パンドラの鐘

2022/06/22

Bunkamuraシアターコクーンで、野田秀樹作・杉原邦生演出の「パンドラの鐘」を観ました。「パンドラの鐘」は1999年に野田秀樹が書き下ろし、野田秀樹演出(ヒメ女:天海祐希 / ミズヲ:堤真一 / 世田谷パブリックシアター)と蜷川幸雄演出(ヒメ女:大竹しのぶ / ミズヲ:勝村政信 / Bunkamuraシアターコクーン)が同時上演されたことで当時話題を呼んだ作品です。この頃の野田秀樹は大変な多作で、1999年4月には「半神」、2000年4月には「カノン」を上演しているのですが、これらの間に上演された「パンドラの鐘」を見逃していたことを残念に思っていたのですが、蜷川幸雄の七回忌にあたる今年“NINAGAWA MEMORIAL”と題して再上演することになったので、この機会を逃してはならないとチケットをとったわけです。

例によって、公式サイトに記されている「あらすじ」を最初に引用します。

太平洋戦争開戦前夜の長崎。ピンカートン財団による古代遺跡の発掘作業が行われている。考古学者カナクギ教授の助手オズは、土深く埋もれていた数々の発掘物から、遠く忘れ去られていた古代王国の姿を、鮮やかによみがえらせていく。

王の葬儀が行われている古代王国。兄の狂王を幽閉し、妹ヒメ女が王位を継ごうとしているのだ。従者たちは、棺桶と一緒に葬式屋も埋葬してしまおうとするが、ヒメ女はその中の一人ミズヲに魅かれ、命を助ける。

ヒメ女の王国は栄え、各国からの略奪品が運び込まれている。あるとき、ミズヲは異国の都市で掘り出した巨大な鐘を、ヒメ女のもとへ持ち帰るが……。

決して覗いてはならなかった「パンドラの鐘」に記された、王国滅亡の秘密とは? そして、古代の閃光の中に浮かび上がった<未来>の行方とは……?

このように物語は現代(といっても大戦前)の長崎の発掘現場と古代王国を行き来するのですが、ここでは戯曲を参照しながら、場面ごとの梗概とそこで気づいたポイントを列記してみます。

【プロローグ】

開演前の舞台は左右を黒いカーテン、後方をむき出しの壁(その中央にはここでの芝居でよく使われる例の扉)に囲まれて床板がはっきり見えており、四方にそれぞれ高さの異なる角柱が立っていることからこれが能舞台を模したものであることがわかる。やがてまだ劇場内が明るいうちにミズヲ(成田凌)が客席の通路をゆっくり通って舞台に上がり、中央の床に耳をつけるポーズ。その耳に聞こえる遠くからの鐘の音が次第に大きく、かつ乱打のようになって暗転。

  • 「長崎の鐘」と言えばお寺の鐘ではなく、爆心地に近かった浦上天主堂の鐘。原爆によって鐘楼が倒壊した後に瓦礫の中から鐘が掘り出されて今も鳴らされていると聞くが、これが本作のモチーフになっているはず。

【#1 現代】

柝が鳴って三方の壁に紅白横縞の段幕が垂れ落ちると、そこは発掘現場。登場人物は、いわば狂言回しの役目を担うことになるオズ(大鶴佐助)、イマイチ(柄本時生)、カナクギ教授(片岡亀蔵丈)、タマキ(前田敦子)、そして彼らによる発掘作業のパトロンであるピンカートン未亡人(南果歩)。饅頭のような形の作り物が発掘の穴になっていて、中から発掘者が出てくる仕掛け。掘り出された釘からオズは、過去の王様の葬式を想像する。

  • ピンカートン夫人が登場するときに口ずさんでいるのは『蝶々夫人』からアリア「ある晴れた日に」。
  • 出演者の声はマイクで拾われて、舞台左右の空中に吊り下げられたスピーカーから増幅して発せられる。客席中央ないし後方にいる客にとっては自然に聞こえるかもしれないが、客席前方右寄りに座っていた自分の位置からだと話者の位置と声が来る方向が完全にずれているので不自然極まりない。

【#2 古代】

大音量の音楽と共に舞台後方から古代王国の登場人物が出現。登場人物はハンニバル(玉置玲央)、ミズヲとその仲間の葬式屋たち。赤い夕陽の中で死体に囲まれた孤児ミズヲの原初の記憶の独白。王は死んでいないことが明らかにされる一方、宮廷では14歳のヒメ女(葵わかな)がヒイバア(白石加代子)、ハンニバルと共に即位に臨む。そこに引き出されたミズヲたちは危うく殉死させられそうになるが、ミズヲにおっぱいを掴まれたヒメ女は動揺しつつ彼らを助命する。

  • 冒頭の音楽は「なんで?」と思うほどの大音量だったが、その中に一瞬だけ爆撃機のエンジン音が混じっていた。
  • 棺の中に入っていたのは猫のミイラ風の人形で、妙にキュート。野田秀樹による本作の着想の源の一つは、1998年のロンドン滞在中に大英博物館で見た猫のミイラだったそう。
  • 殉死は死のボランティアであるというヒメ女に対しまあお嬢様ったら、殉死した人間が皆好き好んで殉死していると思っているんですか?とひとくさり殉死論をぶつヒイバアは、まるで当て書きしたように白石加代子にハマっているが、初演時野田版では野田秀樹自身が担当。ゆえに先王の葬式は自分が「演出」したという台詞が生きる。
  • 女王のあるべき葬式を語るミズヲの長口上には元のシナリオではポール・マッカートニー、レオナルド・デカプリオといった固有名詞が織り込まれていたが、さすがに今回はすべてオミット。
  • 古代エジプトっぽいおかっぱ頭のハンニバルの衣装は赤い肩衣に赤い袴、ヒイバアも赤づくめの留袖姿、さらにアンサンブルが黒衣を勤め、音響面でもツケ打ちや鼓が使用される(ただし打ち手は登場しない)など「和」の演出が随所に見られる。

【#3 現代】

カナクギ教授がオズの論文を盗用したばかりか、彼のフィアンセであるタマキまでも横取りしたことが仄めかされる。ピンカートン未亡人が引率してきたアメリカ海軍の方々の前での会話から、オズはそこにあった古代の王国が海賊の王国だったのではないかと想像する。

【#4 古代】

ヒメ女の前にミズヲが持ち帰った征服土産の巨大な鐘が引き出される。その正体を確かめるべく吊り上げたとき、鐘の中から光が放たれる。暗転。

  • 人ひとりがすっぽり入れるほど大きな鐘は本体部分こそ普通の鐘の形だが、その上に四角い風切り羽がつけられていて明らかに原子爆弾(ファットマン)の姿をしている。そして緑の地金の上に金の縁取りがされた梵鐘のデザインは、鐘を吊り上げる紅白のねじり綱と共に「京鹿子娘道成寺」を踏襲している。

【#5 現代】

薄暗い発掘現場で横倒しになった鐘を掘り当てたオズたち一行。鐘の中には古代人の骨、そしてひっかいたような跡。しかし、タマキから心変わりを告げられたオズは卒倒する。

【#6 古代】

パンドラの町で鐘を掘り出した顛末をミズヲが語る。鐘の音に誘われて舞台奥から狂王(亀蔵丈二役)が姿を現し、ヒイバアとハンニバルは秘密の露見に狼狽するが、ヒメ女は女王としての覚悟を固める。

  • 毛皮をまとった狂人を見て、狂うという字からケモノ偏をとると王だと葬式屋たちが気づく言葉遊びは、後の「ザ・キャラクター」に通じる。
  • 紙を丸めた遠眼鏡を覗き込んだ姿で登場する狂王は大正天皇を想起させる。大正天皇は帝国議会の開院式で勅書を丸め、遠眼鏡にして議員席を見渡したことがあると伝えられている。

【#7 現代】

オズの研究成果を横取りした記者会見でフラッシュを浴びる自分を夢想するカナクギ教授は、突如現れたハンニバルが率いる官憲の手によって拉致されてしまう。イマイチの口から、発掘の様子は逐一日本政府に報告されていたことが明かされる。イマイチが去った後に残されたタマキはオズの胸にしなだれかかり、その言葉をヒントにオズはヒメ女が鐘に閉じ込められて死んだことを悟る。

  • この場に登場するハンニバルは赤いマント姿。
  • タマキの甘い言葉に乗り掛かってハッと気づいたオズは上手の壁にすがりついてどうして僕は現実をいいように解釈するんだ!と(あえて)くさい演技。その姿と対になってタマキが下手の壁にすがりついているのが笑える。

【#8 古代】

ヒメ女は葬送のたびに鳴らされる鐘の音に聞き惚れ、その音色・音階についてミズヲと言葉を交わす。入れ替わりに登場したハンニバルとヒイバアは、外国に攻め入っていたはずの自国が実は攻め込まれていることを認め合い、やけ酒を酌み交わす。しかしそのことはヒメ女の知るところとなり、ハンニバルたちは国民の動揺を恐れてパンドラの鐘を鳴らすことを控えるようヒメ女に懇願するが、ヒメ女はミズヲとの約束を理由に拒絶する。

その場に残されたヒメ女とミズヲは再び二人だけの会話を交わし、ヒメ女はパンドラの鐘の下での夢見によって敵がヒメ女という名前をこの歴史から消そうとしている未来だと知ったことを告げる。

  • ここは、ミズヲとヒメ女の心が近づいていくことをはっきりと示す大事な場面。特に2度目の対話での二人の幽霊にまつわる会話は微笑ましく美しい。
  • 戦況の不利を嘆きながら一升瓶をラッパ飲みするヒイバアが豪快。国民にもヒメ女にも連戦連勝としか伝わっていなかったことは、大本営発表と同じ。
  • 死体は俺の希望だと言うミズヲに対し、ハンニバルとヒイバアはふつうは、希望というのは、あなたを訪ねるものだそうよ、遠い国へまた汽車に乗ったりしてねと毒づく。これはシャンソン歌手・岸洋子の歌「希望」のパロディだが、客席でそのことに気づいた人が何人いたか(少なくとも笑い声は出なかった)。
  • 鐘を鳴らさないよう求めるハンニバル、ヒイバアとこれを拒むミズヲ、ヒメ女の議論の背後で、葬式屋たちが死体を上手から下手へと引きずる列が続く。やがて今度は下手から現れた彼らは葬式屋も死体も舞台中央に横たわるが、その中に次の場に登場するカナクギ教授が紛れ込んでいる。

【#9 現代=ヒメ女の夢見】

ハンニバルに迫られてカナクギ教授は論文からヒメ女の名前をすべて消してゆく。その様子を背後から見守るヒメ女とミズヲ。ことに問題となっているのは論文に書かれていたヒメ女の死に様だが、ヒメ女の夢はその前に終わっていた。

【#10 現代】

カナクギ教授に対する尋問が続き、ついにはリンチにあってしまう。たまらず論文はオズが書いたものだと告白するがハンニバルは信用せず、カナクギ教授がオズの名前を呼び続けているうちに背後から毛皮が着せかけられ、その姿も口調も狂王のそれに変化してゆく。

  • 尋問者は教授に対し、論文の内容は大日本帝国の臣民全てへの挑戦なんだと脅す。この芝居の中での現代の舞台が長崎であることは早い段階で明示されているが、ここでいきなり時代背景が鮮明にされて客席に緊張が走る。

【#11 古代】

オズの名を呼びながら徘徊する狂王の姿を横目に、ヒイバアとハンニバルはクーデターを決意し、その場に現れたヒメ女を取り押さえる。

【#12 現代】

ピンカートン未亡人が読む新聞には、カナクギ教授の発狂と東京でのクーデターが報じられている。一方、中空に降ろされていた鐘の中を調べていたオズは、そこにヒメ女とミズヲの相合傘の落書きを見つけるが、よく見るとそれは二人が共に裁かれたことを示す古代文字だった。

  • 雪の日に行われた東京でのクーデターとは、もちろん二・二六事件を念頭に置いている。ただし史実としての二・二六事件は1936年に発生したものであり、本作の最後にピンカートン未亡人とタマキがアメリカへと旅立つ1941年との間にある5年間という期間は長過ぎる印象がある。

【#13 古代と現代が重なる】

人民裁判の場で、ハンニバルはヒメ女とミズヲを王位簒奪の罪で告発する。ミズヲは必死に抗弁するが、ヒメ女が狂王から遠眼鏡を手渡されたところで古代と現代が交錯し、パンドラの鐘の文字をオズが読み解くと共にハンニバルのクーデターは失敗に終わる。タマキの口からアメリカ政府がパンドラの鐘の秘密(「悪魔の思いつき」=原爆製造方法)を知ろうとしていたことが告げられ、一方ヒメ女は、狂王が手にしていた遠眼鏡が敵国からの最後通牒であり、そこには「もうひとつの太陽」をこのパンドラの鐘に向けて投下すると書かれていたことを知る。

敵=古代の未来の王(南果歩二役)と参謀(柄本時生二役)が太陽が最も熱くなる八月雲間からあの港が見えたところへ投下する計画を示し、ヒメ女の国の人々は逃げ惑う。ヒイバアは後は、王と呼ばれるものだけが知っていること、何をなすべきか滅びゆく前の日にとヒメ女に告げる。

  • この王国は、狂気も敗北も隠し続けることで守られてきた。けれども、パンドラの鐘の音は、すべてをあからさまにする、だからその音色に耳をかさなくてはいけないと語るヒメ女の言葉が痛切。
  • 連行されてゆくハンニバルが狂王に向かって叫ぶ畏れながらお叱り申し上げます。お謝りなされませ!皇祖皇宗にお謝りなされませ!もこの作品の主題に直結するヒントとなる(皇祖皇宗に……は二・二六事件の首謀者の一人・磯部浅一の『獄中日記』から引用されている)。この言葉が狂王に向けられていること、狂王が最後通牒を握りつぶしていたことから、狂王は大正天皇と昭和天皇とを重ね合わせたキャラクターだったのかもしれない。しかしクーデターを仕掛けられたのはヒメ女なので、この部分は構成に錯綜が見られる。
  • 狂王が「オズ」と呼び掛けるたびに時制が古代になったり現代になったりする。そして最後に古代の人々と現代の人々がひと塊になって舞台前方へ迫ってくる場面がすごい迫力。

【#14 古代】

頭上から降りてきた電球の黄色い光の下で、ヒメ女とミズヲのダイアローグ。ミズヲは、自分の赤い原初の記憶が「もうひとつの太陽」の爆発後の様子であったこと、そして被爆者たちが水を求めて彼を呼ぶ声がミズヲの名の由来であったことを思い出す。そうして息絶えた未来から古代へ還ってきたミズヲが、ここでもまたあの景色を見ることになるのかと絶望しかけたとき、ヒメ女は自分の命をこの地上の景色と引き換えにすることを決意する。自分を埋めるようにと言うヒメ女に、人を殺すのは葬式屋の仕事ではないとミズヲは断るが、ヒメ女は自分の上に鐘を下ろし、やがて中から自分の声が聞こえなくなったらパンドラの鐘を土深く埋めるよう命じる。

パンドラの鐘を吊るした杭の釘をミズヲが抜いたとき、再び柝が鳴って紅白の段幕が落とされ三方の壁は元の無機質に戻る。鐘の中から溢れる光を浴びるヒメ女の上に鐘がゆっくりと降り、やがてヒメ女の姿は鐘の中に消える。

【#15 現代】

1941年12月8日、アメリカへと旅立つタマキの誘いを断って日本に残るオズは、終戦後のある晴れた日に、あなたが帰ってくるのを待って長崎を一日も離れないとタマキに告げる。ピンカートン未亡人が鐘を船に積み込んだことで、オズは鐘の秘密をアメリカが利用しようとしているのではないかと動揺するが、タマキは日本の王がヒメ女のようにこの国を守ってくれるはずだとオズに言い聞かせる。

  • オズがある晴れた日にタマキが帰ってくるのを待つという台詞は、オペラ『蝶々夫人』のピンカートンと蝶々夫人の構図を男女逆転させたもの。
  • この場面でのタマキの心情の解釈が難しい。一緒にアメリカに行きましょうとオズを抱いたタマキの表情にはそれまでの軽薄さが消えてオズを心から愛している気配が漂ったが、船の甲板の上でピンカートン未亡人にいいのかと聞かれていやだ、お母様、どこにでもいる只のボーイフレンドよと嘯いたタマキにも強がっている様子が見えない。しかし、オズとの別れに際して王ならば、必ずその地が滅びる前に、きっと、我が身を埋めるでしょうとオズに語った言葉は、自分自身に言い聞かせているようにも思えた。

【#16 古代】

暗い中にパンドラの鐘が浮かび上がる。ミズヲはさまざまにヒメ女に語りかけ、ヒメ女もかすかに応え続けていたが、やがてヒメ女の声は絶えてしまう。ミズヲは最後にヒメ女に語り掛ける。

賭けをしましょう。あなたの服に触れず、その乳房に触れた日のように、いつか未来が、この鐘に触れずに、あなたの魂に触れることができるかどうか。滅びる前の日に、この地を救った古代の心が、ふわふわと立ちのぼる煙のように、いつの日か遠い日に向けて、届いていくのか。ヒメ女、古代の心は、どちらに賭けます?俺は、届くに賭けますよ。

ピアノ曲と共に鐘の音が鳴り響く中、鐘の風切り羽の上に立つヒメ女(の霊)が穏やかな笑顔でミズヲを見下ろし、やがて顔を上げると鐘は上空へと上がってゆく。背後の壁面の観音扉が全開にされて舞台上の世界が現在とつながっていることが暗示される中、ミズヲは【プロローグ】で見せた床に耳を付けるポーズを示し、暗転して終了。

  • 最後の開扉は蜷川幸雄へのオマージュ(たとえば〔こちら〕)として導入されたと思われるが、それが効果を発揮していたかどうかは疑問。
  • ミズヲの独白は力強いメッセージとなって観客に届いたが、その賭けは、少なくとも1945年8月9日の時点ではミズヲの負けに終わったことを我々は皆知っている。タマキを待ちながら長崎にとどまったオズも、おそらくはそのときに命を失ったはず。しかしミズヲの賭けは、今でもまだ続いているのだろうか?

あらかじめ戯曲を読み、天皇の戦争責任を問い掛ける本作の主題を把握して、その辛辣なテーマ性が生きるかどうかは観る者がヒメ女にどこまで感情移入できるかに掛かっていると思いながら舞台当日に臨みましたが、ヒメ女を演じた葵わかなの演技はその期待に十分応えるものでした。14歳で即位した当初の頼りなさ、ミズヲに対する感情に揺れ動き、滅びる前の日の「さいごの仕事」に臨む覚悟。苛烈な運命に立ち向かう中で王として、女性として成熟してゆく様子を2時間の舞台上に凝縮された姿で見せた力には脱帽です。おそらく初演時の野田演出だったら言葉のスピードがもっと速く情感をこめることも難しかっただろうと想像するのですが、この日の葵わかなの声は一語一語しっかり客席に届き、戯曲が持つ言葉の力を存分に伝えられていたように感じました。

ミズヲを演じた成田凌のこれが初舞台とは思えないワイルドな魅力、舌足らずな口調で現実を直視できないのに古代に対しては洞察力を発揮するオズを演じた大鶴佐助、飄々とした味の柄本時生、怪優ぶりを存分に発揮した白石加代子と対等に渡り合った玉置玲央もそれぞれに見事でしたが、「フェイクスピア」に続いて観た前田敦子には貫禄すら感じられました。それだけに【#15 現代】では何か解釈のヒントを提示してほしかったように思う一方、そこでわかりやすい答をあえて用意せず解釈を観る者に委ねるのは和風(特に能楽)のやり方のようにも思えます。そして南果歩さんと片岡亀蔵丈はベテランの味ですが、ピンカートン未亡人の南果歩さんはエキセントリックでゴージャス、そして鐘を船に積み込む際に一瞬凄みを見せて存在感があり、亀蔵丈も軽佻浮薄なカナクギ教授と重厚にしてエキセントリックな狂王を巧みに演じ分けて言うことなし。中村屋の歌舞伎や野田版歌舞伎でも突き抜けた役柄を演じることが多かった亀蔵丈の本領発揮という感じです。

出演者には他に葬式屋仲間の4人がいてそれぞれ熱演でしたが、それよりも6人の黒衣が顔を出したり隠したり、時には話者の方を凝視したりと微妙な立ち位置で芝居に参加しているのが面白いと思いました。もっともこれは、演技の話ではなく演出の話。

その杉原邦生演出は、上記の通りシンプルな舞台装置を用い主に古代王国に和テイストを散りばめながら手際よくストーリーを進めてゆくもの。クライマックス近くでの焦土と化した長崎の描写を、瓦礫などの道具を用いずに薄暗い黄色い光とミズヲの語りの力だけに委ねた決断には勇気がいっただろうと思いますが、成田凌の熱演を引き出して成功していたと感じました。

ともあれ、これまで野田秀樹の戯曲は野田秀樹自身の演出でしか観ることがなかったのですが、戯曲が戯曲として独り立ちし、多くの演出家の手に渡ることを歓迎すると共に、これからもこうした機会を極力見逃さないようにしたいと願っているところです。

配役

ミズヲ 成田凌
ヒメ女 葵わかな
タマキ 前田敦子
ハンニバル / 男 玉置玲央
オズ 大鶴佐助
イマイチ / 古代の未来の参謀 柄本時生
カナクギ教授 / 狂王 片岡亀蔵
ピンカートン未亡人 / 古代の未来の王 南果歩
ヒイバア 白石加代子