三人片輪

No. 949 - 渋谷能

2026/03/06

昨日の「道成寺」に続いて今日も能楽堂通い。セルリアンタワー能楽堂(渋谷)で、昨年8月29日の「小鍛冶」(金春流)、同10月17日の「鉄輪」(宝生流)、今年1月30日の「白田村」(喜多流)に続き渋谷能第四夜「千秋楽」です。この記事のタイトルは便宜上「三人片輪」としていますが、この日の趣向は次の通りです。

第四夜はシテ方五流が勢揃いします。金春流、金剛流、観世流は舞囃子を、宝生流、喜多流は仕舞で技を競います。舞囃子は神舞・神楽・楽と舞三種、仕舞は所作の多い曲で見ごたえ十分の上演です。千秋楽では狂言も上演。和泉流・野村万蔵家の三兄弟(万之丞・眞之介・拳之介)による狂言「三人片輪」を披露します。

渋谷能の最終夜はたぶん常にこのパターン(仕舞または舞囃子オンパレード)なのですが、実際に観るのはこれが初めてです。これはバレエにたとえれば、全幕物ではなくフェスティバルでのソロやパ・ド・ドゥの競演みたいなものですかね。←アタラズトイへドモトホカラズ。

この日は最初に金子直樹先生による各演目の解説があり、最後にクロージングトークの中で出演者による追加説明や感想の交換が行われましたが、それはこの後に記す曲目ごとの鑑賞記録の中で必要に応じ追記することにします。なお、この日舞われた曲・狂言のうち、観たことがあるのは「女郎花」だけで、あとはすべて未見です。

舞囃子「佐保山」

金春流・本田芳樹師、地頭は山井綱雄師。金春流のみに伝わる稀曲で、後シテの佐保山姫(春の女神)が神舞または真ノ序ノ舞を舞うところが眼目になります。冒頭に地謡の一人である中村昌弘師の独吟が置かれ、その後に地謡の斉唱と囃子、おもむろに入ってくるシテ謡。そしてこれらに続いて舞われたのは、明るく颯爽とした神舞でした。それにしても(この曲に限ったことではありませんが)、能楽師の舞に見られる重心移動の計り知れない安定感にはあらためて感嘆するばかりです。

仕舞「兼平」

宝生流・髙橋憲正師、地頭は和久荘太郎師。木曽義仲に最期まで従った今井兼平の自害の場面を描きます。木曽殿討たると知った兼平が、ここを最期と二本の扇を楯と太刀になして奮戦した後、「自害の手本」と太刀の先を口の中に含んで馬上から飛び降りるさまが飛ビ安座で示されます。厳しい表情で寸分の隙もなく舞い続けたシテが、舞台上に『平家物語』の世界を再現して見せました。

ここまで脇能、修羅物ときましたが、この後の三曲はいずれも四番目物です。

舞囃子「巻絹」

金剛流・金剛龍謹師、地頭は宇髙竜成師。和歌の徳を讃えるシテの謡で始まり、クセから総神楽を経てキリまでの約35分間。クセの後半で幣を手に立ったシテはクセ舞を舞い、祝詞を差し上げるようにという地頭の言葉を受けて「謹上再拝」以下、熊野を胎蔵界曼荼羅にたとえて褒め称えると、舞台の三方で天地人の拍子を踏んで神楽を舞い始めました。この神楽は音無天神が乗り移った巫女が神を戻すためのもので、初めゆったりとしていた舞は長大に五段を重ねる中で次第にかかっていき、これがいったん舞い納められた後、さらに熊野三山の霊威を讃える謡と舞と共に狂乱の度が増しますが、幣を背後に投げ捨てたシテがキリを舞ううちについに神が上がって、巫女は覚めることになります。深々と、かつ朗々とした謡が神事の厳かさを現出し、彫りの深い顔立ちに一文字に結んだ口元で能面そのままに表情を変えず舞い続けるシテの姿はどこまでいっても揺るぎなく、本当に神懸かりとなり無限の体力を授けられているかのよう。とにかくすごいものを観たという印象で、この舞囃子が自分にとってはこの日の白眉となりました。

仕舞「女郎花」

喜多流・佐々木多門師、地頭は友枝雄人師。小野頼風が妻の死を嘆いて自らも川に身を投げるクセから、悪鬼に責められる地獄の有様を語り成仏できるように懇願して終わるキリまで。冒頭の解説で金子先生はこの曲を「ドロドロの内容が風雅な作品にまとめられている」と紹介しており、実際、最初はいかにも佐々木多門師らしい上品な謡と舞でしたが、途中からは地獄の責苦に苦しむ姿に変わって痛々しく、最後は救済を懇願する合掌でシリアスに終わって、誰しも(あの佐々木多門師ですら?)心の内に抱える業の深さを思い知らされるようでした。

舞囃子「枕慈童 盤渉」

観世流・観世淳夫師、地頭は鵜澤光師。他流にもある「枕慈童」は観世流では「菊慈童」で、こちらの「枕慈童」はその類似曲(金剛流には「彭祖」という類似曲あり)。上演機会も少ないそうです。そこでAIの力を借りて「菊慈童」と「枕慈童」の比較を試みると、次の解説が得られました。

菊慈童
世阿弥作とされる(またはそれに類する)。周の時代から700年生き続ける童子が、菊の雫(霊水)で不老不死となった恩恵を語り、優雅に舞う四番目物。
枕慈童
江戸中期の観世元章作。菊慈童の物語からさらに100年後の魏の時代を描き、慈童が霊水を献上して長寿を祝う内容。

観世流においてこうした類似曲が生じた経緯については興味深い話があるようですが、それはいずれ「菊慈童」または「枕慈童」を一曲の能として観るときにあらためて学習することにして、この日の舞囃子は、小書《盤渉》による楽の変化を伴いつつ「八百歳の少年」という複雑な役を演じる観世淳夫師の自信に満ちた舞を堪能する機会となりました。淳夫さんの姿は彼がまだ高校生だった16年前から見ているのですが、もはや押しも押されもせぬ立派な能楽師であることは、この日の舞台でも目白押しの今後の演能予定でも明らかです。

ここで仕舞・舞囃子の部は終わり、囃子方の出番は終了です。舞囃子三番を演奏した囃子方の皆さん(特に笛の一噌隆之師)、お疲れさまでした。

三人片輪

20分の休憩(その間に観客同士のバトルあり)を経て、この日の最後は狂言「三人片輪」です。これは上演機会が多くなく、その理由はタイトルにあるとおり身体障害を扱っているためですが、冒頭の解説の金子先生とクロージングトークでの野村万之丞師は共に、この曲における障害は差別の対象としてではなく個性として描かれていることを指摘していました。

舞台の方では、まず有徳人(野村万蔵師)が現れて「障害者雇用いたし〼」(大意)という高札をシテ柱に打ち付けた後に笛柱近くに着座した後、いずれもすってんてんの博打打ち三人が次々にこの有徳人を訪れることになります。頭巾をかぶった一人目(野村眞之介師)は座頭を装って一ノ松から杖を突き、案内を乞うて首尾よく招じ入れられ脇柱あたりへ。狂言裃の二人目(野村拳之介師)はいざりになろうと二ノ松で床に腰を下ろし足を組み、両腕を使って這い進んでから案内を乞うて、今度は大小前あたり。同じく狂言裃の三人目(野村万之丞師)は唖になろうというわけで扇二つを打ち合わせながら「あうあう」と声をあげ、これに驚いた有徳人の前で高札を指し示します。ところがこの三人目に限っては何か芸ができるのかと有徳人が尋ねたため、三人目は弓を引く真似、茶を挽く真似、槍を使う真似をしてみせ、これを褒めた有徳人が特別に扶持をとらせることにするとつい喜んで「はーっ」と答えてしまいます。あわてて口を押さえた三人目でしたが、有徳人は「唖の一声」といって縁起の良いものだと納得してくれて事なきを得て、三人目も無事に舞台の脇正あたりに着座できました。

こうして三人の博奕打=自称障害者がそれぞれの場所に納まったところで、有徳人は用事を片付けるために「山ひとつあなた」へ向かうことになり、座頭の前は軽物蔵、いざりの前は酒蔵、唖の前は銭蔵なのでそれぞれ番をするようにと言いつけて橋掛リを下がっていきました。その姿を見送った三人は、いずれも顔見知りの博奕打がそれぞれに障害者を装って有徳人の邸内に入っていたことを知って大笑い。そこでさっさと銭蔵を開いて銭を持ち去れば無事にすんだのですが、まずは酒蔵だと酒盛りを始めてしまいます。

正先にある見立ての酒蔵を開いて酒を互いに酌んでは注げば、もちろん例によって酌謡と小舞が始まります。謡われ舞われたのは「酒は元薬なり」「いたいけしたる物あり(座頭がめっちゃきびきび。飛ビ返リまで!)」「一二三四五六七八九献」「あの山からこの山へ」「兎も波を走るか(能「竹生島」。cf. 演劇「兎、波を走る」)」「陸くがにあがれば源氏の兵つはもの(能「景清」の後)」。特にシテの野村万之丞師が舞い、残る二人が横並びになって地謡を勤めた最後の「景清」は、屋島合戦の中での悪七兵衛景清と三保谷四郎との錏引きを勇壮かつ長大に描いて見応え聴き応え十分でした。

ところが、すっかり気分が良くなった三人が呑気に「ざざんざ」を謡っているところへ、有徳人が帰ってきて怒り心頭。まずは座頭に詰め寄るとあわてた座頭は「あうあう」と唖の真似をしてしまい、有徳人に間違いを指摘されて恐縮して去って行きます。次のいざりは座頭の真似をして同じく叱られ、最後に残った唖が座り込んでいざる姿を見せると「おのれはいざりではなかったはずじゃ」「なんでござりました?」「唖ではないか(怒)」と追い出されましたが、懲りないシテは一ノ松から「思い出しました」。そして有徳人をからかうように「あうあう」とやって、追い込まれていきました。

冒頭に記したように、渋谷能の中でこのように各流の仕舞・舞囃子と狂言がまとまって演じられる最終夜を観たのは初めてでしたが、渋谷能の若手能楽師の芸の研鑽の場として、そしてお客様には末永く出演能楽師を応援していただく企画という理念を端的に示した番組になっていたと思いました。もっとも、2019年3月に渋谷能が始まってからすでに7年がたち、初年度の出演者はもはや中堅と言ってもいいキャリアになってきているので、そろそろ出演者の幅を広げることも必要かもしれません。

そういう意味で新鮮だったのは、最後の野村三兄弟による狂言「三人片輪」でした。なるほどこの曲の中での障害の描写のうち、座頭はまだしもいざりと唖は見ようによっては生々しい感覚を生じ、見所にも心がざわつく人があったかもしれません。それでも若い三人(いずれも20代)が、息の合った演技やその基盤にある謡と舞の確かな技術を示して、これからの活躍を楽しみに見守ろうと思わせてくれたのは楽しいことでした。

なお「三人片輪」は近年復活の兆しがあるとは言うものの、それでもまだまだ上演機会は少ないのですが、クロージングトークでの野村万之丞師の説明によれば、この狂言に《三曲》という小書がつくと芸尽くしの酒宴の謡が変わり、座頭が(盲目つながりで)「景清」の前、いざりが「鉢木」、唖が(弓矢を使えることから?)「屋島」などになるそうです。そして、このように小書があることはかつて「三人片輪」がよく演じられていたことの証である、と述べられていました。

配役

舞囃子金春流 佐保山   本田芳樹
一噌隆之
小鼓 清水和音
大鼓 山本寿弥
太鼓 小寺真佐人
地頭 山井綱雄
仕舞宝生流 兼平   髙橋憲正
地頭 和久荘太郎
舞囃子金剛流 巻絹   金剛龍謹
一噌隆之
小鼓 清水和音
大鼓 山本寿弥
太鼓 小寺真佐人
地頭 宇髙竜成
仕舞喜多流 女郎花   佐々木多門
地頭 友枝雄人
舞囃子観世流 枕慈童
盤渉
  観世淳夫
一噌隆之
小鼓 清水和音
大鼓 山本寿弥
太鼓 小寺真佐人
地頭 鵜澤光
狂言和泉流 三人片輪 シテ/博奕打(唖) 野村万之丞
アド/有徳人 野村万蔵
アド/博奕打(座頭) 野村眞之介
アド/博奕打(躄) 野村拳之介

あらすじ

三人片輪

仔細あって片輪者を多勢抱えようという人の許へ、座頭・躄・唖の三人がやって来て雇われる。ところが主人の留守に酒に酔ってしまい、主人が戻ってみると三人の障害が以前とそれぞれに違っていて、三人とも偽者だったことがばれてしまう。