NHK交響楽団〔ストラヴィンスキー / ブリテン / プロコフィエフ〕

2025/04/20

BunkamuraオーチャードホールでNHK交響楽団の第132回オーチャード定期公演、指揮は名誉指揮者のパーヴォ・ヤルヴィ(敬称略・以下同じ)、コンサートマスターは長原幸太。<Dance Dance!>と銘打った4回シリーズの3回目で、ベンジャミン・グローヴナーと松田華音がピアノ演奏で加わります。

開演前には1階から2階へ上がる大階段の踊り場でロビーコンサートが行われ、チェロ六重奏によってポッパー「ハンガリー狂詩曲 作品68」(小林幸太郎編)が演奏されて、チェロの表現力の豊かさにまずうっとり。ついでホール内に入り座席について舞台を見下ろすと、ピアノが指揮台の向こう側に置かれていて、指揮者とピアノ奏者が対面する配置になっていました。

ストラヴィンスキー:バレエ音楽『ぺトルーシカ』(全曲/1947年版)

この日ここへ足を運んだ動機は、大好きなこの曲を聴きたかったからです。特に冒頭の謝肉祭の市場の賑わいを描く弦と木管のさざめきの中から金管が輝かしく立ち上がるコサックダンスや、引き続くさまざまなモチーフの重なり合いは、何度聴いても聞き飽きることがありません。そして自分がこの曲を好きなのは、その随所に引用される各種ロシア民謡(一部シャンソン)の優しくてどこか懐かしい音階に惹かれるからです。

3人の人形が賑やかに踊るうちにカオスになっていく「ロシアの踊り」で前面に出てきたピアノは、続く第2場でも曲進行の主体となってペトルーシカの懊悩を描きますが、ソロのパートで突出するわけでもなければオーケストラと重なるところで埋没するわけでもなく、とてもバランスよく存在感を示している感じ。第3場でムーア人の前へ現れたバレリーナが吹き鳴らすトランペットの速い旋律とヨーゼフ・ランナー「シュタイアー舞曲」から引用されたワルツに聞き惚れ、ペトルーシカの乱入を経て第4場に移ると再び謝肉祭の市場の情景描写ですが、ここに現れる豊穣なモチーフ群のうち、たとえば「子守女の踊り」からは市場に集う人々への作曲家による暖かい眼差しが感じられますし、出だしのリズミカルな低音弦が印象的な「御者の踊り」を聴いているとこちらの心も浮き立つようになります。そんな賑やかな情景の中にクレシェンドして入ってくるトランペットの長さと強さに驚いているとムーア人に追われたペトルーシカが群衆の中に駆け込む様子が描かれ、そして斬られたペトルーシカが倒れるさまを示すのは台の上に落とされたタンバリンのパタンという音。群衆が去り一人残る魔術師の前にペトルーシカの亡霊が姿を現して、謎めいた雰囲気のうちに演奏終了です。

バレエとしての「ペトルーシュカ」はモーリス・ベジャール版では観ているものの、オリジナルのミハイル・フォーキン版では観ていないのですが、あらかじめYouTubeでボリショイ・バレエの映像を観ておいたおかげで音楽の進行と舞台進行とを脳内でシンクロさせ、一つ一つのモチーフや効果音が示す情景を思い描くことができました。しかも、PCの画面でダンサーたちの演技を見るよりもこの演奏会場で聴く方が、オーチャードホールの豊かな残響のために3階席に座る自分がサンクト・ペテルブルグの市場を見下ろしているかのような臨場感を得ることができたのも面白い体験でした。

面白いと言えばさらに、普段自宅で聴き慣れているこの曲とこの日の演奏とでははっきりと楽器のバランスが違った(たとえばチェレステや木管楽器がより明瞭に聞こえた)ことや、松田華音さんの表情と動きに触発されてこれまで気づけていなかったピアノの音が聞こえてきたりといったこともあげられます。おかげで、次に家で音源を聴くときにはスコアを手にして音符を目で追いながら聴いてみたくなりました。


続く2曲は(予習はしたものの)初めて聴く曲だったので、当日配布されたプログラムに記された解説をもとに備忘程度にメモを残しておきます。

ブリテン:ピアノ協奏曲 作品13

この曲はまだ20代前半のベンジャミン・ブリテンが作曲し、自らのピアノ独奏で初演(1938年)した作品で、1945年に第3楽章が「レチタティーヴォとアリア」から「即興曲」に差し替えられています。

第1楽章:トッカータ
冒頭、独奏ピアノが快活な動きの第1主題を提示する。旋律的な第2主題は弦楽器によって滑らかに示される。楽章を通じて独奏ピアノが鮮やかなパッセージを奏でる。
妙なたとえですが一瞬テープを逆回ししたようにふわっと入ってガツンと衝撃を与えるオーケストラを受け止めて力強いピアノの高速パッセージが展開し、やがて鍵盤を駆け上がっていった後にクライマックスに達したオケがいったん沈黙してカデンツァ。動と静の対比が鮮やかですが、静の中にも上行・下行の大きなグリッサンドが多用され、高音域で音が密集するパートもあってむしろ雄弁です。やがて弦が戻ってくると抒情的な旋律がピアノにより奏でられたのち、力を取り戻した管弦と共にこの楽章を力強く締めくくります。この楽章だけですでに、ベンジャミン・グローヴナーの打楽器的なまでのパワーと技巧とにノックアウトされた感じですが、当然これだけではすみませんでした。
第2楽章:ワルツ
冒頭、ヴィオラの独奏によって歌謡的な主要主題が示される。中間部は独奏ピアノの8分音符による速い動き。主部が再現されるところでは主要主題が賑やかに戻ってくる。
しっとりと美しいヴィオラの独奏に木管が絡みつき、続いて主題をなぞったピアノが、中間部では雰囲気を変えて一気に音符を詰め込んできます。曲が落ち着きを取り戻した後にはピアノとタンバリンの二重奏も聞かれるなど、楽章を通してタンバリンが活躍するのが特徴的です。
第3楽章:即興曲
主題と7つの変奏からなる。まず、独奏ピアノが静かに主題を提示する。第4変奏はヴァイオリンのトレモロによる繊細な音楽。第6変奏ではトロンボーンなど金管楽器が吹奏。途切れることなく第4楽章に続く。
最初に主題を提示したピアノがその後に自ら、強弱さまざまな契機を与えつつオーケストラから多彩な響きを引き出していくよう。サスペンスフルな雰囲気が漂いますが、これはもともとブリテンがラジオドラマ「アーサー王」のために書いた旋律が持ち込まれているそうです。
第4楽章:行進曲
短い序奏のあと、独奏ピアノが複付点のリズムが特徴的な第1主題を示す。その後、木管楽器による陽気な主題、トランペットによるファンファーレのような動機、ヴィオラが示す穏やかな主題などが現れる。
「行進曲」と言っても曲調は(作曲された時代を反映して)どこか不穏で、演奏者であるグローヴナーはやや仰々しい主題と冷笑的なユーモアには、ショスタコーヴィチ的な何かがありますと述べています。特にピアノの強靭なカデンツァを背後で支える大太鼓とシンバル(単独の打楽器奏者による演奏)のリズムには軍靴の響きが聞き取れますが、トランペットのファンファーレから曲調が幾分変わり、そのままフォルテシモでの大団円へとなだれ込みました。

プロコフィエフ:交響組曲「3つのオレンジへの恋」 作品33bis

「3つのオレンジへの恋」は、プロコフィエフがロシア革命を逃れて一時的にアメリカに滞在していた時期に書かれたオペラ(1921年初演)。その後6曲からなる管弦楽組曲に仕立てたのが、この日演奏された交響組曲です。オペラの元になった物語は18世紀イタリアの劇作家カルロ・ゴッツイが書いたおとぎ話で、プログラムにはその超簡素化したあらすじが掲載されていました。

どんな余興にも笑うことのなかった憂鬱症の王子が、魔女がひっくり返ったのを見て、笑ってしまう。怒った魔女は、王子に「3つのオレンジに恋をする」呪いをかける。結局、王子は3つめのオレンジから現れた姫とめでたく結ばれることになる。

Wikipediaで「3つのオレンジへの恋」を調べると原書のストーリーが載っており、上記の簡素版あらすじの結局のところに波乱万丈があることがわかるのですが、それを知らなくても演奏を聴いて楽しむことは十分に可能でした。

この組曲に含まれる6曲の構成は、次のとおりです。

  1. 「おどけもの」:プロローグ。
  2. 「地獄の場面」:第1幕第2場から。魔術師と魔女がカルタ遊びをする。
  3. 「行進曲」:第2幕第1場から。
  4. 「スケルツォ」:第3幕第1場および第2場から。魔術師からクレオンタ城の3つのオレンジのことを聞いた王子と宮廷道化師はクレオンタ城の台所に忍び込む。
  5. 「王子と王女」:第3幕第3場から。王子は王女を救い、王女は王子への愛を歌う。
  6. 「逃亡」:第4幕第2場から。悪者たちがたくらみに失敗し、逃げていく。

オペラでは全4幕で約2時間かかるところを約16分に凝縮しているため、とてもスピーディーに、しかもおとぎ話らしくゴージャス(とは言ってももちろん第2曲は不気味、第5曲はしっとり)な曲調の演奏が連ねられている上に、前2曲と比べてはっきりと音量がアップしていて理屈抜きの楽しさを味わうことができました。

久しぶりのクラシック(N響は2021年以来)でしたが、やはりここにはクラシックならではの濃密な音楽の喜びがあって、幸福な時を過ごすことができた2時間でした。今後はアンテナをこちらの方面にも伸ばして鑑賞の機会を逃さないようにしようと思いますが、それと共にバレエ「ペトルーシュカ」の上演があればぜひ観に行きたいものです。残念ながら今のところ予定されている公演はなさそうですが、気長にチャンスを待つつもりです。

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