石井琢磨×菊池亮太 2台ピアノコンサート

2024/03/31

初台の東京オペラシティのコンサートホールで「石井琢磨×菊池亮太 2台ピアノコンサート in オペラシティ」。この日の演奏は、二人が組んで各地を回ったツアーのファイナル(7ステージ目)です。クラシック寄りのコンサートはそれほど積極的には聞きに行かない私ですが、今回は石井氏の大ファンである相方の誘いに乗ってみました。

石井・菊池両氏のプロフィール情報はWikipediaや公式サイトで見られるのでここでは触れませんが、菊池氏の方のYouTubeチャンネルに載っているストリートピアノ動画は以前に視聴したことがあり、まったく予備知識なしというわけでもありませんでした。とはいえ、東京オペラシティに来てみるとお二人のファンと思しき女性陣が客席の大半を占めており、私なんかが貴重な客席のひとつをもらってよかったのかしら?と恐縮してしまいます。

それにしても東京オペラシティのコンサートホールには初めて入りましたが、ピラミッドの内部にいるような感覚を味わえるこの意匠はすごい。荘厳でもあり、モダンでもあり、異次元空間にいるような気分になってきます。そしてステージ上に向かい合わせに置かれた2台のピアノはいずれもスタインウェイで、演奏が始まるとタブレット上の楽譜アプリを駆使していました。

定刻になって客電が落ちた後に舞台上に登場した二人の出立ちは、よりクラシックに軸足を置いている石井氏の方がタキシードに蝶ネクタイ、幅広いジャンルで活躍している菊池氏の方がトレードマークらしいつば広のハットとゆったりした上衣。最初に客席から向かって左のピアノを使った連弾でハチャトゥリアンの「剣の舞」を演奏した後、曲間にMCをはさみなつつテンポよくプログラムを進めていきます。この二人自身による進行に加えて演出面ではカラフルかつ動きのある照明が、たとえば 「ムーンリバー」ならゆらめく水面みなもを連想させるブルー、「マンボ」なら燃え上がる炎のような赤と黄色でステージの背後の壁面を彩り、曲趣を効果的に表現していました。

配布されたプログラムにも表示されているようにそれぞれのソロ、横に並んでの連弾、向かい合っての重奏と多彩なスタイルでクラシック曲を中心とした演奏が積み重ねられていく中で、たとえば「剣の舞」では二人が時折腕を交錯させ、「キエフの大門」の重低音は鍵盤を拳で叩き、「ボレロ」では最初のスネアのリズムを菊池氏が手でピアノを叩くことで表現し、ラテンの曲では最初に足拍子でリズムを合わせるといった具合に演奏面での奔放さも面白かったのですが、演奏が終わるたびにグータッチをしてから交わされる二人の会話が同い年の若者同士(どちらも1989年11月生まれ)らしいノリのよいもので聞いていて楽しく、会場の雰囲気を肩肘張らない暖かなものにしていました。中でも先日相方と共にバレエで見聞きしたばかりの「ボレロ」を菊池氏が「四拍子だったら『水戸黄門』、ボレロは三拍子」と説明したのには大笑いするとともに深く納得してしまいました。

そう言えばMCの中で石井氏が、YouTuberとしては自分に比して圧倒的に登録者数が多かった菊池氏に対して「コラボしませんか」と申し入れたところからこのデュオの企画がスタートしたという話をしたのを聞きながら、数日前に聞いたアルパインクライマー二人のトークショーの中で説明されたパートナーの選び方にも通じるものを感じて、これがあらゆる分野での現代的なパートナーシップの作り方なのだろうと感心しました。さらに石井氏がYouTube上に軸足の一つを置いた理由がCOVID-19の蔓延に伴う演奏機会の減少だったことを思うと、「人間万事塞翁が馬」とか「禍福は糾える縄の如し」といった古い諺まで思い出してしまいます。

ただ、相方から予習するようにと言われて聴いていたYouTubeでの石井氏の柔らかい演奏と比べると、この日の石井氏の演奏は菊池氏のスタイルにあえて寄せているのか強めのタッチに大胆なグリッサンドも交えてメリハリを効かせた「らしからぬ」ものになっていた印象があり、一方の菊池氏の方はYouTubeで見た通りのリラックスした、ただし楽譜通りのスクエアな演奏ではなくところどころに装飾音や和声変更を施してテンションを加えたものになっていたように思います。それが聴いていて少々居心地悪く感じさせる場面もなくはなかったのですが、それもまた若さの特権ですし、二人ともこの組合せでツアーを続けてきたことにより生じるケミストリーがそれぞれの演奏を深化させてきていたことでしょう。それでも、帰り際に相方と話して意見が一致したのは「次は石井琢磨さんにソロコンサートでじっくりクラシックを聴かせてもらいたいね」でした。

ミュージシャン

石井琢磨 piano
菊池亮太 piano

セットリスト

T=石井琢磨 / R=菊池亮太 / TR=連弾 / T-R=重奏

  1. ハチャトゥリアン:剣の舞(TR)
  2. チャイコフスキー(プレトニョフ編):「眠りの森の美女」より アダージョ(T)
  3. マンシーニ(菊池亮太 編):「ティファニーで朝食を」より 「ムーンリバー」(T)
  4. アメイジング・グレイス〜ドビュッシー:前奏曲集より「花火」〜ムソルグスキー:「展覧会の絵」より 「キエフの大門」(R)
  5. ブラームス:ハンガリー舞曲 第5番(TR)
  6. ピアソラ:フーガと神秘(T-R)
  7. ラヴェル:ボレロ(T-R)
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  8. バーンスタイン:マンボ(T-R)
  9. ミヨー:「スカラムーシュ」より「ブラジルの女」(T-R)
  10. ガーシュウィン:ラプソディー・イン・ブルー(T-R)
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  11. ピアソラ:リベルタンゴ(R)
  12. ショパン:革命のエチュード(T)
  13. モーツァルト(ファジル・サイ編):トルコ行進曲(T-R)