Yes

2024/09/19

昭和女子大学人見記念講堂(世田谷)で、Yesのライブ。「The Classic Tales of Yes Tour」と題したジャパンツアーは東京で3日、仙台・大阪・名古屋で各1日で、この日は東京での3日目のステージです。

彼らの前回の来日は2022年9月でしたから、今回は2年ぶり。さらに過去10年間を振り返ってみただけでも2014年2016年2019年・2022年・今回とかなりのペースで来日していますが、その中で常に話題になるのは今年77歳のSteve Howeの高齢化問題です。しかし結論から言うとこれはまったくの杞憂で、この日のSteve Howeの、そしてYesのパフォーマンスはむしろ近年最も充実したものでした。

さて、会場となる昭和女子大学人見記念講堂は私の自宅から徒歩で30分くらいの距離にあり、過去にはPink Floydのトリビュートバンドのライブをここで観たことがあります。空模様が若干怪しかったので早めに着いて、ロビーに展示されている楚形昭韻の編鐘(古代中国の打楽器の複製)を面白く眺めてから客席に入ると、いつもの通りGeoff Downesの要塞キーボードとJay Schellenのドラムを後方に置いてステージ上がブルーの光に包まれてスタンバイしていました。

Machine Messiah
定刻を少し回って「The Young Person's Guide to the Orchestra」をBGMに登場したメンバーがそれぞれの位置に着き、最初に演奏されたのは2016年のライブでも冒頭に置かれていた近未来的なこの曲。Steve Howeのギターの艶のある突き抜けた音がすばらしく、そしてタイトなリズムをキープできているのはJay Schellenのドラミングが自信に満ちたものだからに違いありません。ヴォーカルは基本的にJon DavisonとBilly Sherwoodの二声ですが、ところによりSteve Howeがコーラスに加わったりGeoff Downesがヴォコーダーを重ねたり。
I've Seen All Good People
ド定番のこの曲はポルトガル・ギターがじゃらんと弾かれて美しいコーラスを伴う「Your Move」、そして途中からギターを持ち替えて「All Good People」。Geoff Downesのピアノも感じが出ています。
Going for the One
Steve Howeの驚くほど気合いの入った4カウントからスティールギターで始まったこの曲は、意外にも日本で演奏されるのはこれが初めてだそう。リズムセクションがぐいぐい前に出る疾走感に満ちた演奏の中で、キャスター付きのスティールギターを左右に動かしながら弾くノリノリのSteve Howeは何かが取り憑いたよう(笑)。もちろん原曲でのChris Squireによるあの奇怪なコーラスはBilly Sherwoodがしっかり再現していたほか、三声になるGoing for the OneのコーラスではSteve Howeがスティールギターに専念する代わりにGeoff Downesが歌っていました。
America
続いてSimon & Garfunkelのカバー「America」から"Southern Solo"と呼ばれる後半のインストパート。ゆらゆら揺れながらギターを弾くSteve Howeが楽しそう。
Time and a Word
この叙情的な曲はJon Davisonのアコースティックギターのカッティングから始まり、壮大なアレンジを施されて高まりを見せていきます。1970年に発表されてすでに54年がたっていますが、そうした古さを感じさせない魅力がこの曲にはあることを再認識しました。
Turn of the Century
ここまでMCはすべてSteve Howeでしたが、ここでJon Davisonが「コンニチワー」と挨拶し、自身の「one of my personal favorite to sing」だと説明して歌われたのは、これもとりわけ美しい旋律を持つ「Turn of the Century」。この曲もライブで聞くのは初めてですが、冒頭のアコースティックギターのパートではSteve Howeは座ってギターを演奏し、繊細なピアノを聞かせるGeoff Downesも彼のブースの中で椅子に座って演奏して、あたかもアコースティックセットのような佇まい。ただし、後半でエレクトリックに盛り上がった後のコーダでのアコースティックギターパートでは、LINE6のモデリングギターが使用されていました。またJon Davisonの声はJon Andersonと比べると線が細いように感じることが多いのですが、この曲にはぴったりマッチしていました。
Siberian Khatru
Steve Howeがイントロのギターをなぜか一度止め(フェイント!?)、改めて弾き始めたのは名盤『Close to the Edge』から人気の高いこの曲。最初のヴァースの後にSteve Howeの7拍子フレーズでスピードダウンするのはお約束ですが、それ以外のパートは十分な疾走感を持って演奏され、Geoff Downesによるハープシコードソロも(わずかに指が回っていないところがあったものの)おおむねそつのないものでした。そもそも自分がYesのファンになったのは、ライブ盤『Yessongs』に収録されたこの曲のすばらしさに魅了されたからで、とりわけそのポイントとなったのはコーダ部分でのメロトロンによる主題から低音連打上でのコーラス、そしてギターソロへと続く流れだったのですが、この日はその前(Cover, lover以下のパート)にスネアロールが入って期待を盛り上げてくれて一気にメロトロン主題へなだれ込むドラマチックな編曲に感動した上に、2022年のライブではあっさりと切り上げられていたギターソロが今回は十分な長さを持つアドリブ演奏になっていたのも嬉しい驚きでした。
South Side of the Sky
15分間の休憩の後、低く不気味な持続音の中にメンバーが再び姿を現し、ついでドアがきしみつつ閉まる音、走り去る靴音、そしてあの風にドラムのイントロが炸裂して『Fragile』から「South Side of the Sky」。ほぼ原曲通りの演奏でしたが、メインパートでロートタムによるタム回しが多用されたことと、コーダでギターとシンセサイザーによるアドリブでの楽しい掛合いがなされたことがこの日の演奏を特徴づけていました。
Cut From the Stars
2023年に現在のメンバーによって発表された『Mirror to the Sky』から、その冒頭を飾る「Cut From the Stars」。キャッチーなヴォーカルラインに凝った編曲と変拍子の中に短いながらも印象的なギターとシンセサイザー(久しぶりにStudiologic Sledgeが活躍)が絡み、おまけにJon Andersonが書いたのではないかと疑いたくなるくらい抽象的・幻想的な歌詞を備えた、いかにもYesらしい楽曲に仕上がっていました。ところで、この曲でこの日唯一ソリッドボディのギター(赤いストラトキャスター)を使用したSteve Howeはこの曲を含め数曲でぶすっとした顔で客席に向かって謎の指差しをしていましたが、ここで同じ表情のまま手を振って見せたので、どうやらあれはファンサービスだったらしいとようやく気づきました。
Tales From Topographic Oceans Medley
今回のライブでのハイライトと言ってよい『Tales From Topographic Oceans』のメドレー。原曲はLP2枚で4曲(つまりA〜D面に20分ほどの曲がそれぞれ1曲ずつ)という超大作でしたが、これをダイジェストして全体で20分ほどにまとめたものです。Yesの楽曲はそれほど多くないモチーフを編曲技巧と楽器のソロでつないで長尺にしている場合が多いので、核となるモチーフを抽出してつなげば短縮化は実はさほど困難ではないのではないかと思っていたのですが、この日演奏された抜粋版は興味深い構成になっていました。
まず第1曲「The Revealing Science of God」は、出だしこそ祈りの場面から入ったもののシンセサイザーによる輝かしい夜明けのテーマはばっさりカット(これには驚きました)。ただちにWhat happened to this songからヴォーカルパートに入り、その後もモチーフを細切れにつなぎ、特徴的なシンセサイザーソロは省略してあっという間にこの曲のエンディングに持ち込む力技を見せてから第2曲「The Remembering」に移りましたが、むしろこちらの曲の方が第1曲よりも丹念に原曲を再現していた印象です。ただ、もしかするとBilly Sherwoodはここで原曲のようにフレットレスベースを持ち込むのではないかと期待したのですが、曲間にゆとりがなかったためかベースを持ち替えることはなく、一方Steve Howeの方は第2曲が終わると間髪入れずにアコースティックギターにスイッチして第3曲「The Ancient」からは「Leaves of Green」のパート(ここは何度聴いても聞き惚れてしまいます)が披露されました。その最後をピアノでつないで第4曲「Ritual」はスキャット風に歌われる変拍子パート、メインテーマでのJon DavisonとBilly Sherwoodによるすばらしい二声コーラス、そして最後のNous sommes du soleilで荘厳に締めくくられました。
Roundabout
アンコール1曲目はこの曲なしにはYesのライブは成り立たないと思われる「Roundabaut」。客席はあっという間にお祭り状態になってしまいます。
Starship Trooper
「Roundabaut」の演奏終了後にメンバー紹介があって、そしてこれもアンコール曲「Starship Trooper」。相変わらず極め付けに美しい「Life Seeker」を経て、カントリーっぽい「Disillusion」ではGeoff Downesがブースを出てJay SchellenやBilly Sherwoodにちょっかいを出し、最後のインストパートである「Würm」の後になぜかThe Beatlesの「I Feel Fine」をワンコーラス引用して終曲となりました。

冒頭にも記した通り、見事なライブでした。メンバー一人一人が楽しんで演奏している様子が伝わってきましたし、Geoff DownesとBilly Sherwoodが文字通り贅肉を削ぎ落として健康体でこのツアーに臨んでいるのも好感度を高くしています。言うまでもなくSteve Howeの八面六臂の活躍は賞賛に値しますが、このライブをこれまでになく引き締まったものにしたのはJay Schellenのシュアなドラミングでした。そしてJon Davisonのヴォーカルも抜群の安定感でしたが、私がこの日のヴォーカルワークの中で最も感銘を受けたのは上述の通り「Ritual」でのBilly Sherwoodとの二声コーラスです。いわゆる黄金期のメンバーで残っているのはSteve Howeだけというメンバー構成ではあっても、これはやはりYesを名乗るにふさわしい唯一無二のパフォーマンスだったと言って差し支えありません。

とは言うものの、Steve Howeは押しも押されもせぬ後期高齢者。彼(ら)の生の姿に接する機会が今後もいくらでもあると考えるのは楽観的にすぎますから、今回のチャンスを逃さずにライブを観ることができたのは幸運だったと思います。半世紀にわたるYesファンとして、これからの彼らに変わらぬ声援を送りつつも、この貴重なライブの記憶を大切に保持し続けたいものです。

ミュージシャン

Steve Howe guitar, vocals
Geoff Downes keyboards, vocals
Jon Davison vocals, percussion, guitar
Billy Sherwood bass, bass pedals, vocals
Jay Schellen drums

セットリスト

  1. Machine Messiah
  2. I've Seen All Good People
  3. Going for the One
  4. America
  5. Time and a Word
  6. Turn of the Century
  7. Siberian Khatru
    --
  8. South Side of the Sky
  9. Cut From the Stars
  10. Tales From Topographic Oceans Medley
    --
  11. Roundabout
  12. Starship Trooper

これらの曲をディスコグラフィーに当てはめてみると、次のようになりました。

発表年 アルバム 上記リストの番号
Yes Yes  
1970 Time and a Word 5
1971 The Yes Album 2,12
1971 Fragile 8,11
1972 Close to the Edge 7
1973 Tales From Topographic Oceans 10
1974 Relayer  
1975 Yesterdays(コンピレーション) 4
1977 Going for the One 3,6
1978 Tormato  
1980 Drama 1
1983 90125  
1987 Big Generator  
1991 Union  
1994 Talk  
1996 Keys to Ascension(ライブ+新曲)  
1997 Keys to Ascension 2(同上)  
1997 Open Your Eyes  
1999 The Ladder  
2001 Magnification  
2011 Fly from Here  
2014 Heaven & Earth  
2021 The Quest  
2023 Mirror to the Sky 9

こうして見ると、最新作を別にすればSteve HoweにとってのYesとは『Drama』までを指すのだということがわかります。その後の『90125』から『Talk』までは(表面上はABWHが加わっている『Union』も含めて)彼がバンドの楽曲に関わっていませんし、『Keys to Ascension』以降のアルバム群もファンの間では必ずしも評価が高くないのでこれは理解できるのですが、個人的な嗜好で言えば、Chris Squireのソロ作をYesに転用した『Open Your Eyes』にはもう少し光を当ててほしい。「New State of Mind」や「Solution」といった堂々たる楽曲は今でも私のフェイバリットソングですし、Jon DavisonとBilly Sherwoodのコーラスにぴったりなじむと思います。