櫻井哲夫 Jaco Pastorius Tribute Session

2023/09/21

Jaco Pastoriusの命日(1987/09/21)にちなむこの日、ブルーノート東京(南青山)で櫻井哲夫 Jaco Pastorius Tribute Sessionの2ndショウ。開場19時45分、開演20時30分、終演は21時50分頃。

このシリーズは既に15回目で、私にとっては2020年2021年2022年に続いて4回目。過去3回はあまり内容に変化がなかったので今年はいいかなと思っていたのですが、今回の出演者の顔ぶれを見るとドラムが川口千里さん。おっ、それならばと足を運ぶことにしました。

定刻になって照明が落ち、櫻井哲夫(敬称略・以下同じ)はじめミュージシャンたちが二手に分かれてステージ上に上がりました。

Havona
例によって「Soul Intro」かな?それとも「Invitation」?と思っていたら、千里さんの「ワン・ツー」というカウントと共に始まったのはまさかの難曲「Havona」。この曲をライブで聴くのは私にとっては初めてで、原曲のテクニカルでいながらどこか哀愁を漂わせるアレンジとは異なり、どこまでも力強く明るくソロの受け渡しと超高速ユニゾンを決めて、まずは観客の度肝を抜きました。
Invitation
全身白づくめの櫻井哲夫の短い挨拶をはさんで、曲はおなじみ「Invitation」。ベースの高速リフがぐいぐいドライブする曲ですが、そのスピード感を支える千里さんの姿は私が予約した席から見ると完全にギターアンプの影に隠れてしまっています。しまった、こんなことならちょっと奮発して正面の席をとるのだったと思っても後の祭りですが、それでも聴いているうちにバスドラの音量がどんどん上がっていき、これで千里さんの奮闘ぶりを想像しながらリズムの奔流に身を任せました。
(Used to Be a) Cha-Cha
ハードロックから出発しテクニカル・フュージョンに進んだ千里さんが叩くラテン、というのはそれだけで聞きものですが、さすがにここはカルロス菅野のパーカッションが主役。そして新澤健一郎のピアノもムードを作り、渡辺香津美のギターが大暴れ。
Three Views of a Secret
2種類の原曲(『Night Passage』『Word of Mouth』)のいずれとも異なるムーディーなベースソロをオルガンに乗せて始まった緩やかな3拍子のこの曲では、フレットレスならではの柔らかい高音域を生かしたりJaco風のハーモニクスを駆使したりとベースがたっぷり聞かせ、ギターの方も穏やかなクリーントーンからディストーションを利かせた力強いサウンドまで自由自在。
4 A.M.
おや、これは?と思ったらHerbie Hancockの曲でした。エレピとギターが活躍し、随所にリズムのキメを入れてお洒落に進行する洗練された曲はいかにもですが、Herbie Hancockのエレピ&シンセとJacoのベースが対話する本来の構成とは趣を異にし、ギターとサックスにソロを振り分けたためにベースが前面に出てくる場面が割愛された上に、原曲を特徴づけるドラムの繊細な16ビートの感じが得られなかったのはちょっと残念だったような。

ここで櫻井哲夫のMCが入り、今回が15回目なのでメニューも少し変えなければと思って「4 A.M.」と次の「Las Olas」を初めて取り上げてみたという説明がなされました。

Las Olas
渡辺香津美がアコースティックギター、本多俊之がフルートにそれぞれ持ち替えて、とてもムーディーに演奏されたFlora Purimの曲。Flora Purimは初期のWeather ReportやReturn to Foreverに参加したことで知られる打楽器奏者Airto Moreiraの奥さんで、Joni Mitchellの仕事を共にしたことをきっかけにAirtoがJacoに依頼してFloraのアルバムのために提供された曲だそうです。原曲では中間にHerbie Hancockの弾きまくり系のピアノを置いてその前後にFlora Purimのスキャットがテーマとなるフレーズを歌い、そこにJacoの粘るようなベースが絡みついていますが、ここではそのフレーズをまずベース独奏で聞かせてからパーカッションが入ってアコギとフルートがモチーフを展開させたソロを奏でており、これらを活かすためかベースの動きは控えめでした。
River People
前の曲での温和さを吹き飛ばすように(?)強力な四つ打ちが始まり、そこへシンセサイザーの白玉が重なってくればこれはもちろん「River People」。ここでそれまでのピンクのフレットレスからホワイトボディのフレッテッドベースに持ち替えた櫻井哲夫によるスラップがリズムを刻み、ギターのカッティングに乗ってMIDIキーボードにつながれたBehringer 2600がアナログシンセの温かみのある音色を聞かせると、その後にはバキバキとスラップソロ。これはJacoのスタイルではもちろんありませんが、この曲には不思議にぴったりマッチしています。ギターとサックスの掛合いで締めくくられた後、ほとんど間を入れずにパーカッションが入って次の曲。
Kuru
冒頭の上行フレーズのユニゾン具合が若干怪しかったけれど、ベースがぐいぐいと高速リフを弾き始めれば軌道に乗って、パーカッションとドラムとがそれぞれ長いソロ。ここはやはり正面から見たかった!さらに再びバキバキのスラップソロからアグレッシブなギターソロとパワー全開の演奏に大盛り上がりとなりました。

ここでようやくメンバー紹介となり、「期待の若手と言われて35年」と自己紹介した新澤健一郎に続いて櫻井哲夫から「平均年齢を思い切り下げてくれてます」と紹介された千里さんは「正真正銘の期待の若手で〜す」と可愛らしくも聞きようによっては毒のある(笑)自己紹介。一方、櫻井哲夫と同学年(1957年生)だというカルロス菅野と本多俊之は共に「正真正銘の絶滅危惧種です」と自虐ジョーク。かたや今年70歳になるという渡辺香津美は「まだまだ頑張ります!」。

Teen Town
ドライブする裏打ちハイハットに乗って、フレットレスベースの柔らかい音色のリフから例のユニゾンフレーズをシンセとギターと共に。サックスソロに「マルサの女」のテーマが入って客席大喜びというのはこのセッションのお約束です。さらに激しいギターソロがひとしきり展開してからいったん曲調が落ち着くと、リズムキープを他の楽器に委ねてドラムがフリーテンポに近いソロを叩き、ツーバス連打→スネア連打からテーマに回帰して終了。ここでミュージシャンたちはちょっと顔を見合わせる雰囲気がありましたが、櫻井哲夫は「巻きましょう」というジェスチャー。
Liberty City
本編最後はビッグバンド風に楽しい雰囲気とベースのダブルストップフレーズが特徴的なイントロを持つ「Liberty City」。そういえばこの曲もHerbie Hancockにゆかりのある曲で、この日の選曲はJacoとHerbie Hancockの関わりの深さを再認識させるものになりました。演奏の方でもオクターバーやワーミー・ペダルを駆使したトリッキーなギターソロに続いて元気一杯のピアノソロが聞かれ、新澤健一郎は「絶滅危惧種」という評価を自分で打ち消してくれていました。

コロナ禍の影響を受けていた過去3回は本編が終わってもミュージシャンはステージを降りずにそのまま最後の曲を演奏していたのですが、今回はいったん下り、客席からの手拍子に呼び戻されてアンコールを演奏してくれました。時間の無駄と言ってしまえばそれまでなのですが、やはりライブはこの方が雰囲気があってよいものです。

Birdland
最後は予定調和の「Birdland」。ステージの真ん中から左半分がリズムのキメの部分でジャンプして見せて若さをアピールすると、これに対抗するように最年長の渡辺香津美が素晴らしく音数の多いソロを聞かせてエンディングになだれ込みました。

冒頭に記したように若干のマンネリ感を感じ始めていたこのイベントでしたが、今年は選曲に工夫が凝らされていて楽しいステージでした。ライブの醍醐味はもちろん聞き慣れた楽曲に目の前のミュージシャンたちがどのような新しい命を吹き込むのかという点にありますが、同時にそれまで縁がなかった楽曲を披露して聞き手の視野を広げてくれることも期待したいもの。今回のライブで言えば自分にとっては「4 A.M.」と「Las Olas」がそうでした。ここであらためてJacoのディスコグラフィーを見てみると、そこにはWeather Report加入前の1974年から死の前年である1986年までの間にWeather Reportやソロ名義以外でも数多くのセッションがなされていることがわかります。来年以降も、こうしたコレクションの中から新たな楽曲をすくい上げてくれることを強く希望します。

ミュージシャン

櫻井哲夫 bass
渡辺香津美 guitar
本多俊之 saxophone
新澤健一郎 keyboards
カルロス菅野 percussion
川口千里 drums

セットリスト

  1. Havona(『Heavy Weather』)
  2. Invitation(『Invitation』)
  3. (Used to Be a) Cha-Cha(『Jaco Pastorius』)
  4. Three Views of a Secret(『Night Passage』『Word of Mouth』)
  5. 4 A.M.(Herbie Hancock『Mr. Hands』)
  6. Las Olas(Flora Purim『Everyday, Everynight』)
  7. River People(『Mr. Gone』)
  8. Kuru(『Jaco Pastorius』)
  9. Teen Town(『Heavy Weather』)
  10. Liberty City(『Word of Mouth』『Invitation』)
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  11. Birdland(『Heavy Weather』)