櫻井哲夫 Jaco Pastorius Tribute Session

2022/09/21

Jaco Pastoriusの命日(1987/09/21)にちなむこの日、ブルーノート東京(南青山)で櫻井哲夫 Jaco Pastorius Tribute Sessionの2ndショウ。開場19時45分、開演20時30分、終演は21時50分頃。

このシリーズは櫻井哲夫(敬称略・以下同じ)にとっては既に14回目ですが、私にとっては一昨年昨年に続いて3回目のライブ鑑賞となります。

サポートメンバーのうち打楽器の2人はいわば新顔(と言ってもミュージシャンとしてはベテラン)で、残りのメンバーは昨年と同じ顔ぶれです。

ベースはメインのピンクのjazzBassとリザーブのサンバーストのJazzBass(使用する機会なし)で、これまではエフェクターがてんこ盛りのとてもベーシストのものとは思えない足回りだったのが、今回はLINE6のHerixに集約されてすっきりしていました。

キーボードはメインがNord LeadとNord Stageで、右手側のNovationのMIDI鍵盤は左手側で存在感を放つBehringer 2600につながっている模様。ステージ下手にPAブースがあって、セットリストはそこで確認することができました。

定刻の20時半になって拍手と共にメンバーが入場。櫻井哲夫は赤地に青黒のアロハ調のシャツにハットをかぶり、両手にはなぜか黒いアームカバーを装着していました。しばらくチューニング等の間があり、ややあって演奏開始です。曲は以下に掲げる通りですが、過去2回の本公演と重なる曲が多いので、曲ごとのコメントは極力シンプルに付すことにします。

Soul Intro / The Chicken
「The Chicken」の心浮き立つベースリフとサックスによるメインテーマがこのライブのいわばイントロダクションとして演奏され、ソロの受け渡しはなくごく短く終えてドラムがリズムをキープする中、櫻井哲夫がマイクを握って開演挨拶。
Invitation
イントロの怪しげなムードから一転してベースの高速リフがぐいぐいと曲を牽引し、ギター、サックス、ベースによるソロの応酬。そのドライブ感は見事でしたが、この曲を筆頭にこの日の演奏は聴く側にゆとりを与えないほど音量がラウド過ぎ、特にサックスの金属的な音色は耳に痛いほどでした。
(Used to Be a) Cha-Cha
曲名通りのラテンなムード作りにはピアノとパーカッションが貢献。チャチャチャのリズムに乗ってモコモコとした音色で歌っていたベースソロが終わったところからリズムが倍速になって曲調ががらっと変わるのが魔法のよう。
Three Views of a Secret
空間系のエフェクトを利かせたベースとオルガンとのデュオで穏やかに始まり、3拍子のリズムがくっきりすると共にサックスとギターがテーマを歌い上げて、途中でベースのトーンがダークに歪むと共にステージ上が不穏な赤色に染まる。しかしこの緊張は長くは続かず、ベースからサックスへ再びテーマが受け渡されて、リズムはそのままにロックテイストのエモーショナルなギターソロ。最後はしっとりデュオに回帰。
Bass and Percussion Duo
冒頭はトーキングドラムとベースの組み合わせ、続いてベースがハーモニクスで素速いリフを紡ぐところではコンガが合わされ、ややあってベースがカウントを刻んでから息を合わせての「Donna Lee」が楽しい。
Bass Solo
前半は歪み系の音でワイルドにベースに歌わせ、途中から落ち着いた音色に変えてダブルストップを多用したしっとりしたメロディー。後でこの部分は櫻井哲夫のオリジナルだと紹介されていて、これはこれで聞き惚れたのですが、Jacoのようにさまざまなジャンルの曲(Jacoの「Slang」ではJimi HndrixやBuddy Miles、Richard Rodgersなど)の引用で組み立てられても面白かったはず。
Punk Jazz
今回の演奏での白眉に位置付けられる曲。原曲では冒頭の長大な高速ベースソロの後にやってくる緩徐パートをイントロに置き直して、スネア2発から一気に全楽器ユニゾンによる超絶フレーズへ。これは凄い!
その後、テンポダウンしてのメインリフからサックスソロ、ギターソロ(の裏でベースがあれこれ遊んでいた)がいずれも正気を失った前衛的な雰囲気。一方、白玉で入れられるシンセサイザーの音色がいかにもZawinul風。
Kuru
これも難曲。パーカッションのソロで始まり、櫻井哲夫が指でカウントをとって全楽器ユニゾンへなだれ込む。ベースの高速リフの上でギターソロやサックスソロ、エレピソロ、さらにはパーカッションやドラムの見せ所が設けられ、スラップベースソロもあり、その合間にあの強烈な上行フレーズが差し挟まれてめくるめくようなリズムの洪水が続きます。

ここまで畳み掛けるように演奏が続けられて、やっとMCが入り、まずは曲名紹介、ついでメンバー紹介。この中では最高齢(1955年生まれ)の宮崎まさひろがかつて高中正義を支えたドラマーであったこと、パーカッションとドラマーの2人は事前リハーサルが1回しかなかったことが告げられると会場には驚きの混じった歓声が上がり、ここで宮崎まさひろがマイクをとって「なんでこんな大変なのやらされるんだろう」と嘆息。

Teen Town
ウッドベース風の音でリフを何小節か繰り返してからサックスのテーマ、そしてベースとシンセサイザーの例のユニゾンフレーズ。かっちりした原曲とは異なり細かくハネたリズムセクションが作るノリのよいメインリフの部分では、サックスソロの中に「マルサの女」の変奏が入るのはお約束です。
Liberty City
高音部のダブルストップのリフがファンキーで、ビッグバンド調の明るい曲。全体に前に少しクったリズムが明るく、それぞれのソロも遊び心を感じさせるものでした。

本編はここまで。今回もセットリストは前々回や前回と同じくJacoのソロとWeather Reportの楽曲で占められましたが、次回に向けてリクエストが可能なのであれば、たとえばPat Methenyの『Bright Size Life』からの曲なども取り上げてくれるとうれしいのですがどうなんでしょうか。ギタートリオの演奏をこの所帯の大きいバンドスタイルに変換するのは少々大変かもしれませんが(独り言です)。

それはさておき、ステージ上で挨拶をして深くお辞儀をした櫻井哲夫は、アンコールを求める手拍子を聞いて前屈の姿勢のまま左右を見回し、にやりと笑って姿勢を戻しアンコールの準備にかかります。その際に、Jacoが既に没後35年になるため若い世代には通じなくなっていることの例証として、櫻井哲夫が教えているベース科の学生に「Jacoって知ってる?」と聞くと「名前だけは」、「ブルーノートでライブやるけど来る?」には「あ、時間ができたら」と返されたというエピソードが紹介されて、会場には微妙な笑いが広がりました。

Birdland
イントロのピッキングハーモニクスからキメのサックスフレーズ、ARPサウンドを再現したシンセリフ、そしてメインテーマへといつもの展開ですが、リズムの組立ては『8:30』で聴かれるシャッフルではなく『Heavy Weather』の原曲のスクエアな四つ打ちでもなく、速めのスピードでスネアの2拍4拍を強調したロックテイストの情熱的なものでした。

昨年のこのステージではゲストの中村梅雀氏がJacoが使っていたブラックのJazzBassを持ち込んで「Black Market」などを共演したのですが、今日はそうしたケレンを排してひたすら演奏に集中しており、第2曲「Invitation」から第8曲「Kuru」までは曲間のMCなしに次々に曲が演奏されて息を継ぐ間もないほど。その中でも難曲「Punk Jazz」の高速フレーズが全楽器ユニゾンで演奏されたときは、そのあまりのストイックさに思わずのけぞりました。

それでも終わってみれば楽しい1時間半でしたが、しかしこういうのを見せつけられると圧倒されて楽器に触る気が失せてくるので、あまりにハイレベルな演奏を見るのも考えものです(笑)。そういう意味では、このコンサートがJacoの命日に合わせて年1回というのは適正な間隔だと考えられるのかもしれません。

ミュージシャン

櫻井哲夫 bass
本多俊之 saxophone
新澤健一郎 keyboards
井上銘 guitar
宮崎まさひろ drums
岡部洋一 percussion

セットリスト

  1. Soul Intro / The Chicken(『Invitation』)
  2. Invitation(『Invitation』)
  3. (Used to Be a) Cha-Cha(『Jaco Pastorius』)
  4. Three Views of a Secret(『Night Passage』『Word of Mouth』)
  5. Bass and Percussion Duo : Donna Lee
  6. Bass Solo : After the Life Has Gone
  7. Punk Jazz(『Mr. Gone』)
  8. Kuru(『Jaco Pastorius』)
  9. Teen Town(『Heavy Weather』)
  10. Liberty City(『Word of Mouth』『Invitation』)
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  11. Birdland(『Heavy Weather』)
▲Jaco Pastorius『Jaco Pastorius』『Word of Mouth』『Invitation』
▲Weather Report『Heavy Weather』『Mr. Gone』『Night Passage』