LOVE いとおしい…っ!
2026/01/14
山種美術館(広尾)で「特別展 LOVE いとおしい…っ! ―鏑木清方の恋もよう、奥村土牛のどうぶつ愛―」。山種美術館のサイトにおける本展の開催趣旨は次のとおりです。
私たちの身の回りには、さまざまな愛の形があります。恋人同士の燃え上がるような愛、親子や夫婦など家族への愛、生まれ育った故郷への愛、身近な動物への慈しみの愛。また、最近よく耳にする「推し活」も、一つの愛の形といえるでしょう。この冬、山種美術館ではLOVEをテーマにした日本の近代・現代絵画を中心に取り上げ、ご紹介する特別展を開催します。
メインタイトル「LOVE いとおしい…っ!」の大胆なネーミングセンスにはちょっと気恥ずかしくなりますが、実際に足を運んでみたところ、そんな懸念(?)は一瞬で吹き飛ぶたいへん充実した展覧会でした。


ところで、今回は初めての「山種メンバーズ」特典による入館です。年会費6,000円を払えば上限なく何回でも無料で展示を見ることができ、各種お買い物も割引あり。元を取れるかどうかは微妙ですが、仮に足が出ても山種美術館への寄付だと思えば惜しくありません。
第1章 人々への愛
芸術のモティーフになった愛といえば、一番に思い浮かぶのが恋愛です。鏑木清方は近松門左衛門作の浄瑠璃本『冥土の飛脚』に取材し、名品《薄雪》(福富太郎コレクション資料室)で、悲恋の物語を格調高く表しました。また、家族愛の視点では、愛娘の初節句を祝い描かれた速水御舟《桃花》をはじめ、親子の愛情にあふれる優品が注目されます。
展示の劈頭を飾るのは奥村土牛《鹿》。2頭の仔鹿を守る母鹿の慈愛に満ちた眼差しに温かいものを感じてから展示室を奥へ進んで、第1章は「家族への愛」「恋愛」「師匠・尊敬する人への愛」の3コーナーからなりますが、ここでは前二者からいくつかの作品を紹介します。
「家族への愛」には真正面から我が子を描いた作品も並べられていますが、長女の初節句を記念して咲き始めの桃の枝を描いた速水御舟《桃花》の象徴性がなんとも言えずすてき。かたや鏑木清方《佳日》は「古き良き日本」の情景の中の母子の姿をわずかに距離を置いて丹念に描いて穏やか。一方、淡いグリーンを基調とするモダンな画面が趣を異にする林功《放心》は初対面でしたが、タンポポなどの花咲く野原で、死んでしまった鳩を前に置いて子供が呆然と座り込んでいる様子には、死というものに初めて向き合ったであろう子(の成長)を見守る画家自身の視線が感じられました。
続く「恋愛」がこの展覧会の中心で、まずは「お夏清十郎」から正気を失ったお夏の姿が哀れを誘う池田輝方《お夏狂乱》、一種ビアズリー的な黒を大胆に活かして「心中天網島」の小春治兵衛の姿を様式美の内に描く北野恒富《道行》、さらにこれらと対面する位置に「冥途の飛脚」から雪の新口村(解説では「新野口村」)で梅川忠兵衛が覚悟の抱擁を交わす鏑木清方《薄雪》を配置する一角が近松ファンにはたまりません。中でもフライヤーの表面を飾る《薄雪》はしみじみと涙を誘われる作品ですが、解説によれば鏑木清方が初代鴈治郎丈の忠兵衛と四代目福助丈の梅川の舞台を観たことも制作のきっかけにしつつ、舞台の再現ではなく清方自身の思い入れに基づいて梅川を描いたものだということでした。
もちろん能楽に縁のある作品も多く、先ほどの「家族への愛」の中に置かれた森田曠平《百萬》を皮切りに、この「恋愛」の中では『源氏物語』から森本宜永《夕顔》、『平家物語』から小林古径《小督》、『伊勢物語』から吉村忠夫《筒井筒》(と松岡映丘《河内越》)と畳み掛けるように並べられています。これらの中ではとりわけ《小督》の高潔さと繊細さに惹かれてしばらくその前で立ち止まったのですが、実は今回の展示での最大のお目当ても小林古径。おなじみ能「道成寺」の前日譚である安珍清姫伝説を題材とした《清姫》です。

8枚連作で描かれる本作のうち写真撮影が許されていたのはこの「日高川」のみで、これだけでもその迫力の一端を知ることができますが、幸い《清姫》をあしらったクリアファイルを買い求めることができたので、そちらで全体を再確認すると次のようです。
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- ▲クリアファイル表面(上→下):小林古径《清姫のうち「旅立」「寝所」「熊野」「清姫」》
- ▲クリアファイル裏面(上→下):小林古径《清姫のうち「川岸」「日高川」「鐘巻」「入相桜」》
奥州白河から熊野詣でに旅立った若い僧・安珍は、紀伊国で宿を借りた家の娘・清姫に懸想されるが、帰りに立ち寄るからとその場を言い繕って参詣を終えるとそのまま帰ろうとする。しかし騙されたと知った清姫はこれを追い、日高川を泳ぎ渡って蛇体となると、安珍が逃げ込んだ道成寺の梵鐘に巻きついてこれを焼き殺してしまう……というのが広く知られている安珍清姫伝説のあらましで、川本喜八郎の人形アニメーション「道成寺」でこの話を見たという人も少なからずいると思います。しかし小林古径の絵の方も、墨による線描で描かれた「旅立」から始まり、生々しい空気が漂う「寝所」、清姫の焦燥が伝わる「清姫」「日高川」、そして白熱した炎がすべてを包み込む「鐘巻」と次々に場面が転換してまさにアニメーション(原義「命を吹き込むこと」)。同様の構図に見える「清姫」と「日高川」を見比べてみても、後者では清姫の衣のはだけ具合や伸ばされた腕に清姫の絶望の深まり=人間性の喪失が窺えて、続く「鐘巻」へと見事につながっています。こんな具合に一気呵成で緊迫の度を高める《清姫》ですが、小林古径もまた先行する説話そのままではなく自由にイメージを広げて描いたと語っており、連作の最後に配置した春爛漫の「入相桜」を二人が埋葬された比翼塚の上に育った桜としたのは心優しい古径の独自解釈です。
ともあれ、この《清姫》を筆頭に「恋愛」のコーナーには古典芸能につながる作品が目白押しなので、文楽・歌舞伎や能に親しんでいる人なら二倍にも三倍にも楽しめること請け合いです。
第2章 神仏、動物、そして故郷への愛
郷土愛の感じられる作品では、川﨑小虎が故郷を夢見る子どもの姿を《ふるさとの夢》に表しました。さらに、「目が楽しいから生きものを描くのが好き」と述べた奥村土牛の《兎》など、画家ならではの動物愛が表現された作品も数多くご紹介します。
この章は「神仏への愛」「動物への愛」「故郷への愛」の3コーナー。太い輪郭線で大ぶりな人物造形を強調する小山硬の「天草シリーズ」が異彩を放つ「神仏」もさることながら、続く「動物」の充実ぶりはすばらしいものでした。

とりわけ深い感銘を受けたのは、この松林桂月《春雪》です。墨で描かれた竹による右上から左下への直線的な動きと左やや上の小鳥の茶色と右の南天の赤が作る三角形が重なって構図としては鋭角的なのに、なぜか画面全体では柔らかい印象を受けるのは竹の葉の上に置かれた雪が溶けかけている気配を墨の滲みによって示しているからかもしれません。3月の「桜 さくら SAKURA 2025」で見た渡辺省亭《桜に雀》に通じる品格の高さをこの絵からも感じて、ここでもずいぶん時間を使いました。
また、身近な動物と言えば犬と猫が代表格ですが、特に猫は画家の創作意欲を刺激する生き物であるらしく、川合玉堂、小林古径、奥村土牛といった大家がストレートに猫を描いているほか、山本丘人《壁夢》では紫陽花の下に、小針あすか《珊瑚の風》ではハマナスの浜辺にそれぞれ猫がちゃっかり座り込んでいました。先ほど古典芸能愛好家には興味深いはずと書きましたが、愛猫家にとってもこの展覧会は楽しいかもしれません。もっとも、私自身は猫よりも鳥の方が好きなのか、これらの猫作品以上に竹内栖鳳《みゝづく》の方がお気に入りになってしまいました。
そして最後の「故郷への愛」は第2展示室にまとめられていましたが、若き日の川合玉堂が描いた《鵜飼》(1895年)が圧巻だったとだけ記しておきます。
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- ▲フライヤー表面:鏑木清方《薄雪》
- ▲フライヤー裏面(左上→右下):鏑木清方 小杉天外著『魔風恋風 中編』口絵 / 小林古径《清姫のうち「寝所」》 / 北野恒富《道行》 / 川﨑小虎《ふるさとの夢》 / 池田輝方《お夏狂乱》 / 速水御舟《桃花》 / 上村松篁《白孔雀》
鑑賞を終えた後、例によって美術館の1階にある「Cafe椿」でこの日展示された作品にちなんだ和菓子と抹茶のセットをいただきました。青山・菊家が作った和菓子の名前と絵画の対比は次のとおりです。
| 和菓子 | 絵画 |
|---|---|
| 小夜 | 小林古径《清姫》のうち「寝所」 |
| かがり火 | 川合玉堂《鵜飼》 |
| 凛 | 小林古径《猫》 |
| 春の雪 | 松林桂月《春雪》 |
| 福うさぎ | 奥村土牛《兎》 |
この展覧会のお目当てであった小林古径《清姫》は上述の通りクリアファイルを購入したので、今回の展示で特に印象深かった松林桂月《春雪》に基づく「春の雪」をまず選び、もう一品は食感の異なる「かがり火」を……と思ったところあいにく売切。しからばと言うわけで、展覧会のサブタイトル「奥村土牛のどうぶつ愛」にあやかって「福うさぎ」をいただきました。
- 春の雪
- 春の雪がうっすらと積もる葉と、南天の赤い実と葉をかたどりました。中は素材にこだわった菊家特製のこしあんです。(こしあん)
- 福うさぎ
- こしあんをシナモン風味の練切りで包みました。胡麻入りの白あんで形作った兎と、ポピーをハートに見立てた錦玉羹が愛らしい一品です。(シナモン風味練切り・こしあん・胡麻入り白あん)

もちろんいずれもおいしくいただきましたが、「かがり火」はもうメニューに復活しないのかな?復活するならまた来てもいいんですが(なにしろ「山種メンバーズ」なので!)。



