京都の社寺巡り(松尾・嵯峨野)

折々に訪れている京都の今年の秋は、嵐山近辺の社寺を巡る旅としました。行き先選定のポイントとなったのは紅葉の庭園の夜間拝観で、天龍寺宝厳院の優先入場チケットが手に入ったためにこれを起点に逆算して回遊コースを設定してみました。

2022/11/25

前日の内に京都入りし、この日はまずバスで四条通りを西へ西へと進んで桂川を渡りました。

華厳寺(鈴虫寺)

最初に足を運んだのは鈴虫寺として知られる妙徳山華厳寺です。享保8年(1723)に華厳宗寺院として開かれたこの寺は現在は臨済宗の禅寺となっており、本尊は大日如来。拝観者はまず「鈴虫説法」という法話を拝聴してから庭園を巡ることになります。

第一回の説法開始時刻である9時の少し前に寺に着いて書院に入ると、幸いこの日は空いていたようで難なく前の方の席に座ることができました。書院の前方と左方にはスズムシの入ったケースがずらりと並べられており、リーンリーンというスズムシの鳴き声は絶えることがありません。スズムシを常時7,000匹も成虫の状態で維持できる秘訣は温度管理にあるようですが、詳細は謎です。

やがて登場した住職の語り口調は柔らかくユーモラスなものでしたが、まず寺院に来るなら観光客ではなく参拝者であってほしいという呼び掛けには胸を突かれました。そして禅語「楓葉経霜紅」を引き、避けられない苦しみに出会ったときに多くの人は「なぜ自分が?」と割り切れない思いを持つが、そんなときは抵抗したかったらしたらいい、その上でこれを受け入れることで新しい自分になれる(大意)という話をされたとき、自分の中では最近がんのために亡くなった友人の最後の3年間の生き方が思い起こされていました。

法話を聞き、お菓子をいただいて書院を出たら庭園をそぞろ歩きます。紅葉の色合いもすてきでしたが、こじんまりとした庭の作り自体が好ましいものでした。

それにしてもなぜこんなに御朱印をいただいたのか?実はこの華厳寺は来年の創建300年を節目として本堂・書院・法話殿・宝物庫の新築工事、山腹の崩落防止工事、庭園の整備、文化財の修復を計画しているそうなので、僅かながらもその費用の足しにしていただきたいという気持ちからです。

最後に、山門脇で草鞋を履いた姿で立っておられる幸福地蔵菩薩に一つだけ許されるお願いを心の中で祈って、華厳寺を辞しました。

松尾大社

華厳寺を出たら北へ、松尾まつのお大社を目指しましました。その道すがら立ち寄ったこの月読神社は松尾大社の摂社で、舞台形式の祈祷殿と容易にアクセス可能な本殿とを持っていますが、もとは壱岐氏により壱岐島において海上神として奉斎されていたものを顕宗天皇3年に山背国葛野郡に分祠し、斉衡3年(856年)に桂川右岸の現在の地に社殿を設けたと伝わっていて、この話の史実としての背景には渡来系氏族(特に秦氏)の当地での展開が関わっているようです(ちなみに月と桂との関わりについては〔こちら〕参照)。

本殿向かって左には解穢の水や御船社、願掛け陰陽石、右には聖徳太子社、むすびの木、月延石。地元の方らしい男性が願掛け陰陽石の前にしゃがみこんで長時間にわたり左右の石を撫でながら祈りを捧げている姿が印象的でした。

月読神社からしばらく歩いたところにその年の月の数(12ないし13)の榊の小枝の束を結んだ注連縄がかかる大きな朱色の鳥居が現れたら、それが松尾大社です。この垂れ下がった榊の束は脇勧請と言い、鳥居の原始形式を示しているそうです。

楼門をくぐって入った広い境内の中央には立派な拝殿があり、その手前の石段にはちょうど七五三の家族の姿があって明るい雰囲気が漂っていました。松尾大社の祭神は大山咋神と市杵島姫命。背後の松尾山上にある磐座の神霊を祀っていた秦氏の秦忌寸都理はたのいみきとりが、大宝元年(701年)に山麓の現在地に神殿を建て神霊を遷したのが今の松尾大社です。また謡蹟巡りという観点では、ここは宝生流のみに伝わる脇能「松尾」の舞台です。

拝殿の奥(西)側には唐破風が美しい中門を持つ回廊があり、その奥に本殿が建っています。ちょうど11月上旬から12月上旬までの1カ月間が特別公開期間にあたり、拝観料を納めると神職の方の案内を受けて南の門から回廊内に入り本殿〈重文〉を見上げることができ、千木と鰹木がなく箱棟を乗せた檜皮葺の両流造(松尾造)が美しいカーブを描く屋根や、朱雀鳳凰松竹梅といった吉祥を見せる金具、蟇股の装飾、狼像・獅子像などを拝見しました。この本殿は応永4年(1397年)に建造され天文11年(1542年)に大改修されたもので、室町時代の建築装飾様式を残しているそうです。また、両流造の屋根を持つ神社は松尾大社以外では宗像大社と厳島神社だけです。

本殿を見終えた後は、曲水の庭(平安風)、神像館(男神坐像二体・女神坐像一体〈重文〉を特別公開中)、上古の庭(上古風)、四大神社と三宮社、霊亀の滝をぐるりと見て回りました。

神泉・亀の井では、これまた地元の方らしき男性が大きな手提げポリタンク二つに目一杯水を汲んでいました。境内に山ほどの酒樽が奉納されていたことからもわかるとおり松尾大社は酒造りの神様でもあり、この井戸の水を醸造のときに混ぜると酒が腐らないとされています。

最後に蓬莱の庭(鎌倉風)を拝見して、松尾大社参詣は終了です。この松尾大社には30年前、私が京都に住んでいたときに足を運んだことがありますが、そのときの記憶はすっかり消えてなくなっていたので新鮮な気持ちで参拝することができました。

これから辿る二尊院・常寂光寺・野宮神社はいずれも2010年に訪れているので寺伝などの紹介は省略しますが、そのときは紅葉にはまだ早い季節だったので、景観としてはいずれも新鮮です。

二尊院

嵯峨野の道を他の観光客の列に混じりそぞろ歩いて20分、足を伸ばせばさらに祇王寺まで行けそうですがそれではこの後の行程がせわしないものになるので二尊院から徐々に南下することにしました。

伏見城から移築したという総門をくぐって境内に入ると、紅葉真っ盛りの参道が緩やかに高さを上げていきます。

本堂の二尊に心を込めて手を合わせてから境内を散策。花手水が美しく、弁天堂も優美な姿をしています。

石段を登った先にある法然上人廟から左へ山腹に付けられた道を歩いて行くと、藤原定家が小倉百人一首をここで撰定したという時雨亭跡があります。と言っても礎石だけですが、すぐ近くの開けた場所からは京都市街が一望できて気持ちの良い場所でした。

常寂光寺

続いて二尊院からほど近い場所にある常寂光寺を訪ねました。ここも紅葉の名所であり、そして実は時雨亭の比定地の一つでもあります。

境内の紅葉は見事でしたが、さすがに季節は秋の終わりを迎えており、苔に覆われた地面を隠す紅葉の落ち葉に寂寥感を覚えました。

傾斜地の中の小径を回遊すると、謌僊祠かせんしや多宝塔〈重文〉といった建物がひっそりと木々に埋もれて建っているのも風情があります。

それにしても、こうしてみると完全に観光客モードになってしまっており、鈴虫寺での住職の苦言はどこへ行ったのかという感じですが、拝観料や御朱印代をお布施だと考えれば、これはこれで意味がないことでもなかろう……と自分を納得させることにしました。

野宮神社

今回の旅でぜひ訪れたかったところの一つが、この野宮ののみや神社です。それというのも今年9月に能「野宮」を観ていたく感銘を受けたからで、舞台上に設られた鳥居の作リ物を思い浮かべながら実物を見てみたいと思っていたのでした。

これが野宮神社特有の黒木の鳥居。左右の小柴垣も舞台上に立てられていたことを思い出しました。

しかし謡曲の厳粛な雰囲気とは裏腹に、境内には良縁祈願や進学祈願といった現世利益を期待する参拝客がぞろぞろと列を作っていました。

売られていた勝守の説明はスポーツで勝つ!仕事に勝つ!試験に勝つ!恋に勝つ!ライバルに勝つ!勝負に勝つ!となかなか好戦的。御朱印もスタンプのみと合理的で、こうしたところはどことなく六条御息所の性格を反映しているような気がします。

それでも、右奥のお稲荷様に通じる道の右手に広がるじゅうたん苔の柔らかさは癒し系でした。

天龍寺宝厳院

この日最後の拝観……というより紅葉観光の舞台は、臨済宗天龍寺の塔頭である大亀山宝厳院ほうごんいんです。寛正2年(1461年)創建と歴史のある寺ですが、紆余曲折の末、大正期建築の別荘があったこの地に移転したのは2002年のこと。やはり紅葉の名所として知られ、夜間特別拝観は多くの人を集めるのであらかじめ優先入場チケットを用意して臨みました。

「獅子吼の庭」と呼ばれる借景回遊式庭園はさまざまに工夫をこらしたライトアップがされており、インスタ映えスポットを各種提供しています。

残念だったのは、本堂への参拝ができなかった(参拝は17時半まで)ことです。ここの襖絵は田村能里子氏の「風河燦々三三自在」で、以前展覧会で見たときに「宝厳院に納められた状態で見てみたい」と感想を漏らしていたのに、そのことをすっかり忘れていてここに来てあっと気がついたのでした。迂闊だったなぁ。

こうなっては割り切って庭園散策を思い切り楽しむしかありません。

これが「獅子吼の庭」のネーミングの由来である獅子岩。なるほど、こうして見ると獅子(というよりライオン)の形に見えます。

紅葉の夜景という点では昨年の永観堂に一歩も二歩も譲る出来栄えではありましたが、こういうのは勝ち負けではないので、今年この夜の体験をありのままに受け入れるだけ。朝からの一連の寺社巡りを振り返りながら、嵐電と阪急を乗り継いで宿に戻りました。

2022/11/26

この旅のメインイベントは昨日で終わり、今日は東京へ戻る日ですが、せっかくなので相方の希望と自分の希望を突き合わせて二つの美術館を訪ねることにしています。

その前に毎度おなじみ「出町ふたば」で栗水無月と豆餅を購入し、「緑寿庵清水」では金平糖をゲットしました。金平糖はお土産用ですが、栗水無月と豆餅はこの日のうちに食べてしまいます。

樂美術館「利形の守破離」

一度足を運んでみたいと思っていた樂美術館では「利形の守破離」と題した特別展を開催していました。これは、千利休の好みを具現化することで形作られた長次郎の型を元に、樂家歴代当主がいかに継承し、挑戦し、そして独自の境地を築いていったかを振り返るもの。以前見た東京国立近代美術館での展覧会に出品されていた茶碗のいくつかも見ることができましたが、このこじんまりとした静謐な空間の中で一つ一つの茶碗とじっくり対面すると、やはり味わいが異なります。

京都国立博物館「京に生きる文化茶の湯」

そしてこの旅の最後に足を運んだのは京都国立博物館で、茶室「堪庵」を拝見してから「京に生きる文化茶の湯」展を見ました。展示の構成は次の通りです。

  1. 喫茶文化との出会い
  2. 唐物賞翫と会所の茶
  3. わび茶の誕生と町衆文化
  4. わび茶の発展と天下人
  5. 茶の湯の広まり 大名、公家、僧侶、町人
  6. 多様化する喫茶文化 煎茶と製茶
  7. 近代の茶の湯 数寄者の茶と教育

コンセプトとしては、2017年に東京国立博物館で開催された「茶の湯」展と同じく日本における茶の湯文化の変遷を辿るものですが、こちらは奈良時代の喫茶文化の受容から説き起こし、美術品紹介というより文化史探求に重きを置いているように感じました。

なお、京都・龍光院の曜変天目茶碗〈国宝〉も展示品に含まれていますが、展示期間は10月8日から23日までだったためにこの日は展示されていません。実は、相方はこれが見たくて先月もこの展覧会に足を運んでいたのでした。

これで今年の秋の旅は終了。城崎温泉と京都とをハシゴした贅沢な3泊4日でしたが、終わってみればあっという間でした。

ただ、さすがに散財が過ぎた感もあるので、今後しばらくは財布の紐をきつく締めて慎ましく暮らす所存です……。

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