生誕110周年 奥田元宋と日展の巨匠-福田平八郎から東山魁夷へ-

2022/04/24

山種美術館(広尾)で「特別展 生誕110周年 奥田元宋と日展の巨匠-福田平八郎から東山魁夷へ-」。

これまで何度か山種美術館を訪れる中でもちろん奥田元宋(1912-2003)の絵も何点も見てきているのですが、正面から奥田元宋にフォーカスした展覧会に足を運ぶのはこれが初めてです。それにしても、今年が「生誕110周年」ということなら10年前の2012年には「生誕100周年」の展覧会が開催されただろうと思うのですが、なぜこれを見逃しているのかは謎です。

展示の冒頭に置かれていたのは「元宋の赤」「新朦朧派」といった特徴を端的に示す《湖畔春耀》(1986年)でしたが、今回撮影可能とされていたのはこの《山澗雨趣》(1975年)でした。奥只見の雨中の山林をしっとりと描いた作品で、細かく描きこまれた雨は金泥によりきらきらと輝いて見えました。また、この壁の向かい側には奥田元宋の師である児玉希望のモン・ブランを描いた水墨画が掛けられていて、そこに描かれたミディやタキュル、モン・ブランの姿に懐かしさを覚えましたが、児玉希望はシャモニーを訪問した際にブレヴァンに上がったものの天候に恵まれず、仕方なく少し下がったプランプラの山小屋でビールを飲みながら空待ちをしたということが説明されていました。そして児玉希望は川合玉堂門下だということも書かれていましたが、と言うことは奥田元宋は川合玉堂の孫弟子ということになるのか。

今回の展覧会では、奥田元宋の晩年の大作である《奥入瀬(秋)》(1983年)と《奥入瀬(春)》(1987年)が10年ぶりに同時に展示されることもポイントです。「秋」の方は、紅葉の鮮やかな色彩と意外にダイナミックな筆触にもかかわらず全体としては芒洋として穏やかな印象ですが、一方の「春」は下地の金の上に細密に描かれた新緑と山桜の薄桃色が瑞々しくはあるものの、むしろその足元を奔流となって流れ下る渓流の生き生きとした描写に心惹かれました。

奥田元宋関連では他に、これまた朦朧とした赤い《玄溟》(1974年)や鏡のごとき水面に島の松が投影して摩訶不思議な《松島暮色》(1976年)、奥田元宋が使用していた赤系の絵の具の瓶、さらに歌人としての業績を示す和歌なども展示されていました。

奥田元宋が活躍の場とした文展・帝展・日展に出展された他の画家の作品のいくつかも見ることができました。たとえば川合玉堂の《山雨一過》(1943年)は昨年見たばかりですが、あらためて見てもやはりすてきです。しかし私のお目当ては、むしろ高山辰雄の《坐す人》(1972年)の方でした。独特の暗さとシュールさを湛えた高山辰雄の作品は一時期好んで見ていたことがあり、たとえば2001年の「高山辰雄展」などにも足を運んだものですが、この《坐す人》は1999年にやはり山種美術館で見ています。この絵に添えられた説明によれば、ここに描かれている苦行僧のような人物は現実の人ではなく、高山辰雄が蓼科で岩を眺めているうちにそこに拳を握る人がいるような感じを受けて描いたもので、例によって一種不気味な目付きをして不自然なまでに大きく固く拳を握ったその姿は、暗い灰色を基調に様々な階調で分割されところどころに赤・黄・青・緑・白といった原色を配した背景の岩壁に半ば溶け込んでおり、あたかも森羅万象がこの絵の中に取り込まれているような圧倒的な深みがあります。この絵が置かれた一角には、他とは異なる空気が流れているかのような気配を感じました。

そして後で調べてみたところ、冒頭に「謎」と書いた「生誕100周年」の展覧会はやはり山種美術館で開催されており、しかも奥田元宋と同年生まれの高山辰雄を合わせて二人の画業を回顧する「生誕100周年 高山辰雄・奥田元宋-文展から日展へ-」として開催されていて、この《坐す人》もそのときに展示されていたことがわかりました。

会場には他にもそれぞれ個性的な作品が展示されており、本展覧会のサブタイトルにもなっている福田平八郎は《牡丹》(1924年)と《筍》(1947年)、東山魁夷は《緑潤う》(1976年)と《秋彩》(1986年)が展示されていましたが、自分としては小林古径《闘草》(1907年)の画面全体に溢れる気品と輪郭線(特に向かって左の童子の輪郭線の青緑色)の美しさと望月春江《趁春》(1928年)に描かれる椿の木の凛とした佇まいに、より深い感銘を受けました。

いつものように山種美術館所蔵品ばかり(《奥入瀬(春)》のみ個人蔵・山種美術館寄託品)で構成されたこじんまりとした展示で、したがって前にも見たことがある作品が多少含まれてはいましたが、観客の数も少ないために一点一点じっくりと見ることができ、心ゆくまで作品たちと向き合えることがうれしい展覧会でした。

  • ▲表面(左上→右下):奥田元宋《奥入瀬(秋)》 / 東山魁夷《緑潤う》 / 奥田元宋《山澗雨趣》
  • ▲裏面(左上→右下):奥田元宋《奥入瀬(春)》 / 奥田元宋《松島暮色》 / 東山魁夷《秋彩》 / 川合玉堂《山雨一過》 / 山口華楊《生》 / 山口蓬春《芍薬》

鑑賞を終えた後、例によって美術館の1階にある「Cafe椿」でこの日展示された作品にちなんだ和菓子と抹茶のセットをいただきました。青山・菊家が作った和菓子の名前と絵画の対比は、次の通りです。

秋のいろ 奥田元宋《奥入瀬(秋)》
青もみじ 奥田元宋《奥入瀬(春)》
雪けしき 奥田元宋《松島暮色》
葉のしずく 川合玉堂《山雨一過》
月あかり 橋本明治《月庭》

この日はみずみずしい青もみじを淡雪羹で、渓流の透明感を錦玉羹と羊羹で表現し、抹茶風味に仕上げたという「青もみじ」をいただきましたが、柚子あん入りの「秋のいろ」も一緒にいただきたいところでした。もちろんその他の和菓子も……。