花・flower・華 2024

2024/03/10

快晴の日曜日、花見には少し早いですが、山種美術館(広尾)で開催中の「特別展 花・flower・華 2024」を見てきました。

山種美術館の前には醍醐の太閤しだれ桜を組織培養したという「太閤千代しだれ」が植えられていますが、さすがにまだ開花してはいませんでした。しかし館内の展示は春だけを扱っているわけではなく、春夏秋冬の季節に沿って山種美術館が所蔵する絵画の中から花の名品を選んで展示しており、サブタイトルは「奥村土牛の桜・福田平八郎の牡丹・梅原龍三郎のばら」とされています。作品の体裁は額装に加え日本画らしく屏風や扇面もありますが、今回は軸装のものが多かった印象です。

春爛漫

まずは春。渡辺省亭《桜に雀》と小林古径《桜花》に目が釘付けになりました。前者は軸装の縦長の画面の右上から左下へしゅっと山桜の枝が伸びて、その葉の赤茶色と三羽の雀の羽の色が調和する中に控えめに白っぽい桜花が点じられているのがとても上品。後者の鋭いその葉の形と赤色はむしろ南天を思わせますが、そこに桜花が加わってシンプルな構図の中に山桜のくっきりとした存在感が感じられます。

この日撮影が許可されていたのは山種美術館のキラーコンテンツと言うべき奥村土牛《醍醐》です。これは何度も見ていますが、まあやはりいいものはいい。

夏の香り

川端龍子《牡丹》は、大作主義(会場芸術)で知られるこの画家にしてはむしろ小さい画面ですが、まるでハレーションを起こした写真のように白が強調された牡丹の色調がモダン。百獣の王が獅子なら百花の王は牡丹とされるだけあってこの牡丹は主張が強いのですが、一方の福田平八郎《牡丹》は大きな二双一曲の屏風に裏彩色を駆使して画面いっぱいに描かれた紅白の牡丹が葉の緑も含めて淡い色調で統一されており、華やかでいて気品に満ちた牡丹になっています。

山口蓬春《梅雨晴》は紫陽花を描いたものですが、この独特の画風に1997年の松濤美術館での「山口蓬春展」で初めて接していたく驚いたことを思い出しました。また、独特と言えば長谷川雅也《唯》もこの日展示された作品群の中で唯一無二の個性を持っており、グラデーションがかかったブルーの画面の中に沈み込む紫陽花が幻想的で、かつて見て強く惹き込まれた竹内浩一氏の画風を思い出させました。

今回は洋画も展示されているのがいつもと違うところで、サブタイトルにあった「梅原龍三郎のばら」にあたるのは《薔薇と蜜柑》ですが、正直に言うとこの系統の絵の良さが自分にはよくわかりません。梅原龍三郎はルノワールに師事したそうですが、この絵の雰囲気はルノワールというよりセザンヌ?背景を真っ赤に塗りつぶしている様子はゴーギャン?どちらにしても自分には無理!げんなりしてしまったところを、展示会場のレイアウトの関係でこの絵のすぐ近くにあった竹内栖鳳《梅》や速水御舟《紅梅・白梅》に癒されました。

秋の彩り

秋の花というのも少なくはないと思うのですが、意外にもここでは桔梗やなでしこ、菊などを採り上げた5点しか展示されていませんでした。ただ、その中に含まれている速水御舟《和蘭陀菊図》の解説に、洋画の顔料であるコバルトが使用されていたことが修復作業を通じて確認されたとあり、日本画の新しい表現を模索し続けた御舟の姿勢を強調していたことが印象的でした。

冬の華、春の訪れ

ここでとりわけ驚いたのは横山大観《寒椿》です。横山大観というとドラマチックな絵が多いというイメージがあり、また春のコーナーに置かれていた《春朝》も赤い太陽と桜を正面から描いて屈託のない明るさに満ちていたのとは対照的に、こじんまりとした紙本金地の画面の右奥に足元をフェードアウトさせた竹、手前に寒椿の枝をそれぞれ墨で描いて、それらの中に白い花を控えめに添えた静謐な表現が素晴らしいものでした。

そして、先日の「Seed 山種美術館 日本画アワード 2024」で見たばかりの重政周平《素心蝋梅》が今回の展覧会で堂々と一区画を占めて展示されているのを見て、驚きと嬉しさとを感じました。この作品を含む「日本画アワード」の受賞作群は、山種美術館の、そして日本画の世界の宝として、これからも折々に来館者の目を楽しませてくれるに違いありません。

  • ▲表面:奥村土牛《醍醐》
  • ▲裏面(左上→右下):田能村直入《百花》(部分) / 荒木十畝《四季花鳥》 / 福田平八郎《牡丹》 / 梅原龍三郎《薔薇と蜜柑》 / 山口蓬春《梅雨晴》

鑑賞を終えた後、例によって美術館の1階にある「Cafe椿」でこの日の展示にちなんだ和菓子と抹茶のセットをいただきました。青山・菊家が作った和菓子の名前と絵画の対比は、次の通りです。

ひとひら 奥村土牛《醍醐》
はなの香り 小林古径《白華小禽》
雨あがり 山口蓬春《梅雨晴》
まさり草 速水御舟《和蘭陀菊図》
花よりほかに 小林古径《桜花》

今回の展示のメインコンテンツを選ぶなら「ひとひら」になりますし、久々の再会を祝うなら「雨あがり」になりますが、ここはすっきりした構図が魅力的だった小林古径《桜花》にちなむ「花よりほかに」を選びました。そして心穏やかに抹茶をいただきながら、ミュージアムショップで買い求めたばかりの絵葉書を並べて一人悦に入っていました。

▲この日買い求めた絵葉書(左上→右下):渡辺省亭《桜に雀》 / 長谷川雅也《唯》 / 速水御舟《紅梅・白梅》 / 小林古径《桜花》 / 重政周平《素心蝋梅》