塾長の鑑賞記録

塾長の鑑賞記録

私=juqchoの芸術鑑賞の記録集。舞台も絵も和風好き、でもなぜか音楽はプログレ。

痩松 / 楊貴妃

2023/11/22

銕仙会能楽研修所(南青山)で青山能。狂言「痩松」、能「楊貴妃」。いずれも既に複数回観ている演目なので、さらっと記述するにとどめます。

早いもので2023年も残り40日。青山能もこれが今年最後です。

痩松

2020年2013年に見ている狂言で、獲物に恵まれない(これが山賊用語で「痩松」)山賊がやっと通りがかった女を脅してその品々をせしめたものの、品定めをしている間に女に長刀を奪われて逆襲され、奪ったものを取り返されたばかりか自分の脇差や羽織まで差し出す羽目になるという話です。山賊ではあるもののどこか憎めないシテと、一度は怯えて見せながらも意外にしたたかなアドのやり取りは理屈抜きに楽しく、さらにそこから中世の女たちの生命力とこれに辟易とする男たちの姿を想像させてつい笑みがこぼれます。

観終えたところで、そういえばこの曲は「楊貴妃」とどこでつながるのか?と少し考え込んでしまいましたが、おそらく「品を持ち帰る」というところが通じるのでしょう。「痩松」の場合は戦利品、「楊貴妃」の場合は形見の品。

楊貴妃

定家(式子内親王)」「大原御幸(建礼門院)」と並んで三婦人と呼ばれるこの「楊貴妃」は、2016年に関根知孝師のシテ、2009年に柴田稔師のシテで観ています。今回のシテ/楊貴妃は谷本健吾師、ワキ/方士は御厨誠吾師で、小書はなし。先に意匠面の話をまとめてしてしまうと、蓬莱宮の太真殿を表す作リ物の引廻しは明るい緑地に金色の唐花や細かい菱文様などを並べたもの、ワキの出立は紺地に金の花菱が連なる法被と白大口で、胸元に覗く着付のオレンジが華やかな代わりに唐冠などの被り物はなし。シテは瓔珞をいくつも垂らした天冠、若女面(古元休作)、壺折にした唐織の柄は朱色の地の上に金色の松皮菱の連なりとカラフルな鳥・蝶・花を散りばめて、黄色がかって見える大口は薄い金色の流水紋と扇紋に色入りの貝などを散らした美しいものでした。そして手にするのは唐団扇ではなく通常の中啓です。

ストーリーの説明はもはや過去の記事に委ねるとして、一曲のポイントになるのはやはり、比翼連理の言葉を得て現世へ帰ろうとするワキを引き留めてシテが霓裳羽衣の曲を舞う場面だろうと思います。史実としては安史の乱の混迷の中に馬嵬で処刑されたときの楊貴妃の年齢は38歳で、2009年の柴田稔師(今日は後見として観世銕之丞師を補佐)は曲中に引用される『源氏物語』の歌(光源氏が藤壺に送った袖うち振りし心知りきや)が暗示する複雑な人間関係や従容として死に就いた最後から想像される人物像をもとに面をやや年配の増としましたが、谷本健吾師が若女を選んだということはより純粋に玄宗皇帝への思慕と懐旧の情を表現したかったのではないかと推察します。

一度はワキに渡した鳳凰の立て物(釵)を受け取ったシテが、後見の手によってこれを天冠の上に戴き〔イロエ〕を経てひときわ高い調子で〈クリ〉を謡うと、舞台上の景観と音圧の高まった囃子の渦の中心に立つシテの気高い姿から目が離せなくなります。さらに舞台上にゆったりと美しい動線を描きつつ、時に踏まれる足拍子に強弱をつけてのクセ舞を通じて会者定離の理をワキに語ったシテがさらに舞う〔序ノ舞〕の前半は、緩やかな動きの中に扇をさまざまに遣い、揺るぎのない所作と型が織り込まれて流麗かつ堅固と言えるもの。ところが途中で常座から中正面を見やりながら立ち尽くす静止の時間があって、ここから何かがシテの心の中で切り替わったように舞の速度が変わり、ワキに向かって一直線に歩み寄ったかと思うと直前で向きを変えて足拍子を踏むといった場面も出てきました。実際のところ谷本健吾師がこうした表現(の変化)にどのような心情をこめたのかはわからず、またその動きを的確に表現する語彙を持ち合わせない(あるいは「変化」はなかったのかもしれない)のですが、それでも舞の中に楊貴妃の玄宗に対する思慕が激情となって溢れ出てきたように思えて胸が熱くなるのを感じました。

舞い納めたシテから再び釵を与えられたワキが舞台を去り、一ノ松で手を突いてシテに別れを告げた後に橋掛リを下がっていくと、これを見送っていたシテはわずかに後を追うように立ち位置を変えたものの、そこから向きを変え作リ物の中に入って右肩を大きく落としてのシオリ。その姿にどこまでも深い孤独と決して消えることのない悲哀を見せた後、立ち上がって作リ物の前に出たシテはそこに立ち尽くしたまま終曲を迎えました。

青山能恒例の終演後の小講座は、今日は安藤貴康師が講師。解説のポイントを箇条書きにすると次のようでした。

  • 作リ物の屋根の向きが独特。普通は正面席から見て横向きなのだが、この「楊貴妃」(と「和布刈」)は縦。これは建物を魂が通り抜けていく(この世のものではない)からだと野村四郎師から聞いたことがある。また、小書がつくと作リ物が一畳台の上に置かれ、蔓帯を簾のように垂らすこともある。
  • 能「楊貴妃」は長恨歌をもとにしたものだが、この「恨」という字は「懐かしむ」という意味である。そして作者の金春禅竹は観念的な作品が多く、描かれる世界はスパイラルというのが特徴。これが世阿弥だったら弔ってもらって終わりとなるところを、善竹の場合は終わっても何も変わらない(ex. 「芭蕉」「定家」)。
  • この青山能は今年これで終わりになるが、来年もスパイラルで続けていくのでご愛顧をよろしくお願いします。

配役

狂言 痩松 シテ/山賊 高澤祐介
アド/女 前田晃一
楊貴妃 シテ/楊貴妃 谷本健吾
ワキ/方士 御厨誠吾
アイ/蓬莱国ノ者 三宅右矩
杉信太朗
小鼓 大山容子
大鼓 大倉慶乃助
主後見 観世銕之丞
地頭 馬野正基

あらすじ

痩松

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楊貴妃

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