Steve Smith and Vital Information

No. 951

2026/03/20

コットンクラブ(丸の内)でSteve Smith and Vital Informationの1stショウ。開場15時30分、開演16時30分、終演は17時40分頃。

Steve Smithと言えばおそらくJourneyの全盛期を支えたロックドラマーとしての顔が最も有名で、私もJourneyのライブで2回(1983年2017年)その姿を目にしています。したがって、彼がJourneyと並行してフュージョンバンドVital Informationでレコードをリリースし、さらに1985年にJourneyを脱退したときには意外に思った(「巧すぎてクビになった」とまことしやかに囁かれた)ものですが、しかしその後、SteveがJourney加入以前に参加したJean-Luc Pontyの『Enigmatic Ocean』(1977年)を聴いて、彼の本領はこういうものだったのかと納得した覚えがあります。その後、RushのNeil Peartが自分のドラムスタイルをアップデートするためにレッスンを受けたFreddie Gruberを紹介したのがSteveであったことを音楽雑誌の記事で知ったり、上原ひろみさんのThe Trio Projectの一員(Simon Phillipsの代役)として演奏する様子をYouTubeで見たりしてはいたのですが、こうして実際にジャズ / フュージョンドラマーとしてのSteve Smithの姿を目の当たりにするのはこれが初めてです。

ステージ上は、下手のキーボードがSteinwayのピアノとNord Stage 4の上にYAMAHA YC、中央にヘッドレスで深いカッタウェイと26フレットを持つMattisson5弦ベースとエフェクター群とAmpegのベースアンプ、上手にSteve Smithが長年愛用しているSonor+Zildjianのドラムセットという構成です。さらに、ドラムセットの足元には今日のセットリスト!これらを確認した上で自分の席に戻り、ギネスを飲みながら寛いで待っているうちに客席はどんどん埋まっていき、定刻になって客席の照明が落ちたときには満員の観客が3人のミュージシャンの登場を待ちかねている状態でした。

以下、ステージの進行に沿って演奏の模様をごく簡単に記します。

Tempus Fugue-It

2023年のアルバム『Time Flies』収録、Bud Powellの曲。ブラシを駆使した華やかなドラミングからスタートして、拍の詰まり具合を自在に変えながらぐいぐい押してくる曲。ジャズらしい性急さと予想外のラウドさが同居する中に挨拶代わりのソロの応酬も織り込んで、のっけから聴衆をヒートアップさせてきます。

Choreography in Six

同じく『Time Flies』収録、Manuel ValeraとSteve Smith作曲。Steveの4カウントからシンセサイザーによるテーマが入り、美しいベースソロへつなげてから派手なタム回しを経てエレピソロ。バスドラとスネアのビートが力強く、わくわくする楽しさがある曲です。

ここでSteveがマイクを持って立ち、その穏やかな語り口でキーボードのManuel ValeraとベースのJanek Gwizdalaを紹介した上で、「My name is Steve Smith.」とやって喝采を浴びました。そして、Vital Information名義で最初のアルバムを出した1983年から40周年でリリースした『Time Flies』からの上記2曲に続き、Steveがこれまでに参加したグループの曲をオリジナルとは異なるアレンジで演奏するというアイデアで制作され昨年リリースされた『New Perspective』からMichael Breckerが書いた「Sumo」とJourneyの「Don't Stop Believin'」を演奏する旨が説明されました。

Sumo

2025年のアルバム『New Perspective』収録、Mike Mainieriが率いたSteps Aheadの曲。スネアロールから非常に難しいリズムのキメを見せた後にエレピ主体で曲が進行した後、ベースが(Pat Methenyのギターシンセのような)高音域でのソロ。その後、エレピのソロが不協和に密集したコードを聞かせるようになるとドラムも手数が増えますが、スイング感の気持ち良さが曲を最後まで牽引しました。

Don't Stop Believin'

『New Perspective』収録。おなじみのSteve PerryのボーカルメロディーとNeal Schonのギターのフレーズを二つの主題としてエレピがなぞり、それ以外は自由に創造の翼を広げたようなアレンジですが、あらかじめCDで聴いていたものよりもはるかに力強い演奏です。とりわけSteve Smithが実に忙しく、かつ楽しそうで、メンバー二人を見やりながら笑みを浮かべる彼の姿から目が離せません。途中の鮮やかなブレイクの部分で、スティックをくるっと回してパシっと水平に止めるアクションも最高のかっこよさでした。

Gracia

何度か曲想を変えながら連綿と演奏される抒情的なピアノソロから、やがて静かにベースとドラムが加わりしっとりと進む曲。柔らかく包み込むようでいてしっかり粒が立っているベースの音が良く、しかもよく見る(聴く)と、ややこしい指遣いでのダブルストップやコード弾きが随所に散りばめられていました。後半で繰り返されるピアノとベースのユニゾンの郷愁をそそるようなメロディーがすてきです。なお、演奏終了後にSteveはこの曲を「written by Janek」と説明していましたが、それは長いピアノソロに続くトリオ演奏の部分についてのことではないかと思います。

Charukeshi Express

サックス奏者George Brooksが率いたフュージョンバンドSummitの曲。Steve Smithはこれを2017年のアルバム『Heart Of The City』と2025年の『New Perspective』(この2作はメンバー構成が異なります)で再録しています。Wikipediaの記述によればGeorge Brooksはknown for combining jazz and Indian classical musicなのだそうで、演奏開始前にSteveがヘッドセットをかぶったので「もしや」と思っていたら、空間系のシンセサイザーの白玉とエレピの上でのっけからドラムソロ状態の派手なドラミング、そしていったんスローダウンした後に高速パターンになって、そこへかぶさってきたのがシンセサイザー、ベース、Steveのマシンガンのようなボイス・パーカッション(昨年の「シッダールタ」でも聞かれたコナッコル)とドラムのユニゾンでした。このエスニックで奇怪な雰囲気は文章で説明するのが難しいので、ここでは彼らのスタジオ収録の動画を貼っておきますが、実際の演奏はシンセソロやエレピソロが映像よりはるかに自由奔放。そしてライティングもカラフルに明滅しながらぐるぐる回って妖しさを増強していました。

Black Hole Sun

続いてSteveのMCにより、彼らは昨年USツアー中にカナダのスタジオに呼ばれ、彼らが知らないロックナンバーをその場でon the spotアレンジしなければならないというプレッシャーのかかる仕事をこなしたことが披露されました。曲はグランジバンドSoundgardenの「Black Hole Sun」で、課題に取り組む様子がYouTubeで見られるよということでしたが、探してみるとすぐに見つかりました。確かにこれは大変だ!

しかし、この日実際に演奏された「Black Hole Sun」はこの動画よりも(もしかすると原曲以上に)ロックのエナジーに満ちていました。

Bass Solo

最初にハーモニクスを駆使したパターンを演奏してそれをループさせた上で、アコースティックギターのような音色を使って優しい旋律とコード弾きを組み合わせたソロ。ベーシストのJanekはほとんど手元を見ず、その表情や時折口から漏れる声から深く感情をこめながら演奏している様子が伝わります。やがてループにベースで作る打撃音が加わり、その上で足元のエフェクターのせわしない操作と共にエコーを効かせた高音域での遠い響きが不思議な効果をあげながらフェードアウト。そこへドラムとピアノががつんと入ってきて本編最後の曲になだれこみました。

What Is Thing Called Love?(恋とは何でしょう)

『Time Flies』収録、Cole Porter作曲(1929年)のミュージカル曲にしてジャズ・スタンダード。ピアノトリオによるアップテンポな演奏の前半はピアノがソロを受け持ち、これを支えるSteveのドラムはシンバル主体で精細なゴーストノートを聞かせる典型的なジャズドラムでしたが、後半でピアノとベースによるリズムキープを背景とするドラムソロに入ると金物からスネアやタムへと重心が移動し、強烈なツインペダルによってパワフルさが強調されてステージ上も客席もヒートアップしていきました。

ここで三人はステージ上に並び、聴衆の拍手を受けていましたが、そこでSteveが人差し指を立てて「One more?」と呼び掛けると、客席からはもちろん歓迎の喝采が上がります。

Three of a Kind

最後に演奏されたのは『New Perspective』収録、Manuel作曲。スウィングする感覚が気持ちよく、ウォーキングベースにつられて自然に身体が動いてしまうこの軽快なナンバーで、1時間あまりに及んだこのショウが明るく締めくくられました。

演奏中のどの瞬間を切り取ってもSteve Smithのボキャブラリー豊かな演奏を堪能できる、極めて楽しいライブでした。パワフルでいて緻密な彼のスティック捌きは、その軌跡の美しさを眺めているだけでもビールが3杯飲めるほど(1杯だけにしておきましたが)。確かにこのヴァーチュオシティを目のあたりにすると、あの「巧すぎて(Journeyを)クビになった」という風説が信憑性を帯びてきてしまいます。もっとも、聴覚と視覚の両面で聴衆を惹きつけるSteveのドラミングのせいでManuelとJanekに振り向けられる注意力が限られてしまったのは申し訳ないことでしたが、二人ともSteveに負けず劣らずいい仕事をしていたことをちゃんと認識しているので、ご容赦ありたし。

なお『New Perspective』には「Don't Stop Believin'」以外に「Who's Crying Now」と「Open Arms」という著名なJourneyソングが収録されており、それぞれ面白いアレンジが施されているためにそれらの演奏を期待した観客もいたかもしれません。また、ドラムセットの足元のセットリストにはこれらの曲名が見え消しにしてあったので、実際に演奏される可能性があったわけです。しかし、こと今日のショウに関しては、Journeyの残像を過剰に見せなかったおかげでかえって楽しめたというのが私の率直な感想です。

ミュージシャン

Steve Smith drums / voice
Manuel Valera keyboards
Janek Gwizdala bass

セットリスト

  1. Tempus Fugue-It
  2. Choreography in Six
  3. Sumo
  4. Don't Stop Believin'
  5. Gracia
  6. Charukeshi Express
  7. Black Hole Sun
  8. Bass Solo
  9. What Is Thing Called Love?
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  10. Three of a Kind

おまけとして、Steve Smithの人柄を示すエピソードを一つ紹介します。

これはオンラインドラムレッスンサイトである「Drumeo」のコンテンツで、主にStyxでの活躍で著名なTodd Suchermanが「The 9 Most Influential Drummers」というタイトルでインタビューに答えている動画です。この中でToddは、自分が少年だった頃にSteve Smithに手紙を送ったところ、数週間後に分厚い封筒が届き、そこに入っていたSteveの手書きの手紙にいたく感激したと語っています(07:15〜08:11。Jean-Luc Pontyの名前も聞こえます)。そうした経験をしたToddは、後に自分が若いドラマーに助言する立場になってからSteveと同様の親切を心がけているということですが、この心温まるエピソードはDrumeoのスタッフにとっても印象的だったらしく、この動画全体の導入部(00:00〜の白黒の部分)でも紹介されています。

こちらには、Toddが語っていたSteveからの手紙の実物が!