櫻井哲夫 Jaco Pastorius Tribute Session

2024/09/21

Jaco Pastoriusの命日(1987/09/21)にちなむこの日、コットンクラブ(丸の内)で櫻井哲夫 Jaco Pastorius Tribute Sessionの1stショウ。開場15時30分、開演16時30分、終演は17時50分頃。

このシリーズは既に16回目で、私にとっては2020年2021年2022年2023年に続いて5回目です。しかし過去4回はいずれもブルーノート東京でのステージで、今回の会場であるコットンクラブに足を運ぶのは、これが初めてです。

定刻になって照明が落ち、櫻井哲夫(敬称略・以下同じ)はじめミュージシャンたちが下手の通路を通ってステージ上に上がりました。櫻井哲夫はブルーのぼかし系の模様が胸に入った白いシャツに白いパンツ、そして白のハットをかぶり、指先だけ出している白い手袋を両手にはめています。川口千里さんは白地に緑のデザインが入ったシャツを着てホットパンツからすらっとした両足を伸ばし、お化粧がちょっと大人っぽい感じ。そして櫻井哲夫がステージ上に2本用意されたジャズベースのうちピンクボディに白いピックガードのヴィンテージ(1961年)を手にとって、おもむろに弾き出したリフから最初の曲に入っていきましたが、曲順は多少違えどもセレクトされた曲の大半は昨年のセットリストと同じなので、以下のコメントは必要最小限にとどめます。

Teen Town
ベースのうねるリフ→ハイハット→サックスのテーマ→例のユニゾン。千里さんがいきなりパワー全開のソロ最後のキメでスネアの8分連打をかますのはロックドラマー風。去年はこの曲の中で本多俊之による恒例の「マルサの女」のテーマが入りましたが、今年はこの曲も含めどこにも入れてきませんでした。

まずここで櫻井哲夫がマイクをとって最初の挨拶。その後は脇目も振らず一気呵成に演奏が続きます。

Havona
ただでさえこの曲の高速ユニゾンは音域が広くて難物なのに、この人たちはソロの受渡しのたびに間奏としてこのユニゾンを事もなげに弾いてしまいます。しかし千里さん、Weather Reportの曲の中でツインペダルどかどかは禁じ手だと思います!
(Used to Be a) Cha-Cha
ラテンのリズムを土台にして、ピアノ、サックス、ギターが自由にソロを重ねていく。楽器演奏で会話できるってすばらしい。
Three Views of a Secret
シックな感じのオルガンとベースのデュオによるワルツから入り、後から入ったドラムも繊細なスネアワークを聞かせて……と思っていたら、照明が赤く変わると共にベースが歪み短時間ながらダークで緊張感に満ちた曲調が展開しましたが、すぐに演奏は落ち着きを取り戻します。
4 A.M.
千里さんのスティックによる4カウントで始まったのは、昨年も演奏されたHerbie Hancockの曲。エレピ、ギター、サックスとソロが回される間、ベースは高音域での細かいリフを連ねていきます。
Las Olas
続いてこれも昨年初めて演奏されたFlora Purimの曲。前回は渡辺香津美がアコースティックギターを使用し、本多俊之もフルートを吹いていましたが、今回のアレンジではギターは他の曲と同じくタバコサンバーストのストラト、管はサックスのまま。曲はベースのソフトなソロにカルロス菅野のヴォイスが絡んでスタートし、サックスのメロディーの後ろでパッド系の白玉とエコーの効いたヴォイスがムードを作っていきます。さらに穏やかなクリーントーンでのギターソロにベースが独自のメロディーを重ねて、なんとも言えない雰囲気。
River People
パーカッションソロが叩かれている間にベースがタバコサンバーストのフレッテッドに変更され、手拍子が促されてハイハットと共にバスドラによるバックビート、そしてシンセサイザーの白玉が流れ出すとそこはZawinulワールド。しかしそこにバキバキと存在感あふれるスラッピングベースが加われば、櫻井哲夫によるこの曲への独自の解釈が提示されることになります。さらに倍音成分を重ねて突き抜けてくるスラップソロは、この曲に新しい生命を吹き込むよう。
Black Market
何やらスペイシーな効果音にカルロス菅野が「Rumba Mama」的な語りとも歌ともつかない声を重ねましたが、やがてドラムがリズムを導いてあのベースリフとシンセのひゃらひゃらしたフレーズ。この曲を聴くとなぜかほっこりしてしまいますが、もちろんそれで終わるわけはなく派手な(しかし部分的にポリリズミックな)ドラムソロやスラップソロがその先に待ち受けていました。

やっとここで櫻井哲夫がマイクをとり、Jacoが亡くなってすでに37年(生きていたら72歳)だと感慨にふけった後、メンバー紹介を行うと共に一人ずつコメントを求めました。新澤健一郎「新しい楽器[1]が入って盛り上がっています」、川口千里「楽しくていつまででも演っていけそう」、カルロス菅野「身体がついていきません[2]」、井上銘「あと何曲かあるのでがんばります」、本多俊之「譜面が見えなくなってきた」。そして櫻井哲夫が神保彰、向谷実とのユニットである「かつしかトリオ」の宣伝をした上で、Jacoの世界に戻りました。

Invitation
フレットレスベースに戻って、疾走感を楽しめるこの曲。とにかくスリリングな演奏(特にドラム)で手に汗を握りました。
Liberty City
理屈抜きで明るい「Liberty City」で中締め。珍しくネック寄りで弦を弾くリラックスしたベース演奏が聞かれ、客席も手拍子でこれに応えました。

本来ならここでメンバーはいったん引っ込み、アンコールを求める拍手に応えて再び出てくるところですが、櫻井哲夫は客席からの手拍子に盆踊り風の手つきを見せてから「スーパースピードで戻ってまいりました」と笑わせて、最後の曲を紹介しました。

Birdland
これもかなり高速、そしてピッキングハーモニクスパートでのスクエアなリズムとメインテーマでの跳ねるリズムとの対比を強調したダンサブルな演奏で、この文句なしに楽しかったステージを締めくくりました。

一昨日のYesと今日のJaco。ずいぶんスペックの違うライブを立て続けに観たことになりますが、実は思わぬ共通点があります。以前読んだインタビュー記事によれば、現在のYesのベーシストであるBilly Sherwoodにとってのベースヒーローの一人はもちろんYesのオリジナルベーシストであるChris Squireなのですが、それ以上にJaco Pastoriusに心酔しており、そのことをBillyはChrisの前でカミングアウトしたことがあるのだそうです(笑)。

ミュージシャン

櫻井哲夫 bass
本多俊之 saxophone
新澤健一郎 keyboards
井上銘 guitar
カルロス菅野 percussion, vocals
川口千里 drums

セットリスト

  1. Teen Town(『Heavy Weather』)
  2. Havona(『Heavy Weather』)
  3. (Used to Be a) Cha-Cha(『Jaco Pastorius』)
  4. Three Views of a Secret(『Night Passage』『Word of Mouth』)
  5. 4 A.M.(Herbie Hancock『Mr. Hands』)
  6. Las Olas(Flora Purim『Everyday, Everynight』)
  7. River People(『Mr. Gone』)
  8. Black Market(『Black Market』)
  9. Invitation(『Invitation』)
  10. Liberty City(『Word of Mouth』『Invitation』)
    --
  11. Birdland(『Heavy Weather』)

さて、冒頭に記したようにこれでこのイベントには5回足を運んでいるので、試みにこれまでのセットリストを比較してみます。

2020 2021 2022 2023 2024
Weather Report Black Market   ♩♩     ♩♩
Barbary Coast ♩♩        
Birdland ♩♩ ♩♩ ♩♩ ♩♩ ♩♩
Teen Town ♩♩ ♩♩ ♩♩ ♩♩ ♩♩
Havona       ♩♩ ♩♩
River People       ♩♩ ♩♩
Punk Jazz     ♩♩    
Three Views of a Secret ♩♩ ♩♩ ♩♩ ♩♩ ♩♩
Jaco Pastorius Donna Lee     ♩♩    
Kuru ♩♩ ♩♩ ♩♩ ♩♩  
(Used to Be a) Cha-Cha ♩♩ ♩♩ ♩♩ ♩♩ ♩♩
Liberty City ♩♩   ♩♩ ♩♩ ♩♩
Invitation ♩♩ ♩♩ ♩♩ ♩♩ ♩♩
Soul Intro / The Chicken ♩♩ ♩♩ ♩♩    
Herbie Hancock 4 A.M.       ♩♩ ♩♩
Flora Purim Las Olas       ♩♩ ♩♩
櫻井哲夫 Solo / Duo ♩♩   ♩♩    

こうしてみると毎回少しずつセットリストに工夫を加えてはいるものの、鉄板曲も少なくないことがわかります。たとえば「Birdland」「Teen Town」「Three Views of a Secret」「(Used to Be a) Cha-Cha」「Invitation」は過去5年間必ず演奏されており、「Kuru」「Liberty City」も5回中4回で取り上げられています。昨年と今年に「4 A.M.」「Las Olas」を持ち込んだのが新機軸ではありますが、私にとってはなじみがないのが残念。もしリクエストが許されるなら、Weather Reportの曲のうち『Black Market』から「Cannon Ball」、『Heavy Weather』から「A Remark You Made」「Palladium」、ソロ作では『Jaco Pastorius』から「Continuum」あたりを取り上げてもらえると、狂喜乱舞すること請け合いです。また、2020年のベースソロの中には「Portrait of Tracy」が含まれていましたが、これも再びきちんとした形で聴いてみたいですね。

脚注

  1. ^右手側のハモンド。ドローバーがついているが、MIDIキーボードとして背後のBehringer 2600もコントロールしている。
  2. ^カルロス菅野、櫻井哲夫、本田俊之の3人は自称「昭和32年トリオ」。