内沙汰 / 卒都婆小町

Imp. 944 - 士乃武能

2026/02/22

国立能楽堂(千駄ヶ谷)で、金春流能楽師・高橋忍師が主宰する「士乃武能」第四回公演。番組は仕舞二番と狂言「内沙汰」を前に置いて能「卒都婆小町」です。

まず、仕舞は金春憲和師の「草紙洗小町」と本田光洋師の「通小町」。小町尽くしというわけですが、ことに本田光洋師の仕舞は観ていてこちらも背筋が伸びる思いがします。地謡はもちろん本田芳樹・布由樹両師を含む四人の謡が美しくブレンドされていましたが、それでも地頭の中村昌弘師の謡がひときわはっきりと聞き取れました。昨年の「関寺小町」の公演での仕舞でも思いましたが、中村師の声の通り方が変わったような?気のせい?

内沙汰

2008年に野村万蔵師の右近、野村扇丞師(現・能村晶人師)の妻で観ており、今回は野村萬斎・裕基のお二人での舞台です。ちなみに大蔵流では「右近左近」となります。

伊勢講に行こうと夫の右近から誘われた妻は、最初は乗り気だったのに同行者に左近がいることを知って急に態度を翻します。理由の一つが徒士裸足ではいやだと言うことなので右近は牛に乗っていくことを提案。その牛は左近のものながら、この牛が自分の田を食い荒らしたので代償に自分がもらうことになっているというのですが、もちろんそれは右近の勝手な勘違い。これでは公事(訴訟)必至だと言うわけで妻が地頭の役を務めて訴訟の稽古を行うという話です。

野村萬斎師の右近がとにかく面白く、田を荒らす牛の首根っこをつかんでこんこんと言い聞かせる一人芝居や腕まくりをして地頭のもとへ駆け込もうとするキレ具合、さらに左近に扮して如才なく地頭の屋敷を訪れ主張を通して妻を感心させたかと思えば、普段のおどおどした右近に戻って地頭役の妻に厳しく迫られ目を回すなど、どこを切り取っても笑えます。また、稽古のために地頭を演じる妻の特に対右近での迫力は気押された右近が失神するのももっともだと思えるほどで、このように右近・妻のどちらも二つの人格を演じるところが、この後の「卒都婆小町」に通じているようです。

しかし、最後は怒った妻に去られた右近が、揚幕に向かって泣き笑いのような声を挟みながら左近とおのれ(妻)は「夫婦じゃわいやい」と二度繰り返した後、静かに下がっていく幕切れ。前回観たときも同様でしたが、それまでのドタバタとは打って変わって、右近がしみじみと気の毒でした。


休憩前に、金子直樹先生の解説が入りました。

老女物五曲
  夢幻能 現在能
小町物   関寺小町
鸚鵡小町
卒都婆小町
その他 姥捨
檜垣
 

まずは「卒都婆小町」の老女物としての位置付け(上表。太字は三老女(金剛流を除く))の説明と、それらの中でも本作がことにドラマチックな作品であることの指摘があり、ついで以下の解説がなされました。

  • 登場してすぐに胸杖で立ち止まり休憩するが、これは小町が99年間歩いてきた長い時間を表している。
  • ここで言及される卒都婆は、いま墓地で見かける板状のものではなく、柱状のものである(下図参照)。金春流ではあらかじめ出し置いた床几にシテが後見の介添なく腰掛けるが、これは至難の業。
    cf.『餓鬼草子』に描かれた卒塔婆
  • 卒都婆問答は、初めて聞いて理解できるものではない。僧たちが学んだ形式論を、小町が長い人生から得た真実をもって打ち負かす様子を、なんとなく受け止められれば可。
  • 深草少将の霊が小町に憑依する場面は、憑き物に支配されたと考えることもできるが、小町自身の中にあった後悔や罪悪感が見せたものとも考えられる。観る者が作品の余白に自分の人生を投影して解釈できる、それがこの曲の深みでもある。
  • 最後に狂乱から醒めた小町が現世への執着を捨て、そこで「花を仏に手向けつつ、悟りの道に入ろうよ」と謡われると、自分もいろいろなことが思い起こされる。今日のシテ・地謡がその場面をどのように見せてくれるかが楽しみである。

ここで25分間の休憩です。

ロビーには国立能楽堂の近くにある「Laitier」が出店していました。曰く「お食事もおいしいソフトクリーム屋さん」とのことですが、この日は2月22日=ニャンニャンニャンで猫の日であることにちなんでネコパンやネコクッキー、ネコラスクなどが並べられており、なかなかの人気でした。もちろん私もラスクを買い求め、翌日の山歩きに行動食として持参しました。

卒都婆小町

「卒都婆小町」はこれまで野村四郎師(2011年)と清水寛二師(2022年)で観ています。つまりいずれも観世流で、今日の金春流はそれらとは異なる点もあるはずなので、一応おおまかに進行を眺めながら、とりわけ引き込まれた場面を書き留めていくことにします。

まず次第の囃子でワキ/高野山の僧(福王和幸師)とワキツレが登場しますが、舞台に入ってからのワキの動線は、いったん舞台前縁まで大きく出てきてから後ろを向いて所定の位置に戻り、ややあっておもむろにワキツレと対面する形。その後、味わい深いワキ謡があって二人が脇座に控えたところで後見が鬘桶を持ち込み、大小前にしつらえました。

続く次第は誠に重々しく奏され、いっぺんに空気が変わります。そのうちに幕が上がって姿を現したシテ/小野小町(高橋忍師)は笠をかぶり浅葱色の水衣を着用して、しばらくじっと舞台を見つめて立ち尽くしていましたが、やがて静かに進み出ると三ノ松で見所を向いて杖を持つ右手に左手を添えて立ち止まりました。ことさらに杖に体を預けるのではなく自然体でじっと休らうその姿にはなんとも言えない品がありますが、ややあって再び足を進めたシテが常座に立って次第を謡うその姿を見ると、茶地の縫箔の裾の文様にわずかに赤系の色があって、老女ながらも小町の艶のようなものを感じます。

ついでサシ以下、老残の我が身を嘆き都を後にする旨を謡うシテ。老いの身とは言いつつ芯の通った立ち姿に深々とした謡の中で、笠に左手を添えて桂川の川瀬舟を遠く見やる様子を示すとそれだけで劇的な効果が生まれます。そして笠を外し休まばやと老いをにじませたシテは、見下ろした鬘桶の前に立って小さく下がり、静かに床几に腰を掛けました。

ここからは卒都婆問答となりますが、シテを舞台左右から挟む形になり強い口調で咎めるワキとワキツレに対しただ朽木とこそ見えたれとワキを一瞥するシテは貫禄十分。シテとワキ、ワキツレとの対話は途中からテンポアップし、気がつけばワキもワキツレもシテの言葉を代弁していて小町の独壇場。ついに地謡が問答に決着をつけるときにはワキツレはワキの近くに戻っており、二人が両手をついてシテに礼をするとシテはたわむれの歌を詠んでワキたちをやり込めて、そこには若かりし頃の小町の驕慢とは違う、年輪を重ねた小町の風格が浮かびました。

ここでワキがシテに名を尋ねたところ、シテは恥ずかしながらいにしえの名を名乗ろうとワキを見下ろすと、中央に下居して杖を前に置き、笠を身の前に立て口調を改めてじっくりとこれは出羽の郡司小野の良実が息女、小野小町がなれる果にてさむろうなりと謡います。これは美貌をもって知られたかつての自身の投影のようにも、最後のを長く伸ばす様子からそれが遠い昔のことであることの自覚のようにも聞こえましたが、その真情の如何にかかわらず引き込まれるものがありました。

これを聞いたワキとワキツレはシテの凋落ぶりを嘆き、その言葉を引き継いだ地謡とシテ自身との掛合いによってかつての小町の華やかな様子と変わり果てた今の老女の姿が対比されることになりますが、その言葉の途中で立ったシテは、小さく足を運んで影恥ずかしき姿かなと俯く姿を見せ、そこに重なるひそやかな笛の音がその心象を語るよう。しかし詞章はさらに小町の落魄ぶりを描く手を止めず、首に掛けた袋や背負った袋の中身をあばき、籠の慈姑くわい、破れた蓑笠や袖もない衣と続く具体的な描写の中で、シテは笠を見下ろし袖を見つめる所作を見せるうちに追い詰められるようにおろおろと歩き始め地謡もテンポアップ。常座で杖を捨てたシテが笠を両手で器のように持ってワキに向かい、ついに発したなう物賜べ、お僧なうの1オクターブ近くも高い切迫した声音には尋常ならぬものが溢れ、しかも続けて声色を男のものに変えてお僧のう小町がもとに通うによ。一言ごとに人格が切り替わる一連のシテの姿には、ワキたちばかりでなく見所正面席最後列で聴いていたこちらもショックを受けました。この後に続く深草少将の言葉もあなたの玉章こなたの文と怨みをこめたかと思えばあら人恋しや、あら人恋しやとシオリを見せてしみじみといった具合に感情の振幅の大きさを見せ、これに対するワキの問いに応じて憑依している者の正体を明かすと、シテは笠を右手に下げて後見座に下り物着となります。

やがて男の姿になって常座に立ったシテの姿は、風折烏帽子をかぶり、くすんだ赤地に扇面草花文様の長絹。物着の前の地謡の詞章の繰り返しをイントロダクションとしてここから百夜通いの様子を再現することになり、シテは深々とした声音で浄衣の袴かいとってと謡うと激情を内に秘めつつ小町のもとを目指す様子を示すカケリ(!)。人目を忍ぶために狩衣の袖をうちかづくところでは、一瞬で左袖を頭上に被いて翁ポーズ(?)。月にも行く。闇にも行く。雨の夜も風の夜も。木の葉の時雨、雪ふかしといつ果てるともなく続けられる百夜通いの中に足拍子を小さく響かせたシテが、百夜成就を待望して軒の玉水とくとくとと高く謡う声や、一夜二夜と通い続ける足の運び、さらに左手で指折り数える姿には深草少将の悲痛な思いがこもりましたが、九十九夜を迎えたところで左肩をぐっと落とし絞り出すような声であら苦し目まいや。扇を胸に当てて下がったシテが膝をついたところで地謡により深草少将の死が謡われ、ここでシテは狂乱状態を脱します。いったんの静寂の後、限りなくテンポを落としたキリの地謡の中で立ち上がったシテは、扇を掲げる姿を見せた後に常座で正面に向いて合掌し、静かに向きを変えて留拍子を踏みました。

三度目の鑑賞でしたが、やはり「卒都婆小町」は難しい、けれども面白い、でもやっぱり難しい。

冒頭に休息を入れながら舞台に入ってきた老女なのに、僧たちから咎められれば卒都婆問答を生き生きとこなし、ところが打ち負かした相手に落魄の身を嘆かれると狼狽の様子を示し、ついには憑依されて狂乱の態を見せるに至るさまを、高橋忍師は観る者の視覚・聴覚の両面に対して鮮やかに届けてみせました。ことになう物賜べ、お僧なうからお僧のう小町がもとに通うによへの声音の変化の鮮やかさが典型的でしたが、それでいて声が変わろうが装束が変わろうがやはりそこには一貫して小野小町の存在があったように思います。

また帰宅して詞章を読み返してみても、特に老残の小野小町の様子を克明に描写するところや深草少将の百夜通いの再現に見られる畳み掛ける表現がリズミカルで、謡本を読むだけでもこの日の舞台の様子を心の中に思い描くことが可能です。一方、卒都婆問答のところはいまだにロジックが把握しきれないのですが、真言密教の根本道場である高野山から降りてきたワキたちを、シテがワキツレの口も借りて悪というも善なりと禅の思想(「山姥」に見られる「善悪不二」など)で論破している点が理解のヒントだったのかもしれません。

ところで、同じ小野小町の老女なのに昨年観た「関寺小町」のシテと本作のシテとがこんなに違っていいのかという気もしますが、この点については金春安明師の『金春の能 中 近世を潤す』にも言及があって、それをまとめて紹介すると次のようになります。

  卒都婆小町 関寺小町
年齢 九十九歳 百歳
日常 あちこち移動して物乞い。 藁屋に納まっている。
衣食 食料の備蓄に余念なし。 達観。
性格 論争に勝って得意になったり憑依されるなど甚だ忙しい。 少々老人ボケの兆候はあるものの落ち着いている。
演技 高度な技術を要求される。 技術云々とは別次元。

これだけ見ると「卒都婆小町」は老女物というより憑依物ではないかと思えてしまいますが、それはともかく、結論として金春安明師は「関寺小町」が最高の老女物であると持ち上げつつ能の鑑賞としては格段に《卒都婆小町》の方が面白いですと言い切っていてこちらはひっくり返りそうになりました。

しかし、自分にとって今回の「卒都婆小町」のポイントは、一連のドラマの最後に留拍子を踏んで舞台上に静寂をもたらしたシテが、橋掛リを極めてゆっくりと去っていくその味わい深い姿にありました。と言うのも、実は前回の「卒都婆小町」では、仏道に通じ僧をやりこめることもできる小町であるにもかかわらずそこに自分自身の後世を願う気持ちを見つけられなかったために、キリで急転直下花を仏に手向けつつ、悟りの道に入ろうよとシテが殊勝な心境に変化する理由がわからず、このため、この言葉は作者(観阿弥)から観衆への呼び掛けとして書かれているのではないか[1][2]とさえ思っていたのですが、高橋忍師が悟りの道に入ろうよという謡を背に留拍子を踏んだとき、これは小町の心情を表す言葉なのだとなぜか感得することができたからです。

かくして、同じ橋掛リの歩みでも都は人目つつましやと歩んできた冒頭のシテのそれとは異なり悟りの道に入ろうという境地を得て旅を続けるシテの背中を味わい深く見送ることができて、まことに印象に残る舞台となりました。

配役

仕舞金春流 草紙洗小町 金春憲和
通小町 本田光洋
狂言和泉流 内沙汰 シテ/右近 野村萬斎
アド/妻 野村裕基
金春流 卒都婆小町 シテ/小野小町 高橋忍
ワキ/高野山の僧 福王和幸
ワキツレ/従僧 村瀨慧
藤田貴寛
小鼓 鵜澤洋太郎
大鼓 安福光雄
主後見 金春憲和
地頭 辻井八郎

あらすじ

内沙汰

→〔こちら

卒都婆小町

→〔こちら

脚注

  1. ^『銕仙会』サイトの曲目解説「卒都婆小町」(2026/02/28閲覧)の中で中野顕正氏は、このキリの部分を結末として、この物語の教訓が明かされますとしています。
  2. ^『粟谷能之會』サイトに掲載されている「野村四郎氏と『卒都婆小町』を語る」の中で野村四郎師は、観阿弥の作品である本作の民衆に対するメッセージ性という趣旨のことを述べておられるように思います。