花・flower・華 2026
Imp. 950
2026/03/11
快晴の日曜日、花見には少し早いですが、山種美術館(恵比寿)で開催中の「特別展 花・flower・華 2026 ―横山大観の桜・川端龍子の牡丹・速水御舟の梅―」を見てきました。振り返れば2024年の同企画にも足を運んでいますが、そのときのサブタイトルが「―奥村土牛の桜・福田平八郎の牡丹・梅原龍三郎のばら―」であったことからわかるように、2年前には奥村土牛《醍醐》が大々的にフィーチュアされていたため、今回はこの作品は展示されておらず、したがって(?)山種美術館の建物の前に植えられている《醍醐》の桜も開花まで前途遼遠という感じでした。


ところで、山種美術館の収蔵作品のうち花を描いたものに関しては『山種コレクション 花の絵画 名品集』というコンパクトな図録が販売されています。前回の展示の際にこれを買い求めていたので、今回もこれでざっと予習をした状態で展示室に入りました。
今回の展示構成は、まず冒頭に一八(一初)という名のアヤメの群生を白と緑で縦構図にまとめた川端龍子《花の袖》を置いた後、第1展示室は「季節の花々」、第2展示室は「幻想の花々」と題してそれぞれのテーマに即した作品を並べています。そして第1展示室は、さらにいくつかのパートに分かれていました。
春爛漫
春と言えば当然桜が主体で、このパートでは11作品のうち藤をモチーフに取り上げた吉田善彦《藤咲く春日野》を除く10作品が桜を扱っています。しかしその取り上げ方はさまざまで、横山大観《春朝》のように桜の木を単体で描くものもあれば石田武《吉野》のように山を埋め尽くす桜を遠望するものもあり、さらに人物画の道具立てとして桜が描き込まれているものもあって、それぞれに面白いものでした。
これらは鑑賞後にミュージアムショップで買った絵葉書で、伊藤深水《吉野太夫》はいかにも美人画らしく絢爛と明るく、松岡映丘《春光春衣》は平安絵巻風の絵柄の中にさまざまなモチーフ(庭に桜と山吹の花、手前の十二単に藤と蝶の文様、奥の十二単には鶴と葛)が装飾的に描かれてそれらの観察が楽しいもの。加山又造《夜桜》は去年の「桜 さくら SAKURA 2025」でも展示されていて、そのときにも絵葉書を購入したのですが、好きな絵であるためについ同じものを買ってしまいました。
夏の香り
この季節を代表する花としては牡丹が取り上げられ、さらに菖蒲・杜若、紫陽花、朝顔などが並びます。
この日唯一写真撮影を許可されていたのは速水御舟《牡丹花(墨牡丹)》で、その独特の佇まいがなんとも言えません。また、このパートで異彩を放っていたのは川端龍子《八ツ橋》で、六曲一双の屏風に八ツ橋と杜若(青の中に白が混じる)が大胆(ラフ)なタッチで描かれ「会場芸術」の面目躍如といった感じでした。
秋の彩り
秋の花というと菊かな?と思いきや、確かに菊を描いた作品もあるのですが、能装束の文様にも見られるように各種の花を寄せ描きにまとめて「秋草」としたものがこのパートの6作品中半分を占めていました。また、そのうち一つは伝土佐光吉《松秋草図》(17世紀)、一つは酒井抱一《秋草図》(19世紀)と江戸時代の作品が含まれていることも特徴的です。
このうち《松秋草図》は、二曲一隻の屏風に古風にデフォルメされた老松を描き、その周囲に菊・薄・女郎花・藤袴・竜胆・露草を細密な筆致で配するもの。禅僧・沢庵宗彭の和歌賛暮そむる野辺のけしきは春秋と わが家もふかきあかねなるらん
を伴っていかにも有り難げですが、華やかな金屏風に描かれているにも関わらず、どこか秋風のひんやりと寂しい空気感を漂わせているところが好ましく感じられました。
冬の華、春の訪れ
単に「冬の華」とせず「春の訪れ」を並置しているのは、桜に負けず劣らず画題として重要な梅の絵をこちらに持って来たいから。
したがってこのパートでは梅が幅をきかせることになり、その先陣を切ったのは淡墨外隈でぼんやりと浮かぶ月を背景に梅が枝を伸ばす酒井抱一《月梅図》だったのですが、老いた紅梅と若々しい白梅を並べた速水御舟《紅梅・白梅》にも(初対面ではありませんが)引き込まれました。
また「Seed 山種美術館 日本画アワード 2024」で優秀賞を獲得した重政周平《素心蝋梅》も、本来黄色いはずのロウバイを鮮やかな青で描いて雪の白と対比させた点が独自の世界観を提示して私の大のお気に入り。しかし上の写真(「Cafe椿」で絵葉書を撮影したもの)では照明の関係からか青色が出ていないので、ぜひ実物を見てその色合いを確認してほしいと思います。
四季の楽園 / 花と器
上記の四つのパートの合間とラストに分散配置されたこのパートの中では、フライヤーの表面を飾る田能村直入《百花》と裏面上部に見られる荒木十畝《四季花鳥》が、花を主題とした山種美術館での展覧会では常連です。前者はその名の通りの百花繚乱、後者はそのサイズと明るい装飾性でそれぞれ明るく、見ていて幸せな気分にさせてくれます。
さて「第2章 幻想の花々」と題した第2展示室には、伝説に登場する花や空想上の花を描いた作品がまとめられています。このこじんまりとした展示室を私はいつも反時計回りに見ていくのですが、その最初にあったのは川崎小虎《伝説中将姫》でした。中将姫と言えば當麻寺の當麻曼荼羅、よってそこに描かれるのはもちろん蓮ですが、あくまで主題は画面の中央に蓮糸の織物と共にある清らかに淡い中将姫の姿です。かと思えばシュールレアリスム作品のような風合いの作品もこの展示室には置かれていて、いっぺんに多様な画風の作品を見比べることになりましたが、ここで釘付けにされたのは西田俊英《華鬘》でした。
解説によれば、この作品は画家がインドを訪れたときにガンジス川の畔で一体の亡骸が荼毘に付される光景を目にしたことを契機として描かれたものだそう。そういう目で見ると、画面の大半の面積を占めている器のようなものはたくさんの花で埋め尽くされた棺を思わせ、中央の百合とその上の向日葵に見下ろされている鳥は被葬者を象徴しているようにも見えます。主に銀を用いて美と死とを厳粛かつ荘厳に描いたというこの作品は間違いなく初見ですが、これもまた山種美術館でのお気に入り作品の一つとなりました。
こうしてこの一枚だけで鑑賞エネルギーをずいぶん消費することになりましたが、最後に桃源郷伝説に基づき穏やかな仙郷の景色を描く山本梅逸《桃花源図》(19世紀)に癒されて、おかげで無事にこの日の鑑賞を終えることができました。
山種美術館の展示と言うと、これまではどちらかと言えば「新しい絵に出会う」よりも「馴染みの絵と再会する」ことの方が多いという印象でしたが、今回は初対面の絵をたくさん見ることができて、あらかじめの予想以上に新鮮な体験ができました。すごいぞ山種美術館。
いや、しかし加山又造《夜桜》のように絵葉書を二度買いしてしまったケースもあるから、もしかしたら初対面というのは印象ほどには多くなかったのかも?そうだったとしたら山種マジックに化かされたことになりますが、それでもこの展覧会の満足度が下がるわけではありません。
2026/03/15
この日、本展覧会に伴う講演会「雪と月と花と-日本美術の心性-」(〔講師〕佐野みどり先生(学習院大学教授))が國學院院友会館で開催されることになっていたの、立川での午前中の講演会の聴講を終えてから恵比寿に回りました。ところが蓋を開けたら講演会のタイトルが「日本美術の心性」ではなく「日本文芸の心性」に変わっていてちょっとびっくり。しかし内容はたいへん面白く、ためになるものでした。
ただ、その2時間近くかけてみっちり話された内容をここに細大漏らさず記すことはできないし本稿の趣旨から離れることにもなるので、惜しい気もしますが、講師のレジュメをベースにポイントだけを書き並べるに留めておきます。
- 雪月花という美意識
- 雪月花とは、雪=冬、月=秋、花=春という季節の景趣を集約したことば。日本では夏は待たれないし惜しまれないのでスルー。
- 単に自然現象ではなく、そこから生じる心情の動き(「をかし」「あはれ」)を深掘りしたものであって、その点が花鳥風月とは異なる。
- 近世文芸では揃い・取合わせの妙味を楽しむ仕掛けとして作用。
- 勝川春章の三幅対《雪月花》を題材に『源氏物語』『枕草子』などを下敷きとしての見立ての興趣を探る。たとえば、上げた御簾の向こうに庭の雪が見えれば「香炉峰の雪」から清少納言と読めるが、その足元に配された猫に注目すると「若菜上」の女三の宮が思い浮かぶ、など。
- 雪月花という美学の誕生
- もともと唐詩(白楽天『寄殷協律』より「雪月花時最憶君」)=中国の自然観を源泉とするが、平安前期の文芸に取り込まれ和歌・随筆・物語に変換される過程で、雪月花それぞれが季節の景を介して共通感覚を生む一種の作法(講師の言葉では「回路」)になった。
- 雪月花は題材ではなく、文芸形式ごとの表現技法の機動力。
- 勅撰和歌集:花=散る・匂ふ・色・春 / 月=影・雲・有明・夜 / 花=白・消ゆ・音
- 源氏物語:「花宴」花→夜→逸脱(禁忌) / 「須磨」月→追憶→現在の選択(嘆き) / 「若菜・浮舟」雪・霜→冷え→栄華や愛の脆さ
- 平安文芸に見る雪月花
- 花:盛りの輝きが散りの予感(無常)を内包する。
- 月:光が「隔たり」と「同時性」を提示する(一緒にいない者同士が同じ月を見上げる)。
- 雪:世界の白化=静けさ・清澄・冷えが無常を可視化する。
- 中世・近世・近代へ-変容と不変
- 中世:幽玄・有心への傾斜(陰影の増加)。月は幽玄の核へ、花は盛りより散り際へ、雪は静寂へ。
- 近世:雪月花が「型」として定着し、大衆化する。
- 近現代:伝統のアイコン化と引用技法の高度化→古典性の逆照射。
こうした箇条書きではなかなか講師の論旨が伝わらないと思いますが、実際の講演では『源氏物語』ほかからの豊富な引用とさまざまな中世・近世の絵画が引き合いに出されて具体性をもって解説されており、興味が尽きることがありませんでした(裏返すと『源氏物語』についての最低限の知識がないと太刀打ちできない内容だったとも言えます)。
ラストではエピローグ的に雪月花にまつわる絵画がいくつか紹介され、そこにはたとえば朧ろな月の下で妖しさを醸し出す桜を描いた加山又造《しだれ桜》や草むらに横たわる女性の屍の上に積もる雪(と見せて実は蛆虫)がショッキングな松井冬子《應声は体を去らない》(「小野小町九相図」を連想)が含まれていましたが、最後に講演を締めくくってくれたのはやはり、トルソのような存在感のある幹の上をピンクの桜花が明るく覆う奥村土牛の《醍醐》でした。
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- ▲フライヤー表面:田能村直入《百花》(部分)
- ▲フライヤー裏面(左上→右下):荒木十畝《四季花鳥》 / 山口蓬春《梅雨晴》 / 横山大観《春朝》 / 坂井抱一《菊小禽図》 / 速水御舟《紅梅・白梅》
3月11日の鑑賞を終えた後、例によって美術館の1階にある「Cafe椿」で今回の展示にちなんだ和菓子と緑茶のセットをいただきました。青山・菊家が作った和菓子の名前と絵画の対比は次のとおりです。
| 和菓子 | 絵画 |
|---|---|
| 桜がさね | 松岡映丘《春光春衣》 |
| 雨あがり | 山口蓬春《梅雨晴》 |
| 春の夜 | 速水御舟《あけぼの・春の宵》のうち「春の宵」 |
| 花のうたげ | 菱田春草《桜下美人図》 |
| 花の香り | 小林古径《白華小禽》 |
どれも美しくおいしそうですが、1月の「LOVE いとおしい…っ!」のときに錦玉羹と羊羹を主体とした「かがり火」を注文しようとしたら売り切れだった悲しい思い出があるので、今回は思い切りそちら側に振ったチョイスにしてみました。
- 雨あがり
- 雨上がりの柔らかな陽射しを受け、つややかに輝く紫陽花を透明感のある錦玉羹で表現しました。光を透かす姿が涼やかなひと品です。(梅酒風味錦玉羹・白あん)
- 春の夜
- 春の夜の月明かりにあでやかに浮かぶ桜をモティーフにしました。花を淡雪羹で、ほんのり桜色の夜空を羊羹で表した優美な和菓子です。(錦玉羹・羊羹・淡雪羹)
どちらもすばらしくおいしいものでしたが、特に「雨あがり」の腰のすわった食感が好ましく、これだけのためにもう一度「Cafe椿」に足を運んでもいいと思えるほど。とは言うものの、もし会期中に再びここに来たなら、せっかくなので残る三品の中からどれにしようかと迷うことになるのは必定ですが。


……と言う舌の根も乾かない3月15日の講演会の後にもう一度「Cafe椿」を訪れて、今度は次の二つをいただきました。
- 桜がさね
- 咲き誇る桜をめでる平安朝の高貴な女性たち。十二単の袖をイメージして、やさしい色合いの春らしい和菓子をお作りしました。(柚子あん・淡雪羹)
- 花の香り
- 初夏の訪れを告げる泰山木の花。大ぶりな白い花と葉を和菓子にしました。中は上質な黒糖を使った大島あんです。(黒糖風味大島あん)
いずれも造形面の細かい仕事に感心しきりですが、小林古径が描く泰山木の葉がいかにも硬そうに見えたのに対し「花の香り」は舌触りも味わいも柔らかく、絵の印象とは一味も二味も異なるおいしさでした。うーん、ここまでくれば最後に残った「花のうたげ」もいただきたくなるなあ。

