(しかし悲しみを予感させる)アリアを、高音域主体のチェロが管楽器と旋律を分け合いながら情感豊かに歌い上げました。
ドヴォルザーク:交響曲第9番 ホ短調 Op.95「新世界より」
次から次へと耳に馴染みのある旋律が現れ、手を変え品を変えて反復されていくのでちょっと冗長に感じる部分もなきにしもあらずなこの曲ですが、陽性なマエストロの性格を反映してか強弱・緩急のダイナミズムが聴衆の集中力を持続させてくれます。それはたとえば第2楽章の終盤で弦が静かに主題を繰り返す場面での十分な間の取り方であったり、さまざまな主題を回想しつつ緊迫感をもって終えられた第3楽章からほぼ間髪入れずに第4楽章を開始して冒頭の神々しい金管楽器の響きを引き出すスピード感であったり。最後のトゥッティによる和音の弦楽器が音を止めた後に管楽器の余韻が静かに消え入っていき、すべての楽器がその役割を終えたことを見定めた聴衆からやがて大きな拍手が湧きあがりました。
ドヴォルザーク:『スラブ舞曲集 第1集』Op.46 より 第1番 ハ長調
鳴り止まない拍手を聞きながら戻ってきたマエストロが聴衆に向かって「スラブブキョク、イチバン」と曲目を説明して、演奏されたのは冒頭に明るく激しい2+2+2+3+3のリズムを持つスラブ民族舞曲(フリアント)。中間のワルツ部も踊りたくなるような楽しさに満ち、オーケストラもリラックスして演奏していることがわかります。駆け上がるようなリズムでの最後の一音が奏された瞬間、マエストロは指揮棒を高々と宙に掲げてみせました。

実はチェロ協奏曲を演奏会で聴くのはこれが初めてだったのですが、チェロという楽器がこれほどの音域と表現力の広さを持っているとはこれまで知らず、そのことだけでも笹沼樹氏の演奏にのっけから感動しました。ただ、座席の位置(LA席=指揮者から見てステージの左側面)の関係でチェロの音量が十分に届かなかったのは失敗。次に協奏曲を聴く機会があれば、必ず正面で聴けるようにしようと思います。

しかしこの位置は悪いことばかりではなく、表情豊かなマエストロが指揮をしながら演奏者のそれぞれとどのようにコミュニケーションをとっているかがよくわかりましたし、目の前の打楽器奏者の動きも一目瞭然で、特にティンパニ奏者がマレットをたびたび持ち替えて適切な音色を引き出す様子もよく見えました。なお「新世界より」では全曲を通して第4楽章に1音だけシンバルが(それも弱音で「シャン!」と)鳴らされることがよく知られていますが、これは第3楽章のトライアングルで活躍していたかっこいい日本人女性(堀田理恵さん)が持替えで担当していました。また全体のアンコールとなった「スラブ舞曲」では別の打楽器奏者が賑やかなシンバルを担当しており、彼は最後のひと打ちを鳴らすと共に自分の身体もくるりと回転させて、これを目撃した私の相方を大喜びさせてくれたのでした。