引括 / 弱法師

Imp. 955

2026/04/17

国立能楽堂(千駄ヶ谷)の国立能楽堂ショーケースとして、狂言「引括」と能「弱法師」。

今月は「特集 下村観山と能」と題して下村観山が描いた絵にまつわる曲が取り上げられており、絵画《熊野観花》からその元になった能「熊野」、《山寺の花》から「鞍馬天狗」、《菊慈童》から「枕慈童」、《松風》から「松風」といった具合ですが、この特集の中心となるのが東京国立近代美術館で開催されている「下村観山展」でもキービジュアルを担った《弱法師》からの「弱法師」です。

▲下村観山《弱法師》(1915年 / 重文)

なお、この日買い求めたプログラムの中に東京国立近代美術館主任研究員の中村麗子氏の寄稿「下村観山と能」があり、そこで同氏は絵画《弱法師》や同じ主題を有する作品群に関して次のように述べていました。

屏風《弱法師》(重要文化財)を描いた大正4年(1915)の春、観山は母を亡くしていることから、想像をたくましくすれば、観山は亡くなった母への祈りとしてこの屏風を描いたと見なすことができる。(中略)能「弱法師」は、人生の節目に登場する、観山にとって非常に思い入れのある曲なのである。

引括

この狂言は初めて観ましたが、たいへんわかりやすい小品でした。

五、六年連れ添ったわわしい妻に愛想を尽かし離別を目論む夫(三宅近成師)は、日頃の苦労を労うテイで妻(三宅右矩師)に里帰りを勧めるのですが、妻の方はきっぱりした口調の中に健気さを滲ませ「うちのことに骨を折るは女の役」などと言って応じません。しかし、里帰りの期間を巡って「一日や二日」→「十日二十日」→「三年五年ないし十年なりとも」と夫のオファーがエスカレートするに及んで妻の方も夫の真意に気づき、「えーい、腹立ちや!」と足を踏み鳴らすと、男らしく暇を寄越せ(離縁すると言え)と迫ります。その剣幕に気圧されつつも内心ほくそ笑んだ夫は、お前がそう言うなら是非に及ばぬとあくまで離縁が自分の意思ではないというスタンス。暇の印が欲しいと妻が言うと夫は何なりと持っていけと余裕の表情ですが、ここで妻は後見から大ぶりの袋を受け取り、欲しいものはこの中に入れていくと宣言します。大ぶりとはいってもおよそ素袍の袖ほどの大きさしかないその袋を見た夫は、どれほどの物が入るのかと高笑い。ところが「わらわが欲しいものはそれじゃ」と謎をかけるような妻の口調に夫が不思議がって見回す隙をついて、妻は後ろから夫の頭に袋をかぶせます。最後は「憎いやつの」「許してくれい」の応酬の内に妻が夫を引きずって橋掛リを下がりました。

夫がシテで妻はアドという位置付けですが、一枚上手の妻の方に喝采を送りたくなる楽しい狂言で、三宅右矩師のあえて女声を作らないわわしい女ぶりがことに見事でした。そう言えば、離縁されようとする妻が夫に「暇の印」をくれという話は「箕被」にも出てきますが、あちらはハッピーエンドなのに対し、こちらは夫の行く末がいささか心配になってきます。そして話の流れからすれば、夫が引っ括られていった先は妻の里ということになりますが、この「実家に連れて帰る」という結末が続く「弱法師」につながりそうです。

弱法師

観世十郎元雅作の劇的な能。2023年に金春流・中村昌弘師のシテで観ていますが、観世流では初めてです。

八反田智子師のしみじみとした名ノリ笛に導かれて素袍上下出立で登場したワキ/高安通俊は福王流の江崎欽次朗師で、最初の名ノリから独特の節回しによる謡がムードを作ります。そしてワキの命を受けてこの日が施行の満願であることを触れたアイ/従者(高澤祐介師)がそのまま切戸口から退出すると、そこから先はワキとシテの二人だけによる濃密な舞台が展開することになります。

一声の囃子が奏されるうちに上がった幕の内から舞台を見つめるシテ/俊徳丸は岡庭祥大師。おもむろに橋掛リへ現れたその姿は黒頭に弱法師面、緑がかった茶系の水衣を着用し、杖を胸の前に構えています。ところでプログラムの解説(田﨑未知氏)によれば、弱法師面には次の二つの型があるということです。

一つ目は、女面に似た美しい相貌です。伏せたまぶたに影をたたえ、わずかに開いた口は口角を下げ、静かな諦観と純粋無垢な雰囲気を表します。二つ目は、眉間のしわが深く八の字に刻まれ、悲哀や苦悩など複雑な感情が表れています。演者がどちらの相貌の面を選ぶかによって、弱法師の人物像や作品全体の解釈も変わってきます。

この日のシテがどちらの面をかけていたか、遠目には判然としませんでしたが、眉根を寄せ目を伏せた表情には哀感が漂うものの、額に皺がなくつるりと美しいその面立ちは前者であったように思われました。

とまれ、三ノ松に立つシテが謡う一セイは出で入りの、月を見ざれば明け暮れの、夜の境を、えぞ知らぬ、難波の海の底ひなく、深き思ひを、人や知る。この言葉の通り、深い海の底から響いてくるような謡をしみじみと聞かせたシテは、続くサシの中で憂き年月の流れてはでは高く揺れる謡を聞かせてこちらは胸を突かれる思いがしましたが、この後にもたびたび聞かれる、咽ぶが如くかすかに裏返る謡は岡庭師の個性であったかもしれません。やがて舞台に向かって歩みを進めたシテは、シテ柱に差し掛かったところで杖をその足元に当て、そこが天王寺の石の鳥居であることを確かめますが、このことによってシテの杖は身体を支えるものではなく失われた視覚の代わりであることが明示され、後の場面に対する重要な伏線になってきます。

シテの姿を認めたワキが声を掛けたところから二人の掛合いの謡が続き、シテは左袖を右手で持ってワキからの施行を受けますが、この間にも梅の花、難波の海などが謡い込まれて春ののどかな情景が目に見えるよう。そしてシテが中央に着座したところからクリ・サシ・クセと謡われるのは天王寺建立の縁起です。重厚にして規矩正しいクセの地謡を着座のままじっと聴いていたシテが、上ゲ端の後に難波の浦の情景を一転して情緒豊かに謡う地謡を背にして立ち、杖で舟人の型を見せてから角に向いて鐘の音に聞き入る風情となり、やがて常座に移動して後ろ向きに立ったとき、ワキはシテが探していた我が子であることに気づきました。このときのワキの独白は、それまでとは異なる自然な語り口調となっており、舞台上の空気を変える役目を果たしています。

しかし名乗りは夜まで待つことにしたワキは、シテに向かってやあいかに日想観を拝み候へ。げにげにと応じたシテは揚げ幕の方向(西)に向かって南無阿弥陀仏と祈ると、ワキとの再びの掛合いのうちにかつて目が見えていた頃に見馴れた難波江の様子を思い出して高揚し始め、とりわけ高い音程で声を震わせ足拍子を踏んでみせました。冒頭に掲げた下村観山の《弱法師》はこの入り日に向かって祈る場面を描いたものであり、大きな梅の木の足元にある笠卒塔婆は西方浄土のメタファーです。

続くイロエは舞台を巡らず、ゆったりした囃子に乗って常座と角との間を往復したシテがじっくりとしたワカから地謡との掛合いで謡い舞う中に揚幕の方向へ扇をかざして入り日を望むと、淡路絵島、須磨明石、紀の海までも見え満目青山は、心にありと本曲中で最も重要な詞が地謡により力強く謡われました。おう、見るぞとよ見るぞとよと絞り出すようなシテの感激の声に続き、西以外の三方を向いて南に住吉の松、東に新緑の草香山、北には長柄の橋と名所数えのごとくに謡い舞われましたが、すでに地謡前から異変を生じた様子で数歩下がったシテは、それでも杖をつきながら目付柱を目指したものの、人に突き当たった様子で中央に下がって杖を落とします。あわてて安座したシテは両手で床の上を必死にまさぐりましたが、視覚の代わりとなっていた杖を取り落としたことで、その脳裏からはそれまで見えていた難波の情景が消え、シテは一瞬のうちに闇に閉ざされてしまったはずです。

それでも、かろうじて杖を見つけたシテは立って右回りに大小前に移ると、恥ずかしさのあまり身を隠すように両袖を前に合わせて足拍子、そしてもう決して舞い狂うまいと沈み込みました。シテが厳しい現実に打ちひしがれ心を閉ざすこの場面は、弱法師面の表情がことに生きた瞬間だったかもしれません。また本曲のクライマックスであるこの段では、名所の数々を数えるところまではゆったりとしていた地謡と囃子が、異変が生じて舞台上が大きく動きだすと緩急をきかせ、シテもまた流れるような型の連続を見せて、舞台上が一体となったこの急展開に息を飲みました。

ここに至ってシテの名前を確かめたワキは自らも名乗り、うろたえたシテが右袖で面を隠し背を向けると背後から駆け寄ってその左手を取り引き止めます。最後は鐘の音に耳を傾けたワキが夜の明けぬうちにと我が子を送り出し、シテの姿が橋掛リ上にあるうちに常座で高々とユウケンをして留拍子を踏みました。

初めてこの曲を観たときは、讒言によって追い出され目が見えなくなった俊徳丸の境遇の不条理が理解できず、たとえ高安の里に帰れたところで視界を失ったままの俊徳丸の不幸が解消されるわけでもないことに割り切れない思いを持ったものですが、今にして思えばこれは浅い見方でした。もともとの俊徳丸伝説では四天王寺の観音菩薩の功徳によって病が癒え、長者の娘と結婚してハッピーエンドになるわけですが、作者の元雅はあえて俊徳丸の心眼に映る美しい情景を錯覚に過ぎないと切り捨てたのですから、観る者もまたその悲劇性を受け入れた上で元雅の作意を考えなければならなかったわけです。

そういう意味では、今回は舞台上に切り取られたおよそ半日のドラマに集中して何ものかを汲み取ろうという態度でシテとワキとが織りなす心理描写に向き合うと共に、これを支えたワキや地謡・囃子方の一体感を堪能することができました。とは言うものの、「国立能楽堂ショーケース」は初心者の方にも親しみやすい作品を上演する公演だということになっていますが、「弱法師」は決して解釈しやすい作品ではないぞ、というのが二度目の鑑賞を終えての率直な感想です。

なお、古くは俊徳丸の妻や天王寺の僧侶たちが登場して彼岸の中日の賑やかさを強調する演出がなされていたそうですし、現在でもシテに対する施行にアイが加わる演出がなされることもあるようですが、この日の演出では一曲の早い段階から舞台に立つのはシテとワキの二人だけ。見所の照明も手元の謡本を読めるかどうかのぎりぎりまで落とされて、能楽堂の中に凝縮した空気感が作り出されていました。

配役

狂言和泉流 引括 シテ/夫 三宅近成
アド/妻 三宅右矩
観世流 弱法師 シテ/俊徳丸 岡庭祥大
ワキ/高安通俊 江崎欽次朗
アイ/従者 高澤祐介
八反田智子
小鼓 大山容子
大鼓 亀井洋佑
主後見 山階彌右衛門
地頭 武田尚浩

あらすじ

引括

日ごろから妻の態度や振舞いを疎ましく感じていた夫は、暫らくの間里帰りをしてはと妻に提案する。しかし夫の本心を察した妻は、暇の印となる物を夫に求める。そこで夫は布袋を渡し、この中に好きな物を入れて持って行けと応じると、妻は夫の頭に袋をかぶせて引っ括り、これが欲しいと引いて行く。

弱法師

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