千鳥 / 道成寺
理春会能
2026/03/05
国立能楽堂(千駄ヶ谷)で「仙田理芳十七回忌追善 第三回理春会能」。この会のことを知るまで存じ上げなかったのですが、仙田理芳師は一般家庭から能楽界に入り、女性能楽師の草分けとして昭和から平成にかけて活躍され、自身も多くの弟子を育てられた方で、辻井八郎師の母上でもあります。その十七回忌追善の番組の中核は、仙田理芳師および辻井八郎師に師事してきた林美佐師の「道成寺」披キです。


林美佐師の門出を寿ぐようにこの日は良い天気に恵まれましたて、気温はやや低くはあるものの、道を行く人の装いも春の訪れを意識した心持ち軽やかなものになっています。そして能楽堂に入ると、ロビーから一段上がったところに仙田理芳師の遺影が飾られ、その前で手を合わせる人の姿も見られました。
番組の全体像は仕舞二番・舞囃子・仕舞・狂言・独吟・仕舞、そして「道成寺」となっており、その演目選定には仙田理芳師の演能歴にちなんだものでかためるという方針があって、入館時に配布されたプログラムに掲載された辻井八郎師の「ご挨拶」には次のように記されていました(一部省略あり)。
「海人」は追善の意に加えて私が母の能の子方を勤めた思い出の曲です。「西王母」は母が病気から一時舞台に復帰した時に私の娘が子方を勤めた能です。「砧」は母の演能の中で最も大曲で記憶に残っています。「笹ノ段」は能「百万」の一段ですが、今回道成寺を舞う林美佐が私の母の子方を勤めた曲でもあり、母が亡くなる前の最後の舞台が仕舞「笹ノ段」でした。「船弁慶」は母の初シテの能で、能楽師としての原点となる曲です。
まず金春憲和師による仕舞「海人」と深津洋子師による仕舞「西王母」。前者は法華経の功徳による成仏を喜び讃州志度寺を讃えるキリをきっぱりと短く、後者も酒宴のうちに西王母が天上へと帰っていくキリを華やかに。いずれもシテに仙田理芳師のイメージを重ねているのかなと思いましたが、舞もさることながら地謡四人(すべて女性・曲ごとに地頭を交代)の一体感が聴いていて気持ちよく、春風駘蕩といった趣きでした。
次に舞われた辻井八郎師の舞囃子「実盛」は他の演目とは異なり、仙田理芳師の演能歴にちなんだものではなく次の趣旨で取り上げられたものです。
今年丙午の還暦を迎えるにあたり、舞囃子「実盛」を勤めさせていただきます。実盛の生き様に私の今後の舞台生活への決意を重ねて舞わせていただきます。
その言葉通り、黒髪の首の主が老武者・斎藤別当実盛であることを見てとった樋口次郎が落涙するあな無惨やな
からシテの聴き応えのある独り語りが長く続いた後、地謡・囃子が入ってからのクセを経て手塚太郎に討たれ、最後に遊行上人に弔いを求めるキリまでが、重厚にしてシリアスな謡と共に舞われました。型どころの多いこの曲を辻井八郎師は一貫して揺るぎない身のこなしで舞い続けましたが、途中でシテが脇正面に向かい扇を前に差し出して静止する場面があり、脇正面席に座っていた私は、照明の加減で陰翳が濃くなったその厳しい表情と向き合って圧倒される思い。終わってみれば25分ほどの短い時間にすぎないのに、まるまる一曲の鑑賞に相当する充実と疲労を覚えた密度の濃い舞囃子でした。
続く仕舞「砧」は大ベテランの櫻間金記師。最初に立ち上がるときこそ扇を床についていましたが、舞い始めれば得も言われぬ趣きがあり、最後に妻が夫を思いながら静かに砧を打つ場面では思わず目頭が熱くなりました。
千鳥
狂言「千鳥」は何度か観ていますが、今日もまた屈託なく楽しい舞台でした。ツケがたまっているのに酒屋から酒をもらってこいと主人から無茶な命令を受けた太郎冠者があの手この手で酒を持ち帰る顛末を描く話で、よく通る声と運動量の多さが際立つ山本則重師演じる太郎冠者の巧みな話芸や愉快な所作に酒屋が隙を見せたところで正先に置かれた鬘桶(酒)を太郎冠者が持ち帰ろうとすると酒屋が気づいて取り返すことの繰返し(現代のコントそのもの)に、見所からの笑い声が止まりませんでした。
なお、2015年の「山井綱雄之會」では山本東次郎・則俊両師による「千鳥」を観ており、この日はその下の世代による舞台ということになりますが、当日、以下の通り出演者の変更の案内がありました。
| 予定 | 当日 | |
|---|---|---|
| シテ/太郎冠者 | 山本則孝 | 山本則重 |
| アド/酒屋 | 山本則重↗ | 山本則秀 |
| アド/主人 | 山本則秀↗ | 山本凛太郎 |
主役が降板してもただちに代役を立てられる山本東次郎家の層の厚さを示した格好ですが、剛直な則孝師と陽性な則重師とでは芸風が異なるので、当初予定されていた配役であればまた一味違った舞台が現出しただろうと思います。これもまた面白いことです。
狂言に続いて、先ほど盟友・櫻間金記師の「砧」を地頭として支えた本田光洋師の独吟「笹ノ段」。「百万」から子を思い乱れる母の姿を描く場面が、これもまた滋味深い謡によって描写されましたが、鬘桶に腰掛けて謡う本田光洋師とその背後に控える安達裕香師の二人の姿が一幅の絵画のように静謐で美しく、見惚れてしまいました。
そして前半の最後は井上貴覚師の仕舞「船弁慶」。おなじみのそもそもこれは桓武天皇九代の後胤、平の知盛幽霊なり
以下、長刀を手にした知盛の亡霊が海上に現れて義経に打ち掛かるものの調伏されて波間に消えるまでが、勇壮にして凝縮された舞で描かれます。
ここで20分間の休憩をはさみ、その後にいよいよ「道成寺」です。


ロビーには道成寺の観光案内と当地でつりがねまんじゅうを作っている「あんちん」がブースを出していました。せっかくなので栗餡のまんじゅうを買い求め、帰宅してから食してみたところすこぶる美味。いつかリアル道成寺に足を運び、この銘菓にも再会したいものです。

上の写真は、この日ゲットした道成寺案内の数々です。中央上は「あんちん」さんのところでいただいた「紀伊の國道成寺安珍清姫縁起之圖」で、この後観る「道成寺」の前日譚である安珍清姫伝説が手際よくまとめられています。左右にあるのは道成寺の案内で、左は「道成寺物」の解説、右は「道成寺の七不思議」。下の横長は主催者が用意した力作「能 道成寺あらすじ絵巻」で、あらすじは深津洋子師、裏面にある道成寺とその周辺の写真は林美佐師によるもの。これらの資料をすべて読み込めば、十分に道成寺通になれること疑いなしです。
道成寺
金春流の「道成寺」は、これまで山井綱雄師・中村昌弘師・村岡聖美師と観てきており、これが四度目です。したがって舞台進行を細々と記すことはせず、印象に残った点や備忘として残しておきたい点を列記するにとどめます。
- ワキ(宝生欣哉師)の命により鐘を鐘楼に上げるアイは山本泰太郎師と山本凛太郎師。凛太郎師がこの役を勤めるのはこれが初めてというわけではありませんが、それでも鐘を無事に吊るし終えてひと足先に狂言座に下がってきたときにはほっとした様子が垣間見えました。また泰太郎師の鐘楼固めは極めて重々しく、確かにそこに結界が張られつつあることを実感させました。
- ヒシギに続いて小鼓・大鼓が長い掛け声と共に打ち出す習ノ次第が結界の中に気を満たしていき、やがて幕が上がってからじっくり時間をかけて登場した前シテの装束は、細かい亀甲文で埋め尽くされた明るい茶色の地に紺白茶緑の鶴菱文様の唐織と定番の丸紋尽縫箔です。面は曲見でしょうか?
- 枯れた味わいの声色を持つシテ(林美佐師)の次第
作りし罪も消えぬべき、鐘のお供養拝まん
はやや声が小さく聞こえましたが、その後の名乗りは明瞭に声が届いていたので、自分が脇正面席にいたせいかも。それにしてもこちらから見ると(おかしなことを言いますが)錚々たる顔ぶれの地謡陣を背景に置いてシテが立つ一点に全世界の視線が集中しているような不思議な感覚があり、これが自分だったらそこに近づくだけで押しつぶされそうですが、目の前のシテのある種淡々とした謡には、そうした怖気は微塵も感じられません。 - 笛・小鼓・大鼓で奏されていたアシライが安福光雄師による大鼓の一調に変わり、烏帽子をかぶった姿で立ったシテはぐっと雰囲気が変わっています。橋掛リに出てから振り返って執心と共に鐘を見上げる姿も妖しく、突如としてボルテージを上げた大鼓に導かれて舞台に進み入ったシテの
あれにまします宮人の
以下の謡はそれまでとはうって変わってまるで獅子吼と言ってもいいほどに強烈。しかしすぐに沈静化して次第花の外には松ばかり、暮れ初めて鐘や響くらん
を謡い、これを地頭の金春安明師がクレッシェンドでなぞって乱拍子に突入します。 - 今日の小鼓は大倉流の田邊恭資師。長く引く掛け声と十分な間を伴って厳しく打ち出される小鼓と、これに対峙して静と動を繰り返しながら舞台上に小さい鱗の軌跡を描く乱拍子は、この日一番の見どころとなりました。特にダン!と舞台を踏んで瞬時に一足を踏み出す動きの切迫感がもの凄く、しかもこの切迫感が長い乱拍子の最初から最後まで緩みません。見所もここは舞台上と一体となって、よく緊張感を持続していたと思います。
- 急ノ舞のきびきびした動きに続き、鐘をじっと見上げてから頭上の烏帽子を扇ではねのける場面は、こちらからでは先に落ちかけた烏帽子を機敏に空中で払ったように見えましたが、委細構わず鐘の真下に入ったシテが足拍子を踏んで跳躍すると、ぴったりのタイミングで鐘が落ちてシテの姿が吸い込まれました。ここは鐘後見の辻井八郎師の見事な仕事です。その後、アイたちが小芝居をしている間に後見の金春憲和師が鐘に近づきこんこんと叩いて安否確認(?)をしていましたが、これは脇正面席からでなければ見えなかったはず。以前、この鐘入りの際に山井綱雄師が大怪我をした舞台を観ているので心配していたのですが、どうやら問題なかった様子に安堵しました。
- 鐘が上がると、常の赤頭に般若面、鱗文様の摺箔に黒地縫箔腰巻、唐織を背後に脱ぎ捨てた後シテの姿が現れて、ワキを見やり打杖を手にじわりと立つと、舞台から橋掛リの端までを使った激しいバトルが展開します。その中で三ノ松まで追い込まれたシテが盛り返してワキを舞台に追い戻したとき、自らは一ノ松側からシテ柱に左手を掛けて欄干越しに常座のワキたちと睨み合う(柱巻キに似て非なる)型が見られ、おっ?と思っているうちに戦いの場は舞台へ移って、最後は法力に負けたシテが細かい足遣いを見せた後、橋掛リを一気に下がって思い切りよく鏡ノ間に飛び込みました。
かくしてワキが常座で扇も高くユウケンを見せて留拍子を踏み、静寂が戻った舞台からワキたちが退場し、さらに鐘が下げられた後に地謡によって謡われた追加は「融」からこの光陰に誘われて、月の都に入り給う粧い。あら名残惜しの面影や、名残惜しの面影
でした。
「道成寺」の演能(特に披キ)というと、鑑賞者の立場からしても人気曲の上演を観るというより一人の能楽師のステップアップの場に立ち会うという感覚になるのですが、今日の「道成寺」もまさにそんな感じ。実は直前までこの日のチケットをとるかどうか決めかねていたのですが、終わってみれば、これまであまり拝見する機会を作れていなかった林美佐師の渾身の(しかも「披キ」という点では二度とない)舞台を観ることができて、幸運だったと思うことができました。
さらに、この「理春会能」の番組や配役に通底している家族・師弟・流儀内の温かい一体感にも感銘を受けました。実にいい会でした。
配役
| 仕舞金春流 | 海人キリ | : | 金春憲和 | |
| 西王母 | : | 深津洋子 | ||
| 舞囃子金春流 | 実盛 | シテ | : | 辻井八郎 |
| 笛 | : | 八反田智子 | ||
| 小鼓 | : | 鳥山直也 | ||
| 大鼓 | : | 柿原孝則 | ||
| 地頭 | : | 高橋忍 | ||
| 仕舞金春流 | 砧 | : | 櫻間金記 | |
| 狂言大蔵流 | 千鳥 | シテ/太郎冠者 | : | 山本則重 |
| アド/酒屋 | : | 山本則秀 | ||
| アド/主人 | : | 山本凛太郎 | ||
| 独吟金春流 | 笹ノ段 | : | 本田光洋 | |
| 仕舞金春流 | 船弁慶キリ | : | 井上貴覚 | |
| 能金春流 | 道成寺 | 前シテ/白拍子 | : | 林美佐 |
| 後シテ/蛇体 | ||||
| ワキ/道成寺住僧 | : | 宝生欣哉 | ||
| アイ/能力 | : | 山本泰太郎 | ||
| アイ/能力 | : | 山本凛太郎 | ||
| 笛 | : | 藤田貴寛 | ||
| 小鼓 | : | 田邊恭資 | ||
| 大鼓 | : | 安福光雄 | ||
| 太鼓 | : | 小寺真佐人 | ||
| 主後見 | : | 金春憲和 | ||
| 地頭 | : | 金春安明 | ||
| 主鐘後見 | : | 辻井八郎 | ||