手塚雄二展 雲は龍に従う

2024/03/01

2025年に創建400周年を迎える東叡山寛永寺の根本中堂に奉納される天井絵を中心とし、あわせて日本画家・手塚雄二の画業を振り返る「手塚雄二展 雲は龍に従う」を日本橋三越本店へ見に行ってきました。

手塚雄二の絵と初めて接したのは2002年の「第1回日経日本画大賞展」でのことで、このときの大作《風雷屏風》にノックアウトされた私は、以後2006年「手塚雄二-花月草星展」と2019年「手塚雄二展 光を聴き、風を視る」とに足を運んでいたのですが、今回のこの展覧会はノーチェックであやうく見逃すところだったのをX(Twitter)上でつながっている方から教えられて(感謝)、駆込みで見ることができました。

まず6m×12mという巨大なサイズの天井絵《叡嶽双龍》は本館1階中央ホールに床置きにして展示されており、これを周囲からでも上層階からでも眺めることができるようになっています。文句なしに、これはすごい!

全体の構図は阿吽の龍が絡み合いながら空から降りてきて慈雨をもたらすというもので、龍の姿は明代の古墨を用いて丹念に描かれており、吽形の龍は宝珠を持ち、阿形の龍の手の中心にはラピスラズリによる青い梵字ベイ(寛永寺の本尊・薬師如来の種字)が見えます。この絵は400年前の天井板に直に描かれていますが、ところにより木目の自然な効果も生かしつつ、最初に墨(明代の古墨「程君房」「方千魯」など)で線描し、その上に白土を塗ってさらに墨で描いて彩色する大和絵の技法を用いることで、将来の剥離の下から絵が再び現れる配慮がされています。金箔、金泥、プラチナ泥を使用する一方で銀や胡粉を使用しないのも経年劣化に対する配慮で、銀は変色し、胡粉は黴を生じるおそれがあるから。そうした技法面の予備知識を持たなくても、天井全面に躍動する2体の龍の迫力は凄まじいものがありますが、これが本来の位置に納められて天井から参詣者を見下ろしていたら、見られた方は畏怖の念から思わず首をすくめることになりそうです。

本館7階の催物会場では天井絵の展示に併せて過去の作品と本展のために描かれた新作が展示されていました。写真撮影が許可されていましたが、これも良し悪しでつい写真を撮ることの方に意識がいってしまい、絵との対話が疎かになってしまいそう。それでは本末転倒なので、まずはざっと一通り写真を撮ってから展示の最初に戻って、気に入ったものを拾いながらじっくり見て歩くことにしました。

手塚雄二氏の作品は、かたや非常に繊細・かたや驚くほど大胆と振幅が大きいのですが、どの絵にも共通しているのは精緻な構図と上品な色彩、そして何より精神性の高さです。さらに日本画というジャンルに特有の屏風作品もいくつか展示されていましたが、その中に懐かしい作品を見つけました。

これこそ、私が手塚雄二氏の作品に惹かれるきっかけとなった《風雷屏風》(1999年)です。左奥の鴉天狗風の風神と右手前の仁王像にも似た雷神とが見るものを威圧しますが、それ以上に二神の間に走る稲妻と截金箔で装飾的に表現された風の流れとが画面全体に躍動感をもたらしています。2019年の展示でもこの絵を見ていますが、何度見ても最初に見たときと変わらぬ強い印象を与えてくれます。

一方、こちらは天井絵の小下図です。こうして間近に寄って見ると細部まで確認できて、その緻密さに気付かされます。

さらに軸装された《阿龍》《吽龍》の左右に《月葉》と《春夢》(いずれも2023年)が配置されていました。この《月葉》に描かれた月は満月ですが、展示されていた作品の中では《昇月》(2020年)や《うすくれなゐ》(2021年)に見られる線のように細い月のかそけさにも惹かれました。それにしても、阿龍と吽龍のことを英語で「Alpha Dragon」「Omega Dragon」と言うとは今まで知りませんでした。そうすると金剛力士像はどうなるんだろう?

そしてこの展示の冒頭には《花守》、最後には《麗人》(いずれも2023年)という新作2点が展示全体を挟むかたちで配置され、昨年古希を迎えた手塚雄二氏の画業が回顧の対象ではなくまだまだ現在進行形であることを示していました。

なお、肝心の天井画はこの後1年間各地を巡回し、その後2025年に画龍点晴を行って(いま入っている目は墨を入れた紙を貼ってあるだけ)根本中堂に奉納・設置されるとのこと。晴れて天井に収まったあかつきには、本来あるべき姿に落ち着いた龍たちの姿を拝みに行ってみたいものです。

  • ▲表面:《叡嶽双龍》
  • ▲裏面:上段《叡嶽双龍》 / 中段(左→右)《花守》《麗人》《月葉》