Seed 山種美術館 日本画アワード 2024

2024/02/22

小雨そぼ降る中、山種美術館(広尾)で開催中の「特別展 Seed 山種美術館 日本画アワード 2024」を見てきました。

山種美術館のサイトにおける本展の開催趣旨は、次の通りです。

山種美術館では、日本画の新たな創造に努める優秀な画家の発掘と育成を目指す公募展「Seed 山種美術館 日本画 アワード 2024」を開催します。コロナ禍の影響で2年間延期し、2024年に第3回目を実施する運びとなりました。

このたびは、全153点の応募作品の中から、厳正な審査を経て、大賞・北川安希子《囁き―つなぎゆく命》、優秀賞・重政周平《素心蠟梅》、特別賞(セイコー賞)・早川実希《頁》、特別賞(オリコ賞)・前田茜《山に桜》が決定しました。また、奨励賞として、大村美玲《参星》、川村香月《宵桜》、小谷里奈《向こうの姿》、小針あすか《珊瑚の風》、仲村うてな《朱》、八谷真弓《みのりの頃》の6作品が選ばれました。

本展では、これらの受賞作品を含めた入選作品全45点を一堂に展示します。新進気鋭の画家たちが描いたエネルギーと魅力あふれる作品の数々から、多彩に広がる日本画の可能性を感じていただければ幸いです。

かくして展示される新進気鋭の画家たちの作品と共に、同じフロアの第二会場では川合玉堂《鵜飼》、川端龍子《華曲》、村上華岳《裸婦図》、奥村土牛《雨趣》、速水御舟《昆虫二題(草蔭魔手・粧蛾舞戯)》という近代日本画のレジェンドたちが本公募展の応募者たちと同じ20代から40代の頃に制作した作品も展示されています。これら過去の優品は撮影禁止ですが、公募展参加作品の方は撮影が許可されていました。

この日は平日、しかも雨天とあって来館者の姿はまばら。おかげで一つ一つの作品とじっくり時間をかけて対面することができました。以下、受賞作のいくつかを紹介します。

▲大賞:北川安希子《囁き―つなぎゆく命》

第一会場の最も奥まった壁面の中央に配されていた大賞受賞作。西表島のオオタニワタリが生い茂るジャングルを取材し描きましたという画家の説明が図録に載っていましたが、逞しい生命力を謳歌しながらも他の植物たちと共存する優しさのようなものが画面から伝わってきて、この絵を見るために会場内を何周もぐるぐる回ってしまいました。そして、この大賞受賞作を見てなぜか不意に思い出したのはこちらの映像です。

優雅な野獣」ことセルゲイ・ポルーニンがHozierの「Take Me to Church」に乗って踊るこの映像はハワイのマウイ島に打ち捨てられていた建物を活用して撮影されたそうですが、その白さと建物の外を埋め尽くす密林の緑との対比や、ポルーニンのダンスから放たれる無言のエネルギーは、どことなく《囁き―つなぎゆく命》と通底するように思えます。

▲優秀賞:重政周平《素心蠟梅》

大賞受賞作と並んで掲示されていたこちらの作品も素敵です。図録に掲載されている画家の説明はいつも見ている庭の植栽とそっけないものですが、ロウバイと言えば華やかな黄色い花という固定観念を覆して、雪に覆われているとおぼしきモノトーンの木にまとわりつく鮮やかなブルーの葉の崇高さに畏怖すら覚えます。

▲特別賞(セイコー賞):早川実希《頁》 / 特別賞(オリコ賞):前田茜《山に桜》

特別賞の《頁》はアイデアが面白い。制作過程を示す下絵なども展示されていましたが、同じ被写体(モデル)の異なる姿を描いた下絵を3枚重ね、それらを細かく破って横にめくることによって生じる多次元的なイメージを一枚の絵にしたもののようです。このように文字通り破調の図柄を通じて、画家は魂がぶれる その一瞬を捉えています。

かたや《山に桜》は黒い山を背景にヤマザクラを描いていますが、今回展示されていた作品の中では最も「日本画」的な雰囲気をまとっていたように思います。それにしても、左上から右下へと斜めになだれ落ちる動線に沿って枝を伸ばし花と葉を同時につけるヤマザクラの姿は優雅そのもので、画面全体から伝わる品格の高さは私が好きな手塚雄二氏の世界に通じるような気がします。

▲奨励賞:大村美玲《参星》

奨励賞は6作品に与えられていましたが、それらの中でとりわけ心に響いたのはこの《参星》でした。京都・祇園祭の花傘巡行(神輿がお旅所から八坂神社へ戻る後祭の行事)に取材した作品で、三人の舞妓さんたちをオリオン座の三つ星になぞらえて「参星」と名付けたようですが、ぼんやりとのみ描かれた三人の表情やその仕草から華やかなだけでなくどこかしら懐かしいものを感じるのは、自分が30年前に京都に住んでいた頃の記憶をこの絵が呼び覚ましてくれたからかもしれません。

▲岩井晴香《夕さり》

もちろん受賞作以外でも素晴らしい絵はたくさんありました。たとえばこの《夕さり》の、朦朧とした画面の中から語りかけてくる樹木の存在感。

▲武井地子《in white #314》

あるいはこの《in white #314》の、言葉に表すことは難しいながらも間違いなくそこにある意思の確からしさ。そして、これらの絵を見て歩きながらあらためて思ったことは日本画というジャンルの自由度の高さですが、このことは「そもそも『日本画』とは何か」という問いの裏返しでもあり、かつて何度か足を運んだ「日経日本画大賞展」でも感じていたことです。

描く題材ということで言えば、「和」を代表する松竹梅(福島恒久《歳寒三友図》)もあれば段ボール箱から顔を覗かせる少年(吉垣光《僕のsanctuary》)もあり、まったくの抽象画(山田雅哉《Angel-2023》)もあり。もっとも、題材が伝統的であっても技法まで伝統的というわけでは必ずしもないのが面白いところです。

また絵の表面を仔細に見つめてみると、下地に銀箔が使われていたり(上掲《山に桜》(部分))油彩画を思わせるほど盛り上がった絵の具が木の幹のごつごつとした質感を生み出していたり(朴泰賢《仰見》(同))布や凧糸やステンレス針まで駆使したり(田中寿之《ドレス》(同))。そして画家自身も中国生まれ、韓国生まれ、台湾生まれの人たちが含まれている(ただし参加資格は日本国内在住者であること)といった具合。

翻ってこの「特別展 Seed 山種美術館 日本画アワード 2024」の応募要項を見てみると、本人制作による新作に限ること、平面作品に限ること、そして画材に関しては基本的には日本画の画材である墨、岩絵具、胡粉、膠などを主に使用すること多様な画材を使用しながらも、従来の日本画の技法に立脚した作品であることが求められており、既にこの応募要項の中で「日本画」というワードが無定義に用いられていてその外縁を区切るためのヒントを得られないのですが、図録の冒頭に置かれた審査員・竹内浩一氏の「総評」は、日本画の現在や未来を混沌として見極められないとしつつも、日本画の歴史がつなげてきたものは基底材(岩絵具など)の面白さだけではなく、日本の風土に磨かれた自然への問いかけに自身を見つめ、そこに養われた心のベースが肝心だというふうに言っています。

この「総評」を読んだのは展示を見終えて図録を買い求め、帰宅してからだったので、今回の展示会場に並んだ作品群にそうした共通項があったかどうか確かめるためにもう一度山種美術館に足を運んでみたい誘惑にかられるのですが、この展示の会期は短く(2024/02/17-03/03)、残念ながらそうした機会を作ることは難しそうです。ただし一つ確かに言えることは、たとえ伝統から前衛へと踏み込んだものであっても、この日展示されていた作品はいずれも意欲と気品とのバランスがとれた美しいものばかりだったということです。

  • ▲表面(左上→右下):北川安希子《囁き―つなぎゆく命》 / 重政周平《素心蠟梅》
  • ▲裏面(左上→右下):前田茜《山に桜》 / 早川実希《頁》 / 大村美玲《参星》 / 小針あすか《珊瑚の風》 / 川村香月《宵桜》 / 仲村うてな《朱》 / 小谷里奈《向こうの姿》 / 八谷真弓《みのりの頃》

鑑賞を終えた後、例によって美術館の1階にある「Cafe椿」でこの日の展示にちなんだ和菓子と抹茶のセットをいただきました。青山・菊家が作った和菓子の名前と絵画の対比は、次の通りです。

蓮はな 村上華岳《裸婦図》
緑のかげ 速水御舟《翠苔緑芝》(左隻)
雪の日 上村松園《牡丹雪》
朝の霊峰 横山大観《富士山》
葉のしずく 川合玉堂《山雨一過》

さすがに公募展入賞作品に基づく菓子はありませんが、いずれ劣らぬ優品ばかり。この日の展示に唯一含まれていた《裸婦図》にちなむ「蓮はな」はあいにく売切だったので「雪の日」を、これも私の大好きな《山雨一過》にちなむ「葉のしずく」と共に注文しました。いささかお行儀の悪い構図のような気もしますが、前からやってみたかったこの背徳のお茶菓子ダブルを実現できて満足です。