田村 / 三本柱 / 土蜘
Imp. 961 中村昌弘の会
2026/06/21
国立能楽堂(千駄ヶ谷)で「金春流能楽師 中村昌弘の会」の第十回。これまでに私が拝見したのは第二回の「船弁慶」、第四回の「二人静」、第五回の「角田川」、第六回の「鞍馬天狗」、第七回の「海人」、第八回の「唐船」、第九回の「野宮」、そして今回が八度目です。さらに今回はなんと!中村師が一度に「田村」と「土蜘」を舞うという驚きの番組になっています。どちらも体力を要する曲ではないかと思いますが、なんとも意欲的です。
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フライヤーの絵はいつものとおり三村晴子先生が描いたイラストで、ロビーには過去九回のポスターと今回(第十回)の原画が掲示されていました。
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上述のとおり今回は「田村」と「土蜘」の二番が舞われるのでそれぞれに絵が描かれており、表面=土蜘サイドはおどろおどろしい土蜘蛛の姿がわかりやすいデザインですが、裏面=田村サイドは音羽の滝を桜と共に描き、清水寺らしからぬ静謐さの中に長柄の箒を手にした乙女を配してなんとも言えない風情があります。その乙女の目の前に舞い飛ぶ蝶は「土蜘」とのつながりを暗示するものでしょうか。とにかくこの絵は実にいいなあ……といたく感激したことをその場におられた三村先生にお伝えしたところ、これまたいたく喜んでいただきました。
なお、私は参加できなかった事前講座にも参加していた旧友マルヨ女史が教えてくれたところによれば、これらの絵は岩絵具で描かれており、蜘蛛の巣は盛り上げて立体感を強調してあるのだそう。これらのくっきりした色彩が岩絵具によるものとはびっくりです。
開演に先立って、いつものごとく金子直樹先生の解説あり。おおむね「田村」(特に《白式》について)と「土蜘」のあらましの説明でしたが、この解説を通じて、まつろわぬ者を征討する者を主人公とする「田村」と征討されるまつろわぬ者を描く「土蜘」という二曲の関連性にも気付かされました。
田村
「田村」はこれまで観世流(2013年)と喜多流(今年1月)で観ており、特に後者は特殊演出である「白田村」でした。この日演じられる「田村白式」も大筋において「白田村」に通じるものと思いますので、舞台進行をこまごまと追うことはせず、印象的だった点を箇条書きにしてみます。
- まず次第の囃子が奏されてワキ/僧(舘田善博師)とワキツレ二人の登場。舘田善博師の声はいつもと同じく、まろやかでよく通る美声です。
- 一声の囃子に導かれて登場した前シテは黒頭に喝食面、白地に菱文様の摺箔、腰巻にした縫箔も落ち着いた色合いの花鳥文様で白の基調を生かした裳着胴の姿で、右手には萩箒、胸元に中啓という出立です。喜多流「白田村」では前シテをあえて白くしていなかったので、この前シテの出立は印象的でした。
- 逆に一セイの後のサシ(満開の桜の描写)を省略するところは「白田村」と同じでしたが、あらかじめ上掲の絵によって花の清水寺のイメージが刷り込まれているのでノー・プロブレム。
- ワキの求めに応じて清水寺の来歴を語る〈語リ〉は前場の聞かせどころで、見所は中村師の重厚な語りに聞き入りました。そして〈語リ〉の最後に囃子方が入って美しい抑揚を伴う謡となり、シームレスに地謡に引き継がれる一連の流れが、得も言われぬほどにすばらしいものでした。
- 続く名所教えは南→北→東と向きを変えていきますが、周知の通り流儀によって舞台上の方角が違うので、これに合わせるワキ方は大変。金春流ではおおよそ揚幕が南、脇柱が北、そして目付柱が東であるようです。
- シテ
春宵一刻、直千金
ワキ花に清香、月に陰
も聞きどころですが、ここでのシテの伸びのあるn音の発声がすごい。続く今この時かや
にこめられた奥深さにも圧倒されました。 - クセを舞い納めたシテがワキに問われてわが行く方を見よと下がっていくとき、正先に出たシテの姿は装束が照明に映えて白く輝くよう。しかるのち地謡を背に橋掛リを下がる途中、二ノ松から舞台を振り返り、扇を手にそこで回って
内陣に入らせ給ひけり
となりました。 - 厳しい表情で見事に語られる間狂言からワキたちの待謡を経て、力強い登場楽と共に登場した後シテの姿は黒い烏帽子に金の鍬形、解説によれば面は大天神、白地に金の亀甲文様と三つ雲巴の狩衣を衣紋に着て肩上げし、半切も白地に金の立涌と輪宝文様で、まさしく武神の力強さを体現しています。
- 宣旨を受けて鈴鹿に向かうクセの前半では、床几に掛けて馬上にある姿を示し、手綱を握り足踏み鳴らす姿が勇壮無比。分厚い地謡と共に舞われる後半のクセの後のカケリも緩急がついて力強いものでしたが、その後ぐっと力をためるような地謡の情景描写があって、千手観音の登場からは一気呵成でした。
金子直樹先生は、プログラムへの寄稿の中でどちらかと言えば上品で淡白だった中村さんの芸風の良さは残しつつ、最近の舞台には風格が滲み出て、能楽師らしい存在感が見えてきました
と書いておられて、私も今年二月の「士乃武能」のときに中村師の声にこもる力の加減が変わったような気がしていたのですが、この舞台でもダイナミックな強弱・緩急の使い分けに基づく風格をはっきり感じ取ることができました。
三本柱
続いて野村万蔵家による「三本柱」。これは初めて観る狂言です。
普請成就のめでたい日、果報者(主人)は太郎冠者・次郎冠者・三郎冠者の三人に、金蔵の柱にするために上の山に置いてある三本の吉祥の木を持って来させるのですが、その際に「三人で二本ずつ」持ってこいという不思議な注文をつけました。このときは見所の方も「?」という感じですし、狂言では主人から無理難題を押し付けられて太郎冠者がボヤくというのがよくあるパターンなのですが、さすがは野村万蔵師、この家は労使関係が良好らしく、太郎冠者たちは素直に命令を受け取ると、主人の気風が「わっさり」(気取らない・飾らない)としているので奉公がしやすいなどと語り合いながら山へ登っていきました。かくして太郎冠者たちが舞台上を回っている間に後見が狂言座に材木三本を運び込み、やがて山上に着いた体の太郎冠者たちはこれを見つけて早速担ぎ上げようとします。まずは一人が一本ずつ運ぶことになりますが、三郎冠者は残りの二人が手助けし、次郎冠者は太郎冠者が手助けしてそれぞれ肩に担いだところで、さて困ったのは太郎冠者。しかし知恵者らしい太郎冠者はひらめくものがあったらしく、材木の一端をシテ柱に当てて止め、もう一方の端を持ち上げて無事に担ぐことができました。
えいえいと掛け声を掛けながら舞台へと重そうに材木を持ち込んだ三人は、舞台上で一休みしながら作戦会議。図のように材木を置き、その三角形の頂点の位置で胡座をかいて、主人からの「三人で二本ずつ」という注文をどうすればこなせるかと首を捻ります。次郎冠者は「六本なら二本ずつ持てるのに」、三郎冠者は「真ん中から二つに切って二本ずつにしたら」といずれも解決になりませんが、ここでも太郎冠者が知恵を発揮。床に置かれている材木の隅を持てば「三人で二本ずつ」持つことになるではないかと述べたときに、見所にも「!」と感心する空気が広がりました。
それでは囃子物にして帰ろうと太郎冠者が提案して「三本の柱を三人の者どもが云々」と囃してみましたが、何やら尻切れトンボで面白くありません。すると今度は三郎冠者が言葉を補ってみせて、三人は三角形を作ったまま立ち上がると「えいえい」という掛け声と共に一ノ松に出て、囃しながら足拍子と共にそこで回り始めました。これを聞いた果報者は立ち上がって舞台上から太郎冠者たちを見やって呵呵大笑。右肩を脱いで足拍子一発、「三人で二本ずつ」とは太郎冠者たちの知恵を見ようとしたものだと明かすと、早く家に戻って泥鰌の鮨を食べ諸白(酒)を飲めと三人を招きます。囃しながらぴょんぴょんと舞台へ戻ってきた三人が中央に作る材木の三角形の中に果報者が入り、続く一瞬の早業で三角形が解け三本の材木が三人の肩に納まったところで、果報者の掛け声によって留められました。
「三本柱」はめでたさを強調する脇狂言で、本来の姿では囃すところに打物が加わり、最後は笛によるシャギリ留になるようですが、この舞台上に横溢した祝祭的な雰囲気は囃子方が加わっていなくても十二分。この会の第十回という節目を寿ぐ狂言を楽しく拝見したところで休憩です。

この日、能楽堂内の「向日葵」では土蜘蛛限定商品としてフロマージュ・モンブランのケーキセットを販売していました。白い糸で覆われたモンブランをおいしくいただいて、これで「土蜘」対策はばっちりです。
土蜘
金子直樹先生の冒頭の解説の中でのアンケートでも「田村を観たことがある人」<「土蜘(蛛)を観たことがある人」だったように、とにかく派手な人気曲です。その割には私は過去に二回しか観たことがなく、いずれも観世流(2010年・2015年)でした。そして冒頭の金子先生の解説は、征討される側に対して同情的な立場でお話しされており、実は「土蜘」の作者も、一見派手な曲の中に勝った者の立場だけからでは見えてこないものを仕込んでいたのではないか、という趣旨のことを述べておられました
- まず舞台上の脇座に一畳台が置かれ、無音の内に登場したツレ/源頼光(山中一馬師)が左腕を鬘桶に預け小袖を掛けられて病身の姿となり、その脇にトモ/太刀持(雨宮悠大師)が控えてから、鋭いヒシギが入ります。
- 華やかな総文様の紅入唐織着流出立で橋掛リに現れたのはツレ/胡蝶(村岡聖美師)。一曲の中でその立ち位置が判然としない胡蝶の存在意義には古くから諸説ありますが、金子先生は冒頭の解説の中で「土蜘蛛の家来」と解することができると説明しておられたので、見所の多くの人は「あいつは悪いやつだ」と思いながら観ていたかもしれません。当の村岡師がどういう解釈を採っていたかはわかりませんが、その足運びがどこかこの世のものならぬ空気をまとっているようだったのでなおさらです。ただし、かつて受講した観世能楽堂での講座の中で観世清和師はこの見方を否定していましたし、竹本幹夫氏の論考の中にも
胡蝶が土蜘蛛の手下所従である可能性はない
とするものがあります[1]。それに、弱気を漏らす頼光を励ます口調や続く同吟さまざまに
の美しさには、胡蝶が頼光を思う真情がこもっていたように思うのですが、本当のところはどうなんでしょうか。 - 本当の敵役である前シテの登場はいかにも不気味。一ノ松から一セイを謡った後の
いかに頼光
以下の問答はのっけからドスがきいて喧嘩腰(?)です。ここからお待ちかねの千筋の糸が飛び交う場面になるのですが、一発目こそ不発弾だったものの、動じることなく繰り出された二発目は見事に放物線を描き、太刀を抜いた頼光と位置を入れ替わり台の上からもう一発。台を降りて横薙ぎの太刀筋を飛び越え膝をつき、肩越しの四発目は花火のように宙高く糸が舞い上がってとりわけ見所の反応が大きいものでした。最後に一ノ松から欄干越しに舞台に向けてもう一発を飛ばして、シテは足早に揚幕へと下ります。 - 入れ替わりに勇壮な早鼓に乗ってワキ/独武者(大日方寛)が駆け込み、頼光は事の次第を述べると共に、化生のものを退けた名刀・膝丸をこれよりは蜘斬と名付けると告げます[2]。上述の「講座」のときに学んだところによれば、本曲の原典となる『平家物語』「剣巻」は蜘蛛退治よりも蜘蛛切の由来譚であることの方に力点があり、それは源氏の軍事力の優位性を強調する意図に基づくものだったのではないかということでした。
- 間語リが終わると一畳台が大小前に移動して、揚幕から運ばれた塚が正面側からその上に乗せられます。そのとき中に入っているシテの足が見えたりしないだろうかと心配してしまいますが、実は引廻しの裾が長くつくってあるので大丈夫。見所のそうした余計なハラハラをよそにヒシギが入って、独武者たちが鉢巻姿も凛々しく登場します。この場所は「剣巻」では北野天満宮の奥の塚ですが、謡曲では『日本書紀』にも土蜘蛛〔Wikipedia〕のアジトの一つと記される葛城山です。
- 独武者ひとりむしゃと言いながら三人がかりとは卑怯ではないか?などと思っているうちに彼らが塚を取り囲むと、塚の引廻しが外されて白い蜘蛛の巣の向こうに後シテの姿が透けて見えました。武者たちが迫るとシテはばりばりと蜘蛛の巣を破って、中から蜘蛛の糸を二発。前に出てきた後シテは赤頭に異形の面、輝く法被半切が派手な出立で、さらに二発を飛ばした後に橋掛リに移動していた独武者を追ってそちらでもう一発。ここでも太刀を飛び越える力強い型が見られましたが、舞台に戻って一畳台に乗ったときには独武者たちに追い詰められ殺されようとしている土蜘蛛の悲壮感が漂います。ついに太刀を受けてよろめき崩れ落ちた後シテは、断末魔の一発を真上へ投げ上げるとがっくり頭を垂れて
首うちおと
された姿となり、ワキが留拍子を踏みました。
最後は附祝言「千秋楽」が力強く謡われて終了。ふだん能を観た後には拍手をしない私ですが、この附祝言を聞いた後にはなぜか手を叩きたい気持ちになりました(しませんでしたが)。
ともあれ、一日二曲のシテを勤めた中村師と、同じく二曲の地頭を勤めた高橋忍師にお疲れさまでしたと申し上げたいと思いますし、流儀の方々をはじめ演者の皆さんがこの公演を大事に扱ってくださっていることが伝わる温かい舞台でした。見所の方もそうした舞台の雰囲気を敏感に感じ取って、集中すべきときは集中し、盛り上がれるときには盛り上がる、第十回の節目にふさわしい公演になっていたと思います。
なお次回は来年の六月、曲は五番目物の大曲「山姥」の予定。今から楽しみでなりません。
出演
| 能金春流 | 田村 《白式》 |
前シテ/童子 | : | 中村昌弘 |
| 後シテ/坂上田村丸 | ||||
| ワキ/僧 | : | 舘田善博 | ||
| ワキツレ/従僧 | : | 大日方寛 | ||
| ワキツレ/従僧 | : | 渡部葵 | ||
| アイ/清水寺門前の者 | : | 野村万之丞 | ||
| 笛 | : | 小野寺竜一 | ||
| 小鼓 | : | 田邊恭資 | ||
| 大鼓 | : | 亀井洋祐 | ||
| 主後見 | : | 金春安明 | ||
| 地頭 | : | 高橋忍 | ||
| 狂言和泉流 | 三本柱 | シテ/果報者 | : | 野村万蔵 |
| アド/太郎冠者 | : | 石井康太 | ||
| アド/次郎冠者 | : | 河野佑紀 | ||
| アド/三郎冠者 | : | 野村拳之介 | ||
| 能金春流 | 土蜘 | 前シテ/僧 | : | 中村昌弘 |
| 後シテ/土蜘の精 | ||||
| ツレ/源頼光 | : | 山中一馬 | ||
| ツレ/胡蝶 | : | 村岡聖美 | ||
| トモ/太刀持 | : | 雨宮悠大 | ||
| ワキ/独武者 | : | 大日方寛 | ||
| ワキツレ/武者 | : | 渡部葵 | ||
| ワキツレ/武者 | : | 大日方陽 | ||
| アイ/独武者の下人 | : | 野村眞之介 | ||
| 笛 | : | 栗林祐輔 | ||
| 小鼓 | : | 清水和音 | ||
| 大鼓 | : | 柿原孝則 | ||
| 太鼓 | : | 大川典良 | ||
| 主後見 | : | 本田光洋 | ||
| 地頭 | : | 高橋忍 |
あらすじ
脚注
- ^竹本幹夫「能と病」『日仏シンポジウム論文集 病とその表象』(〔編集〕藤井慎太郎〔発行〕スーパーグローバル大学創成支援事業 早稲田大学国際日本学拠点 2024/03/15刊行 - 2026/06/24閲覧)
- ^源氏の重宝と言えば歌舞伎「助六由縁江戸桜」で花川戸助六が探す友切丸が思い浮かびますが、こちらは膝丸の兄弟刀である髭丸が名前を変えたものです。





