ラヴェル 最期の日々

Imp. 962 - 〔音楽監督ほか〕加藤昌則〔作・演出〕岩崎正裕

2026/06/27

新国立劇場(初台)で「ラヴェル 最期の日々」。音楽監督・作編曲・ピアノは加藤昌則(敬称略・以下同じ)、演出・脚本は岩崎正裕。フライヤーに掲載されたあらましは、次の通りです。

誰もが一度は聴いたことのある「ボレロ」を作曲したモーリス・ラヴェル。62歳で亡くなった彼の作品はそれほど多くはないが、耳にする機会は数えきれない。

音楽のことを全く知らない友人のジャック・ド・ゾゲブはラヴェルを毎日訪ねてくる。ラヴェルにとってジャックは気楽に音楽の話ができる相手だった。

ラヴェルの波乱に満ちた生涯を彼自身の音楽にのせて、ジャックとの会話の中で回想していく。

本作は2024年に初演され評判をとった舞台作品で、主としてジャック役をつとめる語り手、進行に応じてマイムやダンスを見せるダンサー、そしてラヴェルの作品を演奏するピアノ・ヴァイオリン・チェロ・バンドネオンの4人の演奏者からなる合計6人が舞台上に立ち、第1幕40分、第2幕50分の二幕構成で音楽家ラヴェルの生涯を再現するものです。

モーリス・ラヴェル(1875-1937)の作品はもちろん私も好きで、過去にもアリス=紗良・オットパスカル・ロジェなどの演奏を聴きに行っており、自宅でも折に触れてBGMのように流しているのですが、最も数多く接してきたのはモーリス・ベジャールによって振り付けられたバレエ作品としての「ボレロ」かもしれません。また、作品と共にラヴェルの生涯についても本作を知る前からWikipediaで解説を見ており、彼が意外に寡作であったこと、晩年に記憶障害や失語症に悩まされたことなどを予備知識として持っていました。この晩年の障害にまつわる話としては、「亡き王女のためのパヴァーヌ」の演奏を聴いたラヴェルが「美しい曲だね。これは誰の曲だい?」と尋ねた話や、友人に向かって「私の頭の中にはたくさんの音楽が豊かに流れている。それをもっとみんなに聴かせたいのに、もう一文字も曲が書けなくなってしまった」と泣いたという話がとりわけ印象的です。そしてこれらの逸話は、本作の中でも大事なモチーフとして登場することになります。

折しもこの日は台風7号と8号が相次いで関東地方に接近する日に当たり、無事に開演できるのだろうか?と心配したのですが、本作が上演される16時から18時までの時間帯は二つの台風の狭間であった上に、いずれも南寄りにそれてくれたおかげで風雨ともさしたることはなく、予定通りの上演を迎えることができました。

初台の新国立劇場に足を運ぶのは実に19年ぶり。ちなみにその19年前に観たのはファルフ・ルジマトフのバレエでしたが、なんと彼はその後もずっと現役を続けており、ついに今月「JAPAN FINAL」と題して引退公演を行ったそうです。いや、お疲れさまでした。それはさておき、エントランスにはモーツァルトやワーグナーなどのオペラの登場人物を衣装に重点を置いて展示する『ゆらぎ ―柳桜の景―』展が開催されており、来場者の目を引いていました。

そして扇形の客席配置を持つ中ホールに入ると、舞台上には背景に7本の鏡の柱が立ち、その手前には白黒の市松模様の床の上に上手から下手に向かって主にラヴェル役のダンサーが身を沈める深い椅子、チェロとヴァイオリンの席、ピアノ、バンドネオンの席があって、これらを両端に立つ古風なフロアライトと舞台前端からの照明とがひっそりと照らしていました。

舞台はどこか郷愁をそそるバンドネオン(北村聡)の持続音から始まり、ついでピアノ(加藤昌則)がラヴェルの初期の作品である「亡き王女のためのパヴァーヌ」(1899年)を奏でる中、語り手(西尾友樹[1])がラヴェル(小㞍健太[2])への呼び掛けを始めますが、このとき上手の椅子に腰掛けているラヴェルは夢遊病者のように生気を失った顔をしており、語りとその表情によってこの冒頭の場面はラヴェルの晩年から始まっていることを示しています。史実においてラヴェルの終のすみか(1921-1937年)はパリ郊外のモンフォール=ラモーリー、そしてそこでの隣人がジャック・ド・ゾゲブです。楽曲は編曲が施されており、楽器たちの間で旋律が受け渡されたり重なり合ったり。

ラヴェルが舞台を去ると、曲は最初期の作品「古風なメヌエット」(1895年)に変わり、ついで繊細な「水の戯れ」(1901年)が短く演奏される中でローマ賞事件についての言及がなされます。そして組曲「マ・メール・ロワ」(1908-1910年)が演奏されるときには、ピアニストが作曲家・演奏家として脂の乗り切っていた頃のラヴェルに成り代わり、語り手の問い掛けに頷いたり曲数を指で示すなどの仕草を見せました。ここでは語り手が「マ・メール・ロワ」にこめられた音楽的な仕掛けを丹念に拾い上げながら感嘆してみせることで、音楽史上のラヴェルの位置付けや彼の完璧主義の説明と共に、一曲ごとの楽曲解説(たとえば「美女と野獣の対話」において野獣のまがまがしい不協和音と美女の美しい旋律が重なり合ってダンスを踊るシーン)にもなっていました。

次にバンドネオンによる「ラ・マルセイエーズ」 の演奏と共に紹介されたのは、第一次世界大戦の勃発と共に自らパイロットに志願した愛国者ラヴェルのエピソード。ここでは語り手は軍帽をかぶった徴兵官になり、ラヴェルの貧相な体格を揶揄して輸送任務を命じます。そこから少し時を遡って、バレエ・リュスの「ダフニスとクロエ」(1909-12年)の初演時の混沌が紹介される中、光の通路を踏んで舞台に現れたダンサーは、初演時にダフニスを踊ったヴァーツラフ・ニジンスキーとなって情熱的な演奏に同期したダイナミックな跳躍と回転を見せ、喝采を浴びました。

バンドネオンが弾く「亡き王女のためのパヴァーヌ」を間奏としてストーリーは第一次世界大戦後のアメリカ演奏旅行(1928年)へと飛び、再びラヴェルとなったダンサーは旅行鞄を手にしオレンジのジャケットを着用して新大陸に渡ります。照明の効果が背景に星条旗を映し出し、膨大な量の衣類、ネクタイ、靴、それに煙草を持参したエピソードがラヴェルからジャックへの手紙として紹介される際のBGMは「ラ・ヴァルス」(1919-20年)でした。シカゴで持参した靴が見当たらないために演奏を遅らせて探し回ったエピソード[3]の中で、ラヴェルは舞台を降りて客席の一人の女性を靴の回収に尽力してくれたご婦人に見立ててうやうやしく挨拶。さらにアメリカの食が口に合わないとこぼす場面では、この作品では珍しく小道具として酒瓶や食器を載せたワゴンが舞台上に持ち込まれるなど演出面の工夫が見られ、その上で例の「あなたはすでに一流のガーシュウィンなのだから、二流のラヴェルになる必要などない」という逸話も紹介されました。

第1幕の最後に演奏されたのはピアノのリズムとチェロ(清水詩織)の旋律が高揚をもたらす「ボレロ」(1928年)でしたが、そこに重なる物語はパリでの交通事故(1932年)。語り手は帽子をかぶってタクシーの運転手になり、ダンサーは暗い舞台上を真横から照らす不穏な照明の中で陰影の強い姿になって舞台上をゆっくり移動します。そして曲は完結することなく、唐突な大音量の不協和音によって車の衝突が示され、舞台上は暗転します。

20分間の休憩をはさんで、まず語り手やダンサーを伴わずに始まった第2幕はヴァイオリン(橘和美優)の独奏から始まる難曲「ツィガーヌ」(1924年)。ピアノの伴奏も含め、この日の上演の中では音楽的な面での白眉となる演奏でした。

大きな拍手がおさまったところでピアノが穏やかに「ピアノ協奏曲ト長調」(1931年)の第2楽章を弾き始め、語り手の語りによって交通事故による重傷から立ち直れないラヴェルの様子が描写されると共に、ラヴェルの生い立ちと第一次世界大戦後の母マリーの死が紹介されました。史実においては、ラヴェルが創作意欲を喪失した大きな原因はこの愛する母の死であり、またラヴェルの記憶障害や失語症はアメリカ演奏旅行の前からとされているのですが、本作ではストーリーを簡明なものにするためか、創作の停滞も障害も交通事故に由来するという整理がなされているようです。そして心の深みに沈み込むラヴェルを自分が支え続けると語り手が語り掛ける中、さざ波のように上下行するピアノと美しいチェロの旋律を聴きながら二人は互いに肩に手をかけ抱擁しました[4]

続いて「ヴァイオリン・ソナタ ト長調」(1927年)。ここで描かれるのは、頭の中の音楽を取り出せずにいるラヴェル、転地先療養先の海で泳ぎ方を忘れて波間に漂うラヴェル、サインすることもできなくなったラヴェル、自作の曲の作曲者名を問うラヴェル。生身のダンサーの代わりにオレンジ色のジャケットをかぶせたスタンドを舞台に立てて、子音を欠落させて声を絞り出すラヴェルの様子を一人二役で再現する語り手の話し方は衝撃的です。そして話題がラヴェルが見ていたく心を動かされたという映画「透明人間」〔Wikipedia〕に移ると、ピアノの下から這い出てきたダンサーの姿は黒づくめの服にサングラス、そして包帯と白い手袋で肌の露出をなくした透明人間の姿。映画の中の透明人間は悲劇的な最期を迎えますが、ジャズの要素を取り入れた第2楽章の摩訶不思議な曲調に導かれるように、舞台上の透明人間もひきつるような動きを示しながら身にまとったものを失っていき、まるで溶けていくような姿がラヴェルの意識レベルの低下を示すようで、そのダンスは第1幕での輝かしいニジンスキーとは異質のものでした。

変拍子のようにも聴こえる拍子と哀感に満ちたメロディーをもって印象的に始まる「ピアノ三重奏曲」(1914年)は、ラヴェルのルーツの一つであるバスク地方の色彩を持つ曲。語り手がラヴェルとの交友の記録を書き溜めてきたノートも最後のページとなります。散歩に出た二人の近くを通り過ぎる郵便配達夫が口ずさむメロディとして短く「ボレロ」の旋律が聞こえ、カフェで演奏されている「亡き王女のためのパヴァーヌ」を聴いて立ち止まる(しかし自分の曲だとは気づいていない)様子が舞台上の演奏者たちをカフェの楽師に見立ててラヴェルが嬉しそうに見回す様子で示されました。

ラヴェルが舞台を去り、語り手がラヴェルの脳外科手術から昏睡に至る顛末を語るところで演奏されたのは「亡き王女のためのパヴァーヌ」の変奏から(たぶん)「夜のガスパール」(1908年)のうち「絞首台」で、続くリズミカルな曲は曲目リスト通りなら「鏡」(1904-05年)から「道化師の朝の歌」ですが、ドビュッシーの「とだえたセレナーデ」のようにも聴こえてしまいました。さらに「ソナチネ」(1903-05年)「優雅で感傷的なワルツ」(1911年)とメドレーが続いているはずですが、このあたりは編曲が施されていることもあって明確には認識できていません。ともあれ、ラヴェル(の魂)は舞台から降りて客席内の通路を浮遊するように歩き、やがて舞台を振り返って自分の作品を指揮するかのごとき仕草を見せてから舞台上にゆっくりと戻ると、ワルツのリズムはシームレスに「ボレロ」に移行します。コートを脱ぎ、燃え上がる赤い光の中でラヴェルはダンスとマイムの中間のような踊りを踊り続けましたが、その光はやがて唐突に寒色に変わり音楽も沈静化して、ラヴェルは呆然とした様子で上手の椅子に深々と沈み込みました。

時の経過を暗示する杖をつき赤い花束を抱えて現れた語り手がピアニストと目を見交わすと、ピアノの蓋が閉じられその上に花束が置かれることでピアノはラヴェルの墓に変わり、静かに演奏される「亡き王女のためのパヴァーヌ」が葬送曲の役目を果たします。「君は眠りについても、君の音楽は永遠に眠らない」と語りかけた語り手が椅子の中のラヴェルを揺り起こす場面は、語り手としての役目を終えたジャックがラヴェルのもとへ旅立ったと解してもよさそう。最後にラヴェルと語り手が二人で同じ方向を見つめる中、終曲と共に舞台は暗転していきました。

丹念に編曲され演奏される一つ一つの楽曲に芝居とダンスを組み合わせてつづれ織りのようにラヴェルの生涯を綴っていく、心にしみ通る舞台。スタイリッシュな舞台装置と上品で効果的な照明も観客の感情移入を助け、終演後の余韻の深さがよいものを観たという気持ちにさせてくれました。演奏会ではないので、ラヴェルの楽曲をじっくり聴きたいと思って劇場に足を運んだ人がいたならとまどったかもしれませんが、多彩な演奏と語りを通じてラヴェルの魅力と創作の秘密に触れることもできる作品になっている上に、上述の通り「ツィガーヌ」という本腰を入れての聴きどころを設けてある点も巧みな構成です。

ただし、PAを通した語り手の声はいささか強すぎるように感じました。劇場のサイズ(1階席で800席程度)や楽器の音量とのバランスからすれば致し方ないことかもしれませんが、興行面からの必然性を度外視して欲を言うなら、よりこじんまりとした劇場を用いて語り手にも肉声で物語を紡いでほしかったと思います[5]。あるいは、より枯れた味わいの語り口を持つ話者が舞台に立ったなら、違った印象を受けたかもしれません。これは西尾友樹の語りの良し悪しを言っているのではなく、語り手が変わったなら本作の味わいがどのように変化するかを観てみたいという高望みですが、つまりは再々演の機会への期待の裏返しでもあります。

なお、本作を観る前に予習としてラヴェルの楽曲群をまとめて聴き直したのですが、やはりラヴェルはいい。本作の中では「亡き王女のためのパヴァーヌ」と「ボレロ」が主要モティーフとしてたびたび演奏されましたが、この日リストアップされた楽曲の中では「ピアノ三重奏曲」の冒頭の旋律の美しさにとりわけ惹き込まれました。このところクラシック系の演奏会情報は追いかけていなかったのですが、復習の意味もこめて、しばらくはこちらの方向へアンテナの向きを変えてみようかと思います。

出演

ダンス 小㞍健太
俳優・語り 西尾友樹
ピアノ 加藤昌則
ヴァイオリン 橘和美優
チェロ 清水詩織
バンドネオン 北村聡

演奏曲目

  1. 亡き王女のためのパヴァーヌ
  2. 古風なメヌエット
  3. 水の戯れ
  4. マ・メール・ロワ
    1. 眠れる森の美女のパヴァーヌ
    2. 親指小僧
    3. パゴダの女王レドロネット
    4. 美女と野獣の対話
    5. 妖精の園
  5. ダフニスとクロエ
  6. ラ・ヴァルス
  7. ボレロ
  8. ツィガーヌ
  9. ピアノ協奏曲ト長調より 第2楽章
  10. ヴァイオリン・ソナタ ト長調より 第1楽章・第2楽章
  11. ピアノ三重奏曲
  12. 夜のガスパール
  13. 『鏡』より 第4曲「道化師の朝の歌」
  14. ソナチネ
  15. 優雅で感傷的なワルツ

脚注

  1. ^3カ月前に観た「コーカサスの白墨の輪」で反乱者カズベクを演じていた。
  2. ^その横顔がフライヤーに見られるラヴェルに似ている(ただしラヴェルのように小柄ではない)ことにも要注目。
  3. ^一見ただの微笑ましいエピソードだが、ラヴェルの「粧い」に対するこだわりを示すこの逸話は、彼の個性の重要な部分を示していたのかもしれない。
  4. ^生涯妻帯しなかったラヴェルには、真相は不明ながら同性愛説がついて回っていた模様。舞台上の二人の抱擁は、このことを下敷きにしたものだったのだろうか。
  5. ^初演時の舞台は、席数が600強の東京文化会館小ホール。