『ピアノの森』ピアノコンサート2026 高木竜馬

#969

2026/09/19

知人に誘われて、浜離宮朝日ホール(築地)で「イープラス presents『ピアノの森』ピアノコンサート2026」。これは一色まことの漫画『ピアノの森』(1998-2015)及びこの漫画に基づくNHK放映のアニメ作品(2018-19)の中で演奏された曲のいくつかを演奏するという企画で、アニメの中で王者パン・ウェイの演奏を担当したNiuNiuと、主人公・一ノ瀬海のライバル雨宮修平の演奏を担当した高木竜馬がそれぞれ異なるプログラムで行う演奏会のうち、この日聴いたのは高木竜馬の方です。ちなみに私自身は『ピアノの森』を『モーニング』連載中からときどき読んでおり、さらにコロナ前に通っていた銀座のボルダリングジム「グラビティリサーチ銀座」にコミックス全巻が揃えてあったことから、後半のショパンコンクールにまつわる回は概ね読んでいました。もっとも、この演奏会はたとえ『ピアノの森』を読んだことがなくても問題なく鑑賞することが可能です。

浜離宮朝日ホールでピアノを聴くのは2025年のパスカル・ロジェ以来これが2回目。ステージ上方には「森」を思わせる緑主体のデザインが投影され、ピアノ(Shigeru Kawai)の前にはフライヤー表面を飾った一色まことの絵が置かれていました。

やがて定刻になって高木竜馬が登場し、あらかじめ知らされていた通りの曲順でコンサートが進行するのですが、クラシック曲の演奏に関しては自分の予備知識もボキャブラリーも乏しいので、すべての曲についていちいち感想を述べることはせず、おおまかな進行を振り返るにとどめます。なお、曲名の後の小文字は漫画『ピアノの森』の中での演奏者名です。

ベートーヴェン:「エリーゼのために」阿字野壮介

プロの演奏会でこの曲を聴いたのは、これが初めて。とても親しみやすい演奏でしたが、出だしの柔らかい音色がタッチの変化によって硬質な輝かしさへとシームレスに変わる劇的な表現に引き込まれました。

ショパン:「雨だれ」一ノ瀬海「小犬のワルツ」レフ・シマノフスキ / 一ノ瀬海「バラード第1番」雨宮修平

訥々と穏やかな語り口のMCの後に、ショパンを3曲続けて。久しぶりに聴いた「雨だれ」はテンポに微妙な揺らぎがつけられていて、この2カ月間ほとんど雨天続きだった今年の不安定な気候にふさわしい演奏だったかも。ころころと走り回る小犬の情景を挟んで、マイ・フェイバリットとして折々に聴き返している「バラード1番」の起伏に富んだダイナミックな演奏が、この曲に新たな印象をもたらしてくれました。

ショパン:「英雄ポロネーズ」レフ・シマノフスキ / 一ノ瀬海

どこまでも力強く、輝かしく。随所に音の繋がりや和音の響きで驚かされる場面(たとえば両手が低音部から高音部へと駆け上がる特徴的な箇所に続く和音)があり、演奏者の個性(解釈)がいかにして曲に新しい命を吹き込むかということをあらためて実感しました。

ここで休憩が入り、この間にもう1台のピアノ(Steinway & Sons)が舞台中央に移動して2台が向かい合わせの位置に配置されます。

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番一ノ瀬海

演奏者曰く「世界で一番難しく、心技体すべてが必要」で「富士山に30回登った後にもんじゃ焼きを10杯食べるような大変さ」がある曲(それは地獄だ!)。演奏会でこの曲を取り上げるのは彼にとってこれが初めてだったようです。なお今回演奏されたのは2台のピアノのための版で、高木竜馬がソロ、彼の妹である髙木薫子さんが伴奏を受け持ちました。

3楽章からなる長大なこの曲は間違いなくこの日のプログラムの目玉で、聴く側としてもそれなりの覚悟を持って臨んだのですが、第1楽章冒頭の静謐な主題に導かれて曲の中に入っていくといつの間にか音圧が上がっていき、カデンツァの分厚い演奏に到達したときには音符の網の目に捕えられて身動きできなくなっているといった感じ。間をおかずに演奏される第2楽章・第3楽章でも同じことが起こり、緩急を交えながら遂に到達した終曲部での音の奔流が軍楽調の力強いリズムで一気に終結を迎えると、間髪を入れずに大きな拍手、ブラボーの声、そしてスタンディングオベーションが沸き起こりました。

ドビュッシー:小組曲より「小舟にて」

アンコールは火照りをさますようにドビュッシーの四手連弾曲。低音側が高木竜馬、高音側が高木薫子さんという役割分担でしっとりと。

このアンコール曲の演奏前のMCの中では、「せっかくなので」とマイクを渡された髙木薫子さんの語り(自己紹介は「妹です」。ラフマニノフではソロの熱量に対し遜色のない重厚な伴奏が見事でした)があり、続いて高木竜馬はラフマニノフのこの曲をウラディミール・ホロヴィッツが半世紀にわたって弾き続けたことを紹介した上で、自分もいつか必ずオーケストラと演奏し、そして人生を共にする曲として末長く弾き続けたいという思い入れを述べていました。

私はあまりクラシックの演奏会に足を運ぶ方ではありませんが、この言葉を聞いて、彼がこのラフマニノフを協奏曲として初演する機会には自分もその場面に立ち会いたいと思いました。卓越したその演奏ぶりに感銘を受けたからであることはもちろんですが、末長くそのキャリアを見守っていきたいと自然に思わされるような、この日の演奏会の雰囲気の温かさが心地よかったからでもあります。もっともこの雰囲気から察するに、彼の固定ファン層はかなり分厚そうなので、いざその時が来たらチケット争奪戦を勝ち抜くことは至難の業になるだろうと思うのですが。

ミュージシャン

髙木竜馬 : piano
髙木薫子 : piano

セットリスト

  1. ベートーヴェン:エリーゼのために イ短調 WoO.59
  2. ショパン:前奏曲 変ニ長調 Op.28-15「雨だれ」
  3. ショパン:ワルツ第6番 変二長調 Op.64-1「小犬のワルツ」
  4. ショパン:バラード第1番 ト短調 Op.23
  5. ショパン:ポロネーズ 第6番 変イ長調 Op.53 「英雄ポロネーズ」
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  6. ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番 ニ短調 Op.30(2台のピアノによる)
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  7. ドビュッシー:小組曲より「小舟にて」(連弾)